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第3章 赤ちゃんができた!

十月十日※

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※とつきとおか。「10カ月と10日」の意味と間違われやすいが、実際には「10カ月目の10日」、つまり「9カ月と10日」と解するのが正しい。

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 ハネムーンベビーって言葉がある。
 新婚旅行でできた赤ちゃんってことだけど、私はその旅行で1回しかエッチしていない。
 彼は赤ちゃんが要らないわけじゃないけど、もしできたときハネムーンベビーだって思われるのが嫌だというので、そのときは避妊した。

 エッチ自体が特に好きなわけではないけれど、その間だけは彼が嫌なことを言わず、普通に優しいのはうれしい。
「きれいだよ。気持ちいいかい?」って言いながら顔や頭をなでたりする。
 そのときの彼は、とっても優しくてきれいな顔してるし、彼も「こうしてるときの君が一番かわいい」って言ってくれる。

 防音がそんなにしっかりしていないアパートに住んでいるから、気持ちよくて声が出ても口を塞がれて、終わった後に「隣の部屋の人にインランの奥さんって思われたら恥ずかしいでしょ」って注意される。

 旅行から帰って2カ月くらい経った頃、生理が遅れたので、少し待ってから妊娠検査薬を使ったら「陽性」だった。
 病院で「おめでたですね」と言われ、予定日も教えてもらったので、少しごちそうを作って「実は…」って報告した。
 そのときはとっても喜んでくれたんだけど、「予定日は…」って言ったら、急に顔が険しくなった。
「それはおかしいな。結婚してから十月十日とつきとおか経っていないじゃないか?」
「え…?」

「今日から起算しても8カ月くらいか?
 赤ちゃんって「十月十日」経ってから生まれるんでしょ?」
「でも、それは俗説だって聞いたことがあるよ」
「誰に?」
「おばあちゃんが言ってた」
「おばあちゃん?はいはい、おばあちゃんね」
 九州のおばあちゃんにはあんなにやさしかったのに、私のおばあちゃんだと、どうしてそんなにバカにした言い方をするんだろう。

「そ、それに、たしか学校でも習ったよ。家庭科か保体か…」
「覚えていないなあ。君だってどっちの科目かも覚えてないんでしょ?」
「でも教わったもの!」
「うーん、これは本当に僕の子なのか、生まれてきてから親子鑑定する必要があるかもね」
「そんな…」
 彼は少しも怒った様子がないのに、私はすごく怖いと思った。
 私もぼんやり聞いた話ばかりで、うまく説明できない。

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 夜、彼より早く寝て、ベッドの隅で泣いていたら、
「ごめんね。泣かせるつもりはなかったんだよ。
 でも――もう避妊の必要はないってことだよね?」
 って言いながら、前戯もろくにいないまま「入って」きた。
 そして、
「ふうっ、すっきりした」と言いながら、ダブルベッドの真ん中で眠ってしまった。

 私はすっかり目が覚めたので、ネットサーフィンでもしようと思ってPCを立ち上げて、「あ、そうか」って気づいて、生理と妊娠の関係について検索した。
 「十月十日の誤解」「妊娠週数って何?」「計算方法」とか、いろんなページが見つかったので、わかりやすいところを拾い上げて印字した。

 次の日の朝、ご飯の前に「これならわかりやすいと思う」って渡したら、
「君にしては頑張ったね――って言いたいところだけど、ご飯前にこんなの見せられて、気持ちよく食べられると思う? ただでさえ、君の粗末なご飯を僕は毎日我慢して食べてるんだよ? こうやって必死過ぎるのも怪しいし、さすがにちょっと反省してほしいな」
 って一気に言って、印刷したものはその場でゴミ箱に突っ込まれてしまった。

 予定日から十月十日さかのぼったところで、彼としか「して」ないんだから、堂々としていればいいんだけど、彼はどういうわけか、私の浮気を信じて疑わない。
 どうしたら信じてもらえるんだろうって悩んでいたら、お昼頃メールが来た。
「昨日はごめんね。出産予定日から十月十日さかのぼって日を確定したんだけど、その日ちゃんと君と「して」たよ。
 手帳に印があったから間違いない。疑ってごめん。元気な赤ちゃんを産んでね」

 疑いは晴れたのに、ちっともうれしくなかった。
 そもそも「した」日を手帳につけてたって、どういうこと?
 本当にたまたま運がよかっただけで、もし「してなかった」ら、やっぱり疑われたままだったんだろう。
 妊娠中に面倒なことをいろいろ考えるのは嫌だなあって憂鬱になったら吐き気がした。



【補足】
「とつきとおか」の言葉が誤った意味であまりにも独り歩きしてしまった状況に基づいて、このような書き方になりました。
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