断罪された悪役令嬢は、二度目の人生で処刑人に愛される

ワールド

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第3話 騎士との再会

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 曇天の朝だった。
 空に色がないだけで、街全体がどこか呼吸をひそめているように見える。
 私は王都の訓練場へと向かう馬車の中で、手袋の裾を指先でなぞっていた。

 今日、正式に――彼と顔を合わせる。


 石畳を踏みしめる音。
 近衛の兵が整列し、鉄と革の匂いが入り混じる。
 彼らの中心に、一人の男が立っていた。
 黒い軍服、背筋を一直線に伸ばし、剣を抜くその所作に一分の隙もない。

 「殿下、お待ちしておりました」

 アレクシス・ライネル。
 帝国最年少の近衛騎士団長。
 彼の名は宮廷中に知られていたが――
 私の中では、もっと古く、もっと深い場所で鳴り続けている。

 私は馬車を降り、微笑みを作った。
 「ごきげんよう、団長」
 「本日は防御訓練のご指導を」
 「ええ、お願いするわ」

 その瞬間、風が通り抜けた。
 冷たい、けれど懐かしい風。
 私の髪がほどけ、彼の手が反射的に伸びて――止まる。

 「……失礼しました」
 「いいのよ」

 彼の掌の動きが、あの日の刃の軌道と重なる。
 目を閉じると、処刑台の光景が一瞬だけ蘇った。
 けれど私は、それを息とともに押し流す。


 アレクシスが手ずから木剣を差し出した。
 「殿下、構えを」
 「私の腕前をご存じ?」
 「ええ、前世で……――」

 彼は言葉を切った。
 私の眉がかすかに動く。
 “前世”という単語が、この男の口から出るとは。

 「前世?」
 「失礼、比喩です。以前、王立学苑で剣術を修められたと伺いました」
 「……そういうこと」

 胸の奥で小さく笑う。
 彼は覚えていない。
 覚えていないのに、言葉の端々にあの時の“癖”が残っている。

 「団長。あなたの剣、ひと振り見せてくださらない?」
 「危険です」
 「構わないわ」

 彼は少しだけ躊躇し、それでも命令に従う。
 鞘から刃が滑り出す音が、胸の奥を切った。
 光が鉄を舐め、訓練場の空気が一瞬で張り詰める。

 ――同じ音。
 あの処刑の日、私の首筋をなぞった金属音。

 私は無意識に息を止めた。
 アレクシスは一歩進み、模擬の形で剣を振る。
 その動きは美しく、冷徹で、そして……悲しかった。

 「殿下?」
 「……いい剣ね」
 「ありがとうございます」

 彼は剣を納め、軽く頭を下げた。
 私は笑顔の裏で、指先を強く握りしめた。
 “また、あなたの剣が私を殺すかもしれない”――そんな予感が、かすかに胸を掠める。


 訓練後、東庭の東屋で紅茶を淹れるナタリアが控えていた。
 アレクシスは護衛として隣の柱の影に立っている。
 彼の沈黙は、風と同じくらい自然で、居心地が悪くなかった。

 「団長」
 「はい」
 「あなたは、なぜ騎士になったの?」
 「理由などありません。ただ、生き方として選んだまでです」
 「誰かを守るためではなく?」
 「守るのは義務です。理由ではありません」

 冷たい言葉。
 けれど、その冷たさの奥に、深い傷のような温度がある。

 「昔、処刑を命じられたことがあります」
 「……そう」

 彼の瞳が遠くを見ていた。
 「罪人は、笑っていました。何もかもを赦したような顔で。
  それがどうにも忘れられない」
 私の心臓が跳ねた。
 「その人のことを、今も思い出すの?」
 「ええ。あの笑みを思い出すたびに、胸が痛む」

 その痛みを、私は知っている。
 ――だって、それは私自身の痛みだから。


 夕陽が石壁を赤く染めるころ、私は回廊を歩いていた。
 アレクシスは後ろに従い、影が二つ、並んで伸びていく。
 「殿下」
 「なに?」
 「先ほどの訓練、無理をなさらぬように」
 「心配してくれるの?」
 「職務です」
 「ふふ……そういうところも、昔と変わらない」

 私の呟きに、彼は首を傾げる。
 「昔?」
 「いいえ、何でもないわ」

 廊下の先、夕陽の中で振り返る。
 「アレクシス」
 「はい」
 「もし――私が罪人になったら、あなたはどうする?」

 彼は一拍の沈黙のあと、真っ直ぐに答えた。
 「……そのときは、私が殿下を護ります」

 胸が熱くなる。
 “護る”――前世で一度も与えられなかった言葉。
 私は小さく頷き、微笑んだ。

 「約束よ」

 その瞬間、風が鈴のように鳴った。
 彼は一瞬だけ目を細め、私を見た。
 “どこかで、この音を聞いた気がする”――
 そんな表情だった。


 その夜、私は再び夢を見た。
 霧の中で、あの日の処刑台。
 刃が振り下ろされる瞬間、私の首元を過ぎた風が言葉を運んでいた。

 ――「護る」

 目を覚ますと、枕元にナタリアが立っていた。
 「殿下、夢を?」
「ええ、少しね」

 窓の外では、月が雲に隠れかけていた。
 風がカーテンを揺らし、鈴が小さく鳴る。

 私はその音に微笑んだ。
 “前世では終わった音”。
 でも今世では、まだ物語の始まりにすぎない。
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