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35話

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 あーぁ、今日も逃げて来てしまった。

 伊吹が探しているだろうか。

 春岳は伊吹に申し訳ないと思いつつも、村の土地に作った薬草園の手入れをする。

 最近、自分の作る薬が評判となっている様だ。
 よく城を訪ねて来た客人に薬を求められる。
 これは上手く行ったら、この土地の特産に出来るのでは無いかと、春岳は目論んでいた。
 畑を広げたら人を雇って育てたり、薬草作りを教えようと思っている。
 今日も戦法のアドバイスを願う客人が来ると言う話だが、それが来るまでに戻れば良いだろう。
 春岳は客人の来訪には必ず城に戻っている。

 春岳はざっくざっくと鍬を振り下ろし、新しい畝を作るのだった。

 畑作業は忍者の時から毎日しているのでお得意である。
 フンフンと鼻歌交じりで畑作業をする春岳だ。
 畑仕事は春岳にとって良い気晴らしになっていた。




 一方、春画を求めて街まで来た伊吹は浮世絵を売っている露店を見て回る。

「最近流行りの春画はどれになるだろうか?」
「これなんか、色鮮やかで人気だね」

 店主に尋ねて見ると、オススメを教えてくれた。

「うむ…… 我が主の趣向や好みが解らず、出来るだけ色んなの種類の物が欲しいのだが」
「これは美人な女人、こればふくよかな女人、これは美人な稚児、これは麗人、これは筋肉達磨、これは……」

 店主に尋ねれば、あれやこれや引っ張り出して来てくれた。
 春画の事はまるっきり解らない伊吹。
 取り敢えず全部買うことにした。



 直ぐ戻る予定であった伊吹だが、春画をあれやこれや見過ぎたのと、途中、困っている婦人を助けるなどしていたら、帰りが遅くなってしまっていた。  
 気付けば、既に日は傾きかけていた。
 慣れた道で夜道でも迷う事は無いが、今日も客人が来ると言うのに、これでは出迎えに間に合わない。  
 まぁ、殿は客人が来るまでには必ず帰ってくるし、城の人手も増えた。
 俺が居なくても問題なくやっているだろう。
 伊吹はそんな風に楽観的に思っていたが、どうもそうでは無かったらしい。




「伊吹が帰って来ないだと!!」 

 客人を持て成すのに伊吹が帰って来ない等、春岳としては異常事態であった。

 街に出かけると伊吹はちゃんと言って出て行ったので、帰りが少し遅くなるぐらいは家臣たちも何も思わずにいた。
 伊吹が居なくても普通に客人を出迎えようと思っていたのだが、春岳はそんな状況では無かった。

 伊吹が帰って来ないなんて、きっと何か事故や事件に巻き込まれたんだ。

 もしや拐かされたのでは!?

 そう心配してしまった。
 それか、サボり癖がついてしまった自分に呆れ実家に帰ってしまったかだ。
 
「探して来ます」
「あ、殿、もう客人がお見えに……」
「貴方達で接待していなさい」

 春岳は止める家臣たちを振り切って夜の山へと駆け出してしまうのだった。
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