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夜の会談
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夜の帳が王都を覆うころ、
黒衣の商会の最上階――灯りはひとつだけ、机の上の燭台が淡く揺れていた。
帳簿を閉じたそのとき、扉が二度、静かに叩かれた。
「どうぞ。」
現れたのは、銀の髪の男――リオネル・ヴァルデン。
その手には、重厚な封筒と数冊の書簡があった。
「もう遅い時間ですのに。まさか、“魔女退治”にでも?」
私の皮肉に、彼は小さく笑った。
「あなたを退治できる人間がいるなら、王都はもっと穏やかでしょうね。」
彼は机の前に立ち、書簡を広げた。
王国の紋章、財務局の印、そして王立議会の署名。
そこには、見覚えのある名が並んでいた。
――ベイラン侯爵、そして教会代表ルシウス司祭。
「これは?」
「彼らの裏金の流れを示す帳簿の写しです。
あなたが暴こうとしているものの、法的な“証拠”になる。」
リオネルの声は低く、冷静だった。
だが、その眼差しは、炎のように強かった。
「議会の議席を動かす資金、その一部は“教会の寄進”に偽装されている。
名目は慈善、実態は利権の分配。
あなたを魔女と呼んでいる連中こそ、真の悪魔ですよ。」
「……あなた、そこまで調べていたのね。」
「ええ。あなたの名前が“敵の帳簿”に載っていた時から。」
一瞬、空気が止まった。
心臓が強く跳ねた。
リオネルの視線は、いつもよりも近い。
まるで私の仮面の下を覗き込むようだった。
「復讐だけで終わらせる気はないんでしょう?」
「ええ。」
私はゆっくり頷いた。
「彼らを裁くのは怒りではなく、正義。
私は、“沈黙の誓い”の続きを果たすだけ。」
「なら――」
リオネルは懐からひとつの書状を取り出した。
王家の紋章。真紅の封蝋。
「王太子殿下が“社交裁判”の開催を承認しました。」
「社交裁判……王都中の貴族と教会が見守る、あの?」
「ええ。表向きは“誤解を解く場”。
けれど実際は、“見せしめ”です。
真実を証明できれば、あなたが勝者。
失敗すれば――あなたは本当に魔女になります。」
私は息を吐いた。
恐怖と興奮が、胸の奥でせめぎ合う。
こんな危うい提案を、冷静に口にできる男は、彼しかいない。
「危険ですわね。」
「あなたに似合う舞台です。」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「褒め言葉として受け取っておきますわ。」
リオネルは机の上に手を置いた。
「あなたの正義を信じています。
ただ、ひとつだけ――忘れないでください。」
「何を?」
「あなたは、人を裁くために生まれたんじゃない。
光を照らすために立ち上がった人だ。」
その言葉に、心の奥がかすかに揺れた。
「……あなた、本当にずるい人ね。」
「あなたほどでは。」
沈黙の中、燭台の炎が小さく揺れた。
窓の外では、月が雲の切れ間から顔を出す。
彼の横顔がその光に照らされ、一瞬だけ少年のように見えた。
「この戦いが終わったら、どうするつもり?」
私の問いに、リオネルはわずかに目を細めた。
「それを聞くのは、勝ってからにしましょう。」
「勝つつもりなのね。」
「あなたと組むなら、負ける方が難しい。」
笑いながらも、胸の奥が熱くなる。
この夜、私は初めて――“共に戦う”という言葉を信じられた。
扉の前で、リオネルが振り返った。
「セレスティア。
あなたの戦いは、王都の夜を照らし始めている。
でも、灯りが強いほど影も濃くなる。
その影に、必ず誰かが潜んでいる。気をつけて。」
「ええ。だから私は、光で焼き払うわ。」
扉が閉まり、静寂が戻る。
机の上の書簡に手を置き、目を閉じた。
――復讐の炎は、もはや私一人のものではない。
法をも、神をも、政治をも飲み込む“戦場”になる。
明日の夜明け、私はまた新しい仮面を被る。
貴族でも、令嬢でもない――裁く者として。
黒衣の商会の最上階――灯りはひとつだけ、机の上の燭台が淡く揺れていた。
帳簿を閉じたそのとき、扉が二度、静かに叩かれた。
「どうぞ。」
現れたのは、銀の髪の男――リオネル・ヴァルデン。
その手には、重厚な封筒と数冊の書簡があった。
「もう遅い時間ですのに。まさか、“魔女退治”にでも?」
私の皮肉に、彼は小さく笑った。
「あなたを退治できる人間がいるなら、王都はもっと穏やかでしょうね。」
彼は机の前に立ち、書簡を広げた。
王国の紋章、財務局の印、そして王立議会の署名。
そこには、見覚えのある名が並んでいた。
――ベイラン侯爵、そして教会代表ルシウス司祭。
「これは?」
「彼らの裏金の流れを示す帳簿の写しです。
あなたが暴こうとしているものの、法的な“証拠”になる。」
リオネルの声は低く、冷静だった。
だが、その眼差しは、炎のように強かった。
「議会の議席を動かす資金、その一部は“教会の寄進”に偽装されている。
名目は慈善、実態は利権の分配。
あなたを魔女と呼んでいる連中こそ、真の悪魔ですよ。」
「……あなた、そこまで調べていたのね。」
「ええ。あなたの名前が“敵の帳簿”に載っていた時から。」
一瞬、空気が止まった。
心臓が強く跳ねた。
リオネルの視線は、いつもよりも近い。
まるで私の仮面の下を覗き込むようだった。
「復讐だけで終わらせる気はないんでしょう?」
「ええ。」
私はゆっくり頷いた。
「彼らを裁くのは怒りではなく、正義。
私は、“沈黙の誓い”の続きを果たすだけ。」
「なら――」
リオネルは懐からひとつの書状を取り出した。
王家の紋章。真紅の封蝋。
「王太子殿下が“社交裁判”の開催を承認しました。」
「社交裁判……王都中の貴族と教会が見守る、あの?」
「ええ。表向きは“誤解を解く場”。
けれど実際は、“見せしめ”です。
真実を証明できれば、あなたが勝者。
失敗すれば――あなたは本当に魔女になります。」
私は息を吐いた。
恐怖と興奮が、胸の奥でせめぎ合う。
こんな危うい提案を、冷静に口にできる男は、彼しかいない。
「危険ですわね。」
「あなたに似合う舞台です。」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「褒め言葉として受け取っておきますわ。」
リオネルは机の上に手を置いた。
「あなたの正義を信じています。
ただ、ひとつだけ――忘れないでください。」
「何を?」
「あなたは、人を裁くために生まれたんじゃない。
光を照らすために立ち上がった人だ。」
その言葉に、心の奥がかすかに揺れた。
「……あなた、本当にずるい人ね。」
「あなたほどでは。」
沈黙の中、燭台の炎が小さく揺れた。
窓の外では、月が雲の切れ間から顔を出す。
彼の横顔がその光に照らされ、一瞬だけ少年のように見えた。
「この戦いが終わったら、どうするつもり?」
私の問いに、リオネルはわずかに目を細めた。
「それを聞くのは、勝ってからにしましょう。」
「勝つつもりなのね。」
「あなたと組むなら、負ける方が難しい。」
笑いながらも、胸の奥が熱くなる。
この夜、私は初めて――“共に戦う”という言葉を信じられた。
扉の前で、リオネルが振り返った。
「セレスティア。
あなたの戦いは、王都の夜を照らし始めている。
でも、灯りが強いほど影も濃くなる。
その影に、必ず誰かが潜んでいる。気をつけて。」
「ええ。だから私は、光で焼き払うわ。」
扉が閉まり、静寂が戻る。
机の上の書簡に手を置き、目を閉じた。
――復讐の炎は、もはや私一人のものではない。
法をも、神をも、政治をも飲み込む“戦場”になる。
明日の夜明け、私はまた新しい仮面を被る。
貴族でも、令嬢でもない――裁く者として。
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