可愛げがないと疎まれた侯爵夫人は、隣国の王子に略奪され、溺愛される

甘塩ます☆

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 帝国の巨大な軍艦は、波を切り裂きながら領海に停泊する小国の艦隊へと接近していた。
 甲板に立つエドワードは、軍服に身を包み、冷徹な威圧感で周囲を圧倒している。その傍らには、風に金の髪をなびかせたメアリアが、彼の腕を掴んで離さずにいた。

「殿下、あちらの旗艦より手旗信号が。……『我が妹を直ちに解放せよ、さもなくば……』」

「まどろっこしいな」

 側近の報告を遮り、エドワードは忌々しげに目を細めた。隣に立つメアリアも、じれったそうに兄の船を見つめている。

「お兄様……。エドワード様、直接向かいましょう。話した方が早いですわ」

「……分かった」

 エドワードは「船を寄せる」と信号を送らせ、小国の旗艦へと接舷させた。彼はメアリアの腰を力強く抱き寄せると、魔法による跳躍で、瞬く間に兄王が待つ甲板へと降り立った。船の大きな揺れに驚き、メアリアは思わずエドワードの胸にしがみつく。

「メアリア……! 生きていたのか、メアリア!!」

 降り立つなり、悲痛な叫びを上げたのは、メアリアの兄――小国の若き現国王だった。
 憔悴しきった顔には、妹を失った絶望と、生きて再会できた歓喜が入り混じっている。彼は周囲を囲む兵を無視して駆け寄ろうとしたが、エドワードの放つ凍りつくような殺気に足を止めた。

「そこまでだ、義兄上。リアは今、俺の庇護下にある」
「貴様……! よくも私の妹を……! メアリア、こっちへ来なさい。今すぐあの汚らわしい男から離れるんだ!」

「お兄様もエドワード様も、どうか穏便に。……お兄様、聞いてください。エドワード様、一旦私を離してくださいませ」

「ならん! 俺の側を離れるなと言っただろう」

 エドワードはメアリアの腰を抱いたまま、頑として離さない。二人の男の視線が火花を散らすように激突する。メアリアは彼から離れるのを諦め、密着したまま兄へと向き直った。

「お兄様、私は今、幸せなのです。辱めを受けそうになり、逃げ惑ってた私を助け、誰よりも大切にしてくださったのはエドワード様です。私は自分の意志で、彼の傍にいると決めたのです」

「……幸せだと? 意志だと?」

 兄王の視線が、メアリアの首元で不自然なほど輝く「金の首輪(チョーカー)」に釘付けになった。その瞳に、激しい疑惑と怒りが混じる。

「メアリア、その忌々しい鎖は何だ。装飾にしては仰々しすぎる。……今すぐそれを外して見せろ」

「これは、エドワード様が私を……」

「外せと言っているんだ!!」

 兄の咆哮に、メアリアの肩が小さく震えた。エドワードは不味いと顔を顰めたが、もはや隠し通せる状況ではない。

「……分かった。見せてやる」

 エドワードは躊躇いがちな指先で、メアリアの首輪の金具を外した。カラン、と乾いた音を立てて飾りが床に落ちる。

「……っ!?」

 兄王は息を呑み、次の瞬間、絶叫に近い声を上げた。
 露わになったメアリアの白い肌には、鮮明すぎるほどくっきりと、吸血鬼の牙の痕が刻まれていた。それも一つではない。赤く熟れた、生々しい「所有の痕」が幾重にも重なっている。

「牙の痕……。貴様、リアを『餌』にしているのか!? こんなになるまで弄んで……!」

 兄の激昂は、彼にとっては正当なものだった。吸血族が「獲物」に首輪を付ける文化を知っている彼にとって、これは愛の証などではなく、尊厳を奪われた家畜の印に他ならない。

「誤解です、お兄様! これは私が、私から求めたもので……!」

「黙れ! しとやかなお前が、そんな破廉恥なことを言うはずがない!」

 兄王は激昂し、剣を抜き放ってエドワードを指した。

「吸血族の吸血行為には、相手を陶酔させ、思考を奪う『毒』があると聞く。リア、お前はこの男に薬漬けにされているのと同じだ! 魂まで飼い慣らされているんだ!!」

「違います、私は……っ!」

「問答無用! たとえお前が嫌がろうとも、力ずくでお前をその魔の手から救い出し、本国へ連れ戻す! エドワード王子よ、剣を抜け!」

「……クッ、いくら義兄上と言えど、メアリアは渡せない!」

 エドワードが鋭い音を立てて剣を抜くと、呼応するように両軍の兵たちも一斉に抜剣した。
 エドワードの瞳が、本能に呼応して血のような真紅に染まる。
 海上は一転して、愛と執着、そして歪んだ正義が激突する、一触即発の戦場へと変貌した。
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