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しろくま(かき氷)
しおりを挟むさて、この状況で少女Aは、現場から逃げなかった。
面倒くさいだろうに、不完全ながらも敬語を駆使し、自分が何者であるか、俺と知り合ったきっかけ、現在の関係を、一生懸命説明しようとした。
妻は冷静そうな顔をしているが、伊達に長いこと夫婦をやっていない。こういうときこそ、腹の底がぐつぐつと煮えているのだろうと分かる。
娘はどっちの立場に立ったものかと、おろおろしているようだった。
「お話はそれだけ?」
「え――はい。多分奥さんがご存じなりたいところは話したと思います」
“お知りになりたい”とか、そういうことが言いたかったのか?
国語教師の妻はモヤモヤしているかもしれないが、この場で指摘するほど空気が読めないわけではない。
「私は――あの光景を見てしまったので、このお嬢さんの言うことを信じることはできません」
だよなあ…。分かってた。で、矛先は俺に向くが、俺は俺で「この子の言うとおりだ」としか言えない。
ここで「私はあなたの言うことなら信じられるから、このお嬢さんの言っていることも正しい」というふうに簡単にいけばいいのだが、もちろん、そうは問屋が卸さない。
たとえ夫婦間にそれなりに信頼関係があったとしても、男がいて、女がいてという状況になった途端、目が曇ったり、ハードルが上がったり、うそをついたりするものだしな。
「こんな部屋まで借りて。そもそもお義母さんが同居を拒んだからっていうのがウソだったのかしら?」
「違う、それは断じて違う。それは母さんに聞いてくれてもいい」
「あら、今のお義母さんから、正しい説明が期待できるの?」
「…何だよ、それ…」
「だって、ねえ…」
妻はそう言いながら、同意を求めるように、娘の顔をちらっと見た。
大分勢いがなくなってからの“お祖母ちゃん”とも会話したことがある娘が、「お母さん、よく知らないくせに、そういう言い方よくないよ」と言ったのが救いか。
状況が状況だし、そんなふうに言いたくなる気持ちも分からなくはないが、やはり母の老いや衰えをバカにするような態度は腹が立った。
「…出ていけ…」
「え?」
「どうせ君は、どう説明したって俺を疑うんだろう?」
「そんなこと…」
「おはぎを口実に、ウザい姑に付き合わなくて済んでラッキー、ってか?」
「ちょっ、何を言うのよ!」
「だってそうだろう?あの程度のこと、どんな家族間でもある行き違いだ。そもそも君の失言が悪いのに、過剰反応しやがって」
自分でも、いくら何でも言い過ぎだということは、言いながら頭の片隅で思っている。
しかし、(黙れ、俺)という俺自身への命令が全く働かない。そんな感じでまくし立ててしまった。
「ひどい!私がどんな思いで…」
「うるさい。出ていけ。もうここには来るな!」
俺はもはや、いっぱいいっぱいだった。これでは俺の方が過剰反応だよな。
何となく、いろいろどうでもいい気持ちになっていた。
こんな修羅場を見せつけられちゃ、もう少女Aもここには来ないだろう。
◇◇◇
妻に「帰るわよ!」と促された娘は、「お祖母ちゃんに会っていきたいから、ひとりで電車で帰るよ。お金ちょうだい」と、淡々とした調子で言った。
妻は一瞬キッとにらんだものの、「勝手にしなさい!」と、5,000円札を渡した。
よかったな。それだけあれば新幹線もギリギリ乗れるぞ。
ちゃっかりとした様子で財布に5,000円札をしまった娘は、少女Aに向き直り、割と好意的な口調で話しかけた。
「あなた高1なんだよね?私、2年」
「あ、そう…なんですね」
「軍資金ももらっちゃったから、2人でファミレスでお茶しない?」
「え?」
「ここ来る途中のところにお店あったよ。かき氷フェアやってて、“しろくま”も食べられるっていうし、ど?」
「いい…ですけど…」
「あなたともっとお話ししたいんだ。いいでしょ?」
娘は割とコミュニケーション能力が高いので、初対面で同年代の少女Aにこういう絡み方をすること自体は驚くに当たらない。
「あ、お父さんは仕事とかしてなよ。ガールズトークの邪魔だから」
はいはい。そうだよね。
「気をつけて行ってこいよ」
「はーい」
「行って…きます」
俺は、おかんむりの様子の妻を思い出し、娘が「今日はお互い頭冷やした方がいいから、一晩泊めてよ」と言うであろうことも視野に入れた。
まあ、さっきのを客観的に見ると、悪いのは――9割ぐらいは俺だな。妻に落ち度があるとすれば、せいぜい「認知に課題のある老婆をディスったこと」だ。それは義母憎しではなく、一般論のつもりだったろうし。
一番頭を冷やすべきは俺だし、娘に至っては、いきなりドアを開けるという無作法以外、何ら問題はなかった。
さて、晩飯は何にしようかな。
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