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地獄の晩餐
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鉄の扉が軋みを上げて閉じると、
すべての音が消えた。
薄暗い牢。
石の壁は湿り、床には冷たい水が染み出している。
その中央に、二つの影が並んで座っていた。
アルトとリーナ。
広場での辱めから数時間。
体中に傷を負い、服は泥に汚れ、
それでも二人は、まだ互いを見ようとしなかった。
沈黙。
その沈黙が、牢よりも重くのしかかる。
やがて、リーナが口を開いた。
「ねえ……私たち、どうしてこんなことになったの?」
アルトは答えない。
リーナは乾いた笑いを漏らす。
「そうよね。あなたはいつも黙っていた。
あの夜も、あの女に罪を被せた時も。
あなたは“沈黙”で私を守ったつもりだった。」
「やめろ。」
低い声。
アルトの拳が震える。
「俺は……お前を守ろうとした。」
「いいえ。あなたは自分を守っただけよ。」
「違う!」
「違わない!」
リーナが叫んだ。
「あなたは、いつだって“神の声”を気にしてた。
私がどう思っていたかなんて、一度も見なかった!」
アルトはうつむき、低く笑った。
「お前こそ、俺を見ていなかった。
俺じゃなく、“ベイラン侯爵”を愛していた。」
リーナの目が見開かれる。
「そんなこと……」
「違うか? 俺が称賛されている時だけ、
お前は笑ってくれた。
俺が沈黙した夜、お前は俺から目を逸らした。」
「……そんな言葉、今さら言うの?」
リーナは顔を覆い、嗚咽を漏らした。
その指の間から零れた涙が、
床に落ちて音を立てた。
アルトは天井を見上げた。
「なあ、リーナ。
あの女――セレスティアは、笑っているだろうか。」
「ええ、きっと。」
リーナが答える。
「彼女は、私たちを笑ってる。
“見たこと? 人が壊れる瞬間の美しさを”って、
そんな風に微笑んでる。」
アルトは立ち上がり、鉄格子を掴んだ。
「なら、地獄に引きずり込んでやる。
神も、あの女も、すべて巻き添えにしてやる!」
リーナが震える声で言う。
「無理よ。もう、誰も聞いていない。
あなたの声も、私の声も。」
アルトが振り返った。
その瞳の奥に、炎のような狂気が揺れる。
「なら、お前が聞け。」
「え?」
次の瞬間、アルトは彼女の肩を掴み、
荒々しく抱きしめた。
「せめてこの地獄でだけは、
お前だけは俺を見ていろ。
俺を責めろ。俺を殺せ。
それでいい。」
リーナの目から涙が零れた。
「……そんなの、愛じゃない。」
「愛なんて、とっくに死んだ。」
その瞬間――。
牢の奥から、誰かの足音が聞こえた。
カツ、カツ、とゆっくり近づいてくる。
二人が顔を上げる。
闇の中、白い衣の女が立っていた。
黒髪、冷たい瞳。
「……セレスティア?」
リーナの声が震える。
女は微笑んだ。
「違うわ。
私は、あなたたちが作り出した“沈黙”よ。」
リーナが後ずさる。
「やめて……こないで……!」
「逃げられない。
あなたたちは、言葉で傷つけ合い、
言葉で嘘を重ねた。
その果てに残ったのは――沈黙だけ。」
アルトが剣を抜こうとするが、手元に何もない。
女の幻がゆっくり二人の間に立つ。
「食べなさい。」
差し出された皿。
そこには、黒く焦げたパンのようなものが乗っていた。
「これは何だ。」
「あなたたちの罪の味。」
アルトがそれを掴み、リーナと半分に裂いた。
ふたりで口に含む。
瞬間、口の中が血の味で満たされた。
リーナが呻く。
「苦い……これが……」
「地獄の晩餐。」
女の声が響く。
「愛し合った者が、互いの魂を食い尽くす夜。」
リーナが泣き崩れる。
「お願い、もうやめて……!」
「終わりを望むなら、沈黙を受け入れなさい。」
アルトが膝をつく。
「沈黙……?」
「そう。沈黙こそ、神の最後の赦し。」
その言葉とともに、女の姿がゆっくりと薄れていく。
消える寸前、微笑みだけが残った。
「おやすみなさい。
もう、誰もあなたたちを見てはいない。」
光が消える。
牢には、再び沈黙だけが残った。
リーナが弱々しく呟く。
「ねえ……アルト。」
「……ああ。」
「少しだけ、暖かいわね。」
「地獄の火だろう。」
「ええ……それでも、やっと一緒ね。」
彼女の手が、彼の指の上に重なる。
二人の影が、闇に溶けた。
その夜、
牢の中から二人の声が聞こえることは、もう二度となかった。
すべての音が消えた。
薄暗い牢。
石の壁は湿り、床には冷たい水が染み出している。
その中央に、二つの影が並んで座っていた。
アルトとリーナ。
広場での辱めから数時間。
体中に傷を負い、服は泥に汚れ、
それでも二人は、まだ互いを見ようとしなかった。
沈黙。
その沈黙が、牢よりも重くのしかかる。
やがて、リーナが口を開いた。
「ねえ……私たち、どうしてこんなことになったの?」
アルトは答えない。
リーナは乾いた笑いを漏らす。
「そうよね。あなたはいつも黙っていた。
あの夜も、あの女に罪を被せた時も。
あなたは“沈黙”で私を守ったつもりだった。」
「やめろ。」
低い声。
アルトの拳が震える。
「俺は……お前を守ろうとした。」
「いいえ。あなたは自分を守っただけよ。」
「違う!」
「違わない!」
リーナが叫んだ。
「あなたは、いつだって“神の声”を気にしてた。
私がどう思っていたかなんて、一度も見なかった!」
アルトはうつむき、低く笑った。
「お前こそ、俺を見ていなかった。
俺じゃなく、“ベイラン侯爵”を愛していた。」
リーナの目が見開かれる。
「そんなこと……」
「違うか? 俺が称賛されている時だけ、
お前は笑ってくれた。
俺が沈黙した夜、お前は俺から目を逸らした。」
「……そんな言葉、今さら言うの?」
リーナは顔を覆い、嗚咽を漏らした。
その指の間から零れた涙が、
床に落ちて音を立てた。
アルトは天井を見上げた。
「なあ、リーナ。
あの女――セレスティアは、笑っているだろうか。」
「ええ、きっと。」
リーナが答える。
「彼女は、私たちを笑ってる。
“見たこと? 人が壊れる瞬間の美しさを”って、
そんな風に微笑んでる。」
アルトは立ち上がり、鉄格子を掴んだ。
「なら、地獄に引きずり込んでやる。
神も、あの女も、すべて巻き添えにしてやる!」
リーナが震える声で言う。
「無理よ。もう、誰も聞いていない。
あなたの声も、私の声も。」
アルトが振り返った。
その瞳の奥に、炎のような狂気が揺れる。
「なら、お前が聞け。」
「え?」
次の瞬間、アルトは彼女の肩を掴み、
荒々しく抱きしめた。
「せめてこの地獄でだけは、
お前だけは俺を見ていろ。
俺を責めろ。俺を殺せ。
それでいい。」
リーナの目から涙が零れた。
「……そんなの、愛じゃない。」
「愛なんて、とっくに死んだ。」
その瞬間――。
牢の奥から、誰かの足音が聞こえた。
カツ、カツ、とゆっくり近づいてくる。
二人が顔を上げる。
闇の中、白い衣の女が立っていた。
黒髪、冷たい瞳。
「……セレスティア?」
リーナの声が震える。
女は微笑んだ。
「違うわ。
私は、あなたたちが作り出した“沈黙”よ。」
リーナが後ずさる。
「やめて……こないで……!」
「逃げられない。
あなたたちは、言葉で傷つけ合い、
言葉で嘘を重ねた。
その果てに残ったのは――沈黙だけ。」
アルトが剣を抜こうとするが、手元に何もない。
女の幻がゆっくり二人の間に立つ。
「食べなさい。」
差し出された皿。
そこには、黒く焦げたパンのようなものが乗っていた。
「これは何だ。」
「あなたたちの罪の味。」
アルトがそれを掴み、リーナと半分に裂いた。
ふたりで口に含む。
瞬間、口の中が血の味で満たされた。
リーナが呻く。
「苦い……これが……」
「地獄の晩餐。」
女の声が響く。
「愛し合った者が、互いの魂を食い尽くす夜。」
リーナが泣き崩れる。
「お願い、もうやめて……!」
「終わりを望むなら、沈黙を受け入れなさい。」
アルトが膝をつく。
「沈黙……?」
「そう。沈黙こそ、神の最後の赦し。」
その言葉とともに、女の姿がゆっくりと薄れていく。
消える寸前、微笑みだけが残った。
「おやすみなさい。
もう、誰もあなたたちを見てはいない。」
光が消える。
牢には、再び沈黙だけが残った。
リーナが弱々しく呟く。
「ねえ……アルト。」
「……ああ。」
「少しだけ、暖かいわね。」
「地獄の火だろう。」
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