断罪された悪役令嬢は、二度目の人生で処刑人に愛される

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第4話 夢に見る刃

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 夜更け。
 宮殿の塔の一角、薄闇の中で私は息をひそめていた。
 灯火は消され、窓の外では霧が立ち込めている。
 眠れない。目を閉じるたび、あの“刃”がまぶたの裏に浮かぶ。

 処刑台。
 冷たい空。
 そして、あの男の瞳。

 ――アレクシス。

 夢ではない。
 それは過去の記憶。
 けれど、思い出すたびに心臓が痛む。
 “彼は覚えていない”――そう何度も言い聞かせても、体が勝手に反応してしまう。

 ふと、外の回廊から微かな足音が聞こえた。
 衛兵の見回りとは違う、柔らかいが規則正しい音。
 私は寝間着の裾を掴み、そっと扉を開けた。

 「……アレクシス?」

 灯火に照らされたその顔は、やはり彼だった。
 寝ずの番のはずの彼が、なぜここに?
 彼は手にした蝋燭をわずかに傾け、私を見た。

 「殿下、夜更けに歩かれるとは……」
 「眠れなくて」
 「……私も同じです」

 その声に、かすかに疲労と痛みが滲んでいた。


 二人で東の回廊を歩いた。
 外は濃い霧。月は雲の裏に隠れ、世界が音を失っている。

 「団長」
 「はい」
 「あなたは……夢を見ますか?」

 沈黙。
 そして、ため息のように彼は答えた。

 「ええ。最近、同じ夢ばかり」
 「どんな夢?」
 「白い朝。処刑台。そして……ひとりの女」

 その言葉に、足が止まった。
 息を飲む音を隠すように、私は微笑を浮かべる。
 「それは……怖い夢?」
 「違います。……痛い夢です」

 彼の声がかすれる。
 「その女は、笑っているんです。
  私が剣を振り下ろす瞬間に、泣くでも叫ぶでもなく、ただ笑って……」
 「笑って?」
 「まるで、赦しているように」

 胸の奥に何かが突き刺さった。
 それは夢の中で自分が見た“あの日の自分”の表情と、まったく同じ。

 「あなたは……その夢を、誰かに話したことがある?」
 「いいえ。口にすれば、罪が現実になりそうで」

 私は唇を噛んだ。
 ――“罪”。
 それは、私が彼に抱く感情の名でもある。


 その夜、私はようやく眠りについた。
 けれど、夢は彼の言葉に引きずられるように現れた。

 ――霧の処刑台。
 群衆のざわめき。
 手首に縄の感触。
 刃の音。

 私は“彼”を見上げていた。
 目の前の男は、鎧を着け、冷たい瞳で私を見下ろしている。
 「リディア・アルヴェイン、罪状を述べよ」
 それはアレクシスではない、けれど同じ声だった。

 私――リディアは笑った。
 「罪などありません。けれどあなたが必要とするなら、それでも構いません」
 「……なぜ笑う」
「あなたが泣かないように」

 その瞬間、刃が落ちた。
 光と痛み。
 けれど不思議と、恐怖はなかった。
 ただ、“彼が泣いていた”ことだけが焼き付いている。

 ――“あなたのために、私は笑ったの”。



 汗で濡れた寝衣のまま、私は目を覚ました。
 窓の外は夜明け前の灰色の空。
 胸の奥が重く、涙の跡が頬に残っている。

 ノックの音。
 「殿下、朝のご支度を」
 ナタリアの声に続き、扉の外にもうひとつの気配。
 「……アレクシスが、お呼びしております」

 私は深呼吸をして髪を整えた。
 扉を開けると、彼は既に立っていた。
 少しだけ、目の下に影を落として。

 「お顔色が優れませんね、殿下」
 「あなたも同じ顔よ」
 「……夢を見たのです」
 「処刑台の夢?」
 「ええ。……殿下も?」

 私たちは、互いに言葉を失った。
 “同じ夢を見た”――その事実だけが、霧のように二人の間を満たす。

 「もし、この夢が過去の罪の残響だとしたら……」
 「あなたの罪じゃない」
 「……では、誰の?」
 「私の」

 彼は一瞬だけ目を見開き、そして静かに首を振った。
 「あなたが、そんな顔をするのは、見たくない」

 その言葉に、心が震えた。
 私の中で何かが崩れ、同時に芽吹いた。
 彼は前世で私を殺した。
 けれど今、同じ夢の中で彼は私を救おうとしている。



 その日の午後、神殿の鐘が鳴った。
 私はひとりで祭壇に立ち、手を合わせる。
 香の煙が渦を巻き、女神イリュシアの像がぼんやりと浮かぶ。

 「――夢を見ました」
 私は小さく呟いた。
 「彼が剣を振るい、私が笑って死ぬ夢を」
 「それは、現実の再演か?」
 声が、頭の奥に響いた。
 女神の声。
 「赦すために生まれ変わったのではないのか」
 「赦しは……痛すぎます」
 「ならば痛みを選べ。痛みこそ、生の証だから」

 その瞬間、鈴の音が鳴った。
 夢と現実を隔てる境が揺らぐ。
 私の胸の奥で、二つの鼓動が同時に鳴った。

 ――リディアとしての鼓動。
 ――セレスとしての鼓動。

 どちらが本当の“私”なのか、もうわからない。



 夕暮れ、回廊を歩く。
 赤い光が石壁を染め、足音が遠く反響する。
 アレクシスが、いつものように後ろを歩いていた。

 「殿下」
 「なに?」
 「もし、夢が現実になるとしたら……あなたは、それをどう受け入れますか?」
 「それが“運命”なら、受け入れるしかないわ」
 「運命に抗わぬのですか?」
 「抗っても、私たちは同じ夢を見るだけ」

 彼は黙り込む。
 沈黙の中で、夕陽の中の彼の横顔が、どこか悲しかった。

 「団長」
 「はい」
 「あなたの剣が、もし私を傷つけたとしても……その刃の意味を、私は知っている」

 彼は言葉を失い、ただ微かに拳を握った。

 「殿下、それでも私は――護りたい」
 「……なら、夢の中でも護って」

 風が吹き、鈴の音が鳴った。
 まるで誰かが遠くで笑っているように。
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