17 / 27
17
帝国の巨大な軍艦は、波を切り裂きながら領海に停泊する小国の艦隊へと接近していた。
甲板に立つエドワードは、軍服に身を包み、冷徹な威圧感で周囲を圧倒している。その傍らには、風に金の髪をなびかせたメアリアが、彼の腕を掴んで離さずにいた。
「殿下、あちらの旗艦より手旗信号が。……『我が妹を直ちに解放せよ、さもなくば……』」
「まどろっこしいな」
側近の報告を遮り、エドワードは忌々しげに目を細めた。隣に立つメアリアも、じれったそうに兄の船を見つめている。
「お兄様……。エドワード様、直接向かいましょう。話した方が早いですわ」
「……分かった」
エドワードは「船を寄せる」と信号を送らせ、小国の旗艦へと接舷させた。彼はメアリアの腰を力強く抱き寄せると、魔法による跳躍で、瞬く間に兄王が待つ甲板へと降り立った。船の大きな揺れに驚き、メアリアは思わずエドワードの胸にしがみつく。
「メアリア……! 生きていたのか、メアリア!!」
降り立つなり、悲痛な叫びを上げたのは、メアリアの兄――小国の若き現国王だった。
憔悴しきった顔には、妹を失った絶望と、生きて再会できた歓喜が入り混じっている。彼は周囲を囲む兵を無視して駆け寄ろうとしたが、エドワードの放つ凍りつくような殺気に足を止めた。
「そこまでだ、義兄上。リアは今、俺の庇護下にある」
「貴様……! よくも私の妹を……! メアリア、こっちへ来なさい。今すぐあの汚らわしい男から離れるんだ!」
「お兄様もエドワード様も、どうか穏便に。……お兄様、聞いてください。エドワード様、一旦私を離してくださいませ」
「ならん! 俺の側を離れるなと言っただろう」
エドワードはメアリアの腰を抱いたまま、頑として離さない。二人の男の視線が火花を散らすように激突する。メアリアは彼から離れるのを諦め、密着したまま兄へと向き直った。
「お兄様、私は今、幸せなのです。辱めを受けそうになり、逃げ惑ってた私を助け、誰よりも大切にしてくださったのはエドワード様です。私は自分の意志で、彼の傍にいると決めたのです」
「……幸せだと? 意志だと?」
兄王の視線が、メアリアの首元で不自然なほど輝く「金の首輪(チョーカー)」に釘付けになった。その瞳に、激しい疑惑と怒りが混じる。
「メアリア、その忌々しい鎖は何だ。装飾にしては仰々しすぎる。……今すぐそれを外して見せろ」
「これは、エドワード様が私を……」
「外せと言っているんだ!!」
兄の咆哮に、メアリアの肩が小さく震えた。エドワードは不味いと顔を顰めたが、もはや隠し通せる状況ではない。
「……分かった。見せてやる」
エドワードは躊躇いがちな指先で、メアリアの首輪の金具を外した。カラン、と乾いた音を立てて飾りが床に落ちる。
「……っ!?」
兄王は息を呑み、次の瞬間、絶叫に近い声を上げた。
露わになったメアリアの白い肌には、鮮明すぎるほどくっきりと、吸血鬼の牙の痕が刻まれていた。それも一つではない。赤く熟れた、生々しい「所有の痕」が幾重にも重なっている。
「牙の痕……。貴様、リアを『餌』にしているのか!? こんなになるまで弄んで……!」
兄の激昂は、彼にとっては正当なものだった。吸血族が「獲物」に首輪を付ける文化を知っている彼にとって、これは愛の証などではなく、尊厳を奪われた家畜の印に他ならない。
「誤解です、お兄様! これは私が、私から求めたもので……!」
「黙れ! しとやかなお前が、そんな破廉恥なことを言うはずがない!」
兄王は激昂し、剣を抜き放ってエドワードを指した。
「吸血族の吸血行為には、相手を陶酔させ、思考を奪う『毒』があると聞く。リア、お前はこの男に薬漬けにされているのと同じだ! 魂まで飼い慣らされているんだ!!」
「違います、私は……っ!」
「問答無用! たとえお前が嫌がろうとも、力ずくでお前をその魔の手から救い出し、本国へ連れ戻す! エドワード王子よ、剣を抜け!」
「……クッ、いくら義兄上と言えど、メアリアは渡せない!」
エドワードが鋭い音を立てて剣を抜くと、呼応するように両軍の兵たちも一斉に抜剣した。
エドワードの瞳が、本能に呼応して血のような真紅に染まる。
海上は一転して、愛と執着、そして歪んだ正義が激突する、一触即発の戦場へと変貌した。
甲板に立つエドワードは、軍服に身を包み、冷徹な威圧感で周囲を圧倒している。その傍らには、風に金の髪をなびかせたメアリアが、彼の腕を掴んで離さずにいた。
「殿下、あちらの旗艦より手旗信号が。……『我が妹を直ちに解放せよ、さもなくば……』」
「まどろっこしいな」
側近の報告を遮り、エドワードは忌々しげに目を細めた。隣に立つメアリアも、じれったそうに兄の船を見つめている。
「お兄様……。エドワード様、直接向かいましょう。話した方が早いですわ」
「……分かった」
エドワードは「船を寄せる」と信号を送らせ、小国の旗艦へと接舷させた。彼はメアリアの腰を力強く抱き寄せると、魔法による跳躍で、瞬く間に兄王が待つ甲板へと降り立った。船の大きな揺れに驚き、メアリアは思わずエドワードの胸にしがみつく。
「メアリア……! 生きていたのか、メアリア!!」
降り立つなり、悲痛な叫びを上げたのは、メアリアの兄――小国の若き現国王だった。
憔悴しきった顔には、妹を失った絶望と、生きて再会できた歓喜が入り混じっている。彼は周囲を囲む兵を無視して駆け寄ろうとしたが、エドワードの放つ凍りつくような殺気に足を止めた。
「そこまでだ、義兄上。リアは今、俺の庇護下にある」
「貴様……! よくも私の妹を……! メアリア、こっちへ来なさい。今すぐあの汚らわしい男から離れるんだ!」
「お兄様もエドワード様も、どうか穏便に。……お兄様、聞いてください。エドワード様、一旦私を離してくださいませ」
「ならん! 俺の側を離れるなと言っただろう」
エドワードはメアリアの腰を抱いたまま、頑として離さない。二人の男の視線が火花を散らすように激突する。メアリアは彼から離れるのを諦め、密着したまま兄へと向き直った。
「お兄様、私は今、幸せなのです。辱めを受けそうになり、逃げ惑ってた私を助け、誰よりも大切にしてくださったのはエドワード様です。私は自分の意志で、彼の傍にいると決めたのです」
「……幸せだと? 意志だと?」
兄王の視線が、メアリアの首元で不自然なほど輝く「金の首輪(チョーカー)」に釘付けになった。その瞳に、激しい疑惑と怒りが混じる。
「メアリア、その忌々しい鎖は何だ。装飾にしては仰々しすぎる。……今すぐそれを外して見せろ」
「これは、エドワード様が私を……」
「外せと言っているんだ!!」
兄の咆哮に、メアリアの肩が小さく震えた。エドワードは不味いと顔を顰めたが、もはや隠し通せる状況ではない。
「……分かった。見せてやる」
エドワードは躊躇いがちな指先で、メアリアの首輪の金具を外した。カラン、と乾いた音を立てて飾りが床に落ちる。
「……っ!?」
兄王は息を呑み、次の瞬間、絶叫に近い声を上げた。
露わになったメアリアの白い肌には、鮮明すぎるほどくっきりと、吸血鬼の牙の痕が刻まれていた。それも一つではない。赤く熟れた、生々しい「所有の痕」が幾重にも重なっている。
「牙の痕……。貴様、リアを『餌』にしているのか!? こんなになるまで弄んで……!」
兄の激昂は、彼にとっては正当なものだった。吸血族が「獲物」に首輪を付ける文化を知っている彼にとって、これは愛の証などではなく、尊厳を奪われた家畜の印に他ならない。
「誤解です、お兄様! これは私が、私から求めたもので……!」
「黙れ! しとやかなお前が、そんな破廉恥なことを言うはずがない!」
兄王は激昂し、剣を抜き放ってエドワードを指した。
「吸血族の吸血行為には、相手を陶酔させ、思考を奪う『毒』があると聞く。リア、お前はこの男に薬漬けにされているのと同じだ! 魂まで飼い慣らされているんだ!!」
「違います、私は……っ!」
「問答無用! たとえお前が嫌がろうとも、力ずくでお前をその魔の手から救い出し、本国へ連れ戻す! エドワード王子よ、剣を抜け!」
「……クッ、いくら義兄上と言えど、メアリアは渡せない!」
エドワードが鋭い音を立てて剣を抜くと、呼応するように両軍の兵たちも一斉に抜剣した。
エドワードの瞳が、本能に呼応して血のような真紅に染まる。
海上は一転して、愛と執着、そして歪んだ正義が激突する、一触即発の戦場へと変貌した。
あなたにおすすめの小説
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
りわ あすか
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした
こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】
伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。
しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。
そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。
運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた――
けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった――
※「小説家になろう」にも投稿しています。
姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています
もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。
ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。
庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。
全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。
なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。