6 / 7
6話
しおりを挟む
寝室の扉が勢いよく開き、アルトリアの夫――エドワード侯爵が姿を現した。
豪奢な毛皮を羽織り、香水の匂いを漂わせるその顔は、不機嫌そうに歪んでいる。
「アルトリア、何をしている。帳簿の整理が滞っているぞ。俺の朝食や身支度も山積みだというのに、手間を取らせるな」
エドワードはベッドの上の異様な光景――裸のまま絡み合う四人を見ても、驚くどころか、不潔なゴミを見るような視線を向けた。彼にとってアルトリアは、便利な「家令」か「動く道具」に過ぎないのだ。
「申し訳ありません、すぐに……」
アルトリアがシーツで身体を隠しながら起き上がろうとした時、その肩を力強くジークフリートが引き寄せた。
「おっと、閣下。俺の女をそう安安と使い走りにしないでいただきたい」
「……何だと? 貴様、どこの馬の骨だ。アルトリア、その男は何だ。不貞は重罪だぞ。目を瞑ってやろうかと思ったが、不敬罪として国王陛下に申し出ることにするか? お前の実家への仕送りも、今日限りで終わりだな」
脅すように言い放たれた言葉に、アルトリアの顔が屈辱で青ざめる。
だが、ジークフリートの瞳には静かな、それでいて苛烈な殺意が宿った。
「馬の骨、ですか。俺は隣国の第一騎士ジークフリート。……この女は昨夜、俺が抱いた。いや、俺が『買い取った』と言えば、貴方の汚い耳にも理解できますか?」
「買っただと?」
「そうだ。アルトリア殿の実家の借財。そのすべてを我がルイス殿下が肩代わりし、彼女を『戦利品』として隣国へ連れ帰る。……そういう話が今、ここでまとまったところだ」
ジークフリートの嘘に、アルトリアは息を呑んだ。そんな話、今初めて聞いた。
しかし、ルイス王子がニヤリと不敵に笑って話を合わせる。
「ああ、エドワード侯爵。君もアルトリア殿の扱いに困っていたんだろう? 彼女は我が国で『騎士』として、あるいはジークフリートの『妻』として重用することにした。安心したまえ、君には十分な額の『慰謝料』を支払おう」
エドワードの目が、金という響きに卑しく輝いた。
「ほう……。まあ、愛嬌もない、骨ばった身体の女だ。金になるなら文句はない。アルトリア、お前もせいぜい隣国で役に立つんだな。帳簿付けの代わりは、新しい愛人にでもやらせるから構わんよ」
「……待ってください! 閣下、民はどうなるのですか! あなた一人では、次の冬を越せません!」
必死に叫ぶアルトリアの声を、エドワードは鼻で笑って一蹴した。
「知ったことか。そんなことより、早く金を振り込んでもらおうか」
エドワードは未練もなく背を向け、部屋を出て行った。
後に残されたのは、あまりの虚脱感に震えるアルトリアと、彼女を離さないジークフリートだけだった。
「……見たでしょう、アルトリア。あんな男に、貴女の人生を捧げる価値はない」
「……ジークフリート。貴様、なんて出鱈目を……」
「出鱈目ではありません。ルイス殿下には既に根回し済みです。……貴女が守りたかった民のことも含めてね」
ジークフリートはアルトリアの額に、慈しむような口づけを落とした。
「もう、あんな男のために泣くのはやめて、俺のために生きてください」
「……本気なのか?」
「俺はこう見えて、誠実な男ですよ」
「昨夜は殆ど強姦(ごうかん)だったがな」
「許してください。……何が何でも貴女と既成事実を作らないと、あの男から引き離せなかった」
ジークフリートはアルトリアの手を握りしめ、真っ直ぐに見つめ合う。その瞳に宿る確かな熱量に、アルトリアの肩からふっと力が抜けた。
長年、一人で背負い込んできた重圧。否定され続けてきた自尊心。
それが、目の前の強引な男によって粉々に打ち砕かれ、同時に救い出された気がした。
(信じて、みようか……)
冷え切っていた彼女の心に、小さな火が灯った瞬間だった。
豪奢な毛皮を羽織り、香水の匂いを漂わせるその顔は、不機嫌そうに歪んでいる。
「アルトリア、何をしている。帳簿の整理が滞っているぞ。俺の朝食や身支度も山積みだというのに、手間を取らせるな」
エドワードはベッドの上の異様な光景――裸のまま絡み合う四人を見ても、驚くどころか、不潔なゴミを見るような視線を向けた。彼にとってアルトリアは、便利な「家令」か「動く道具」に過ぎないのだ。
「申し訳ありません、すぐに……」
アルトリアがシーツで身体を隠しながら起き上がろうとした時、その肩を力強くジークフリートが引き寄せた。
「おっと、閣下。俺の女をそう安安と使い走りにしないでいただきたい」
「……何だと? 貴様、どこの馬の骨だ。アルトリア、その男は何だ。不貞は重罪だぞ。目を瞑ってやろうかと思ったが、不敬罪として国王陛下に申し出ることにするか? お前の実家への仕送りも、今日限りで終わりだな」
脅すように言い放たれた言葉に、アルトリアの顔が屈辱で青ざめる。
だが、ジークフリートの瞳には静かな、それでいて苛烈な殺意が宿った。
「馬の骨、ですか。俺は隣国の第一騎士ジークフリート。……この女は昨夜、俺が抱いた。いや、俺が『買い取った』と言えば、貴方の汚い耳にも理解できますか?」
「買っただと?」
「そうだ。アルトリア殿の実家の借財。そのすべてを我がルイス殿下が肩代わりし、彼女を『戦利品』として隣国へ連れ帰る。……そういう話が今、ここでまとまったところだ」
ジークフリートの嘘に、アルトリアは息を呑んだ。そんな話、今初めて聞いた。
しかし、ルイス王子がニヤリと不敵に笑って話を合わせる。
「ああ、エドワード侯爵。君もアルトリア殿の扱いに困っていたんだろう? 彼女は我が国で『騎士』として、あるいはジークフリートの『妻』として重用することにした。安心したまえ、君には十分な額の『慰謝料』を支払おう」
エドワードの目が、金という響きに卑しく輝いた。
「ほう……。まあ、愛嬌もない、骨ばった身体の女だ。金になるなら文句はない。アルトリア、お前もせいぜい隣国で役に立つんだな。帳簿付けの代わりは、新しい愛人にでもやらせるから構わんよ」
「……待ってください! 閣下、民はどうなるのですか! あなた一人では、次の冬を越せません!」
必死に叫ぶアルトリアの声を、エドワードは鼻で笑って一蹴した。
「知ったことか。そんなことより、早く金を振り込んでもらおうか」
エドワードは未練もなく背を向け、部屋を出て行った。
後に残されたのは、あまりの虚脱感に震えるアルトリアと、彼女を離さないジークフリートだけだった。
「……見たでしょう、アルトリア。あんな男に、貴女の人生を捧げる価値はない」
「……ジークフリート。貴様、なんて出鱈目を……」
「出鱈目ではありません。ルイス殿下には既に根回し済みです。……貴女が守りたかった民のことも含めてね」
ジークフリートはアルトリアの額に、慈しむような口づけを落とした。
「もう、あんな男のために泣くのはやめて、俺のために生きてください」
「……本気なのか?」
「俺はこう見えて、誠実な男ですよ」
「昨夜は殆ど強姦(ごうかん)だったがな」
「許してください。……何が何でも貴女と既成事実を作らないと、あの男から引き離せなかった」
ジークフリートはアルトリアの手を握りしめ、真っ直ぐに見つめ合う。その瞳に宿る確かな熱量に、アルトリアの肩からふっと力が抜けた。
長年、一人で背負い込んできた重圧。否定され続けてきた自尊心。
それが、目の前の強引な男によって粉々に打ち砕かれ、同時に救い出された気がした。
(信じて、みようか……)
冷え切っていた彼女の心に、小さな火が灯った瞬間だった。
1
あなたにおすすめの小説
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
真面目な王子様と私の話
谷絵 ちぐり
恋愛
婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。
小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。
真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。
※Rシーンはあっさりです。
※別サイトにも掲載しています。
十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした
柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。
幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。
そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。
護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる