捨てられたので、私はもうあなたたちに用はありません

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夢の中の女神

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夜明け前の鐘が、ひとつだけ鳴った。
老司祭は、その音で目を覚ました。
教会の部屋には誰もおらず、
ただ、蝋燭の火だけが小さく揺れている。

息を吐くと、白い霧が舞う。
眠れぬ夜が何日も続いていた。
祈ろうとしても、声が出ない。
それでも毎晩、彼は神に許しを求めていた。

――そしてその夜、
彼の祈りは、ついに“女神”へと届いた。

夢の中。

大理石の床、白い柱、光に満ちた空間。
音はなく、ただ風がゆっくりと流れている。

司祭はその中心に立っていた。
そして――
光の中から、彼女が現れた。

黒髪が風に揺れ、瞳は金のように輝いていた。
白衣の裾が浮かび、
その微笑みは、穏やかで、あまりにも静かだった。

「……セレスティア様……なのですか?」

女神は何も言わない。
ただ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その足音すら、風のように淡い。

「どうか……赦しを。
 私は間違っていました。
 あなたを“沈黙の罪人”と呼び、
 人々の前で嘲りました。
 けれど今、私には声すら与えられぬ。」

女神は立ち止まり、首を傾げた。
その瞳の奥に、無数の“人の影”が映っていた。
泣く者、祈る者、沈黙する者。

「赦しを……」
司祭の膝が折れ、床に手をつく。
「私を救ってください……!」

静寂。

やがて、女神の唇がわずかに動いた。

「救いは、あなたの声の中にある。」

「……私の……声……?」
「あなたが、真実を語るなら。
 嘘のない言葉を口にできたなら。
 その時、声は戻る。」

司祭は震える声で答えた。
「私は、もう語れぬのです……!」

女神は穏やかに微笑んだ。
その微笑みが、光となって彼を包む。
だが、その光は暖かくなかった。
肌を焼くような鋭さを帯びていた。

「では、沈黙のまま語りなさい。
 ――沈黙こそ、真実の言葉。」

司祭の目に涙があふれる。
その身体が光に溶けていく。
まるで、音という音を削がれ、
“存在そのもの”が沈黙に還っていくように。

「やめて……! どうか赦して……!」

「赦しは求めるものではない。
 自ら選ぶもの。」

女神が手を伸ばし、彼の頬に触れた。
その指先は冷たく――けれど、どこか優しかった。

「あなたの祈りは届いた。
だから、あなたは沈黙を得たの。」

司祭の目から光が消える。
次の瞬間、光が弾け、世界が白に染まった。

目を開けると、教会の天井が見えた。
老司祭は冷たい床の上に倒れていた。
傍らには割れた蝋燭台。
夜はまだ明けていない。

立ち上がろうとした瞬間、
喉に手を当てる――

……声が、出なかった。

彼は鏡を見た。
自分の首に、光る痕が刻まれている。
まるで、女神の指が触れたように。

『沈黙を抱きし者、赦されぬままに安らげ。』

その文字が淡く光り、消えた。

司祭は微笑んだ。
あの夢の中の女神と、同じ微笑みで。

そして静かに膝をつき、
祈るように、
ただ――沈黙した。

翌朝。
教会の鐘は鳴らなかった。

人々が駆けつけた時、
老司祭は祭壇の前に膝をつき、
穏やかな顔のまま動かなかった。

その手には、ひとつの言葉が刻まれた紙が握られていた。

『女神は、赦しを与えず。
それでも、微笑む。』
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