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8、ラズローの本心
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ぱちぱちと、暖炉の炎が弾ける。
一体どれくらいが経っただろうか。いつの間にか外の風は勢いが弱まり、静かに降り積もる雪に変わっていた。
沈黙が身に馴染んでどこか心地よさすら感じだしたころに、ラズローがふと、思い詰めたような調子で口を開く。
「……なあ。なんでお前は俺のこと、そんなに嫌ってんの?」
「な……!? そっ、それはこっちの台詞よ!」
「いつも俺といると機嫌悪そうにするじゃねーか」
「それを言うならラズローのほうこそ――」
「俺はさ、お前のこと……。けっこう可愛いと思ってるんだけど」
不意打ちまがいの告白に、エティエは思考が追いつかず口をパクパクさせた。
「そんなに驚かなくてもいいだろ……」
「だって、だって……いつも私を子供扱いするし、留学だって反対したじゃない!」
「――お前を兄貴に渡したくないんだ」
絞り出された声は低く、苦渋の色合いを帯びていた。
「お前がずっと兄貴のこと……クロードを好きなのは知ってるけど、俺はふたりの仲を応援してやれるほど人間ができてない」
「えっ……? 私、別にクロードのこと好きじゃないわ」
「は?」
急に刺々しい視線で見られたので、エティエは自分でも何がなんだかわからないまま当てずっぽうな弁護を始めてしまう。
「えっ、あ、あの、もちろん幼馴染としては好きよ! 分野は違えど同じ研究者として尊敬してるし、それに……」
「いやでもお前、兄貴の在学中はしょっちゅうふたりで図書室にこもってたし、あいつが向こうのアカデミーに行った後もずっと手紙のやり取りとかしてるじゃねーか」
「へ!? そんなの、勉強のことなら同級生より先輩であるクロードを頼るのは当たり前でしょ!? 手紙のことだって、お互いの研究に関する情報交換を――」
「留学だって兄貴を追いかけるために行くんだろ!?」
「なんでそうなるの!?」
互いにヒートアップしてソファから立ち上がる。すると身体に巻きつけていたカーテンが毛布の中でずり落ちてしまって、エティエは悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
《ガキだろ。叶いもしない夢ばかりを見て》
《いい加減あいつを追いかけるのはやめて、少しは――》
もぞもぞと毛布の膨らみの下でカーテンを巻き直しながら、エティエはふと、転移事故の直前に裏庭でラズローにぶつけられた言葉を思い出していた。
(あの台詞ってもしかして……私がクロードに片思いしてるって誤解してた?)
ここ数年、どこかラズローと噛み合わない感じがしていた原因がわかった気がした。
ねじれた糸がほどけるみたいに、エティエの心は急速に落ち着きを取り戻していく。
「研究者なら、誰だって一度はあのアカデミーで学びたいって思うもの。わたしが国費留学に立候補したのは純粋に向学心からよ。そりゃ異国でひとりぼっちよりは、知り合いのクロードがいてくれる方が心強いなとは思うけど……異性として好きとかそういうのじゃないわ」
ゆっくり、丁寧に。
誤解なく伝わるよう、エティエは言葉を選んで話した。
ラズローはしばしポカンとした表情でこちらを見下ろしていたが、やがて乱暴に黒髪をかいたかと思うと、ソファに背を投げ出すように座る。
「……バカらし……」
「言うに事欠いてバカって何!?」
「……俺のことを言ってるんだよ」
ハァ、と白いため息をつく。毛布が半分肩から落ち、彼の引き締まった上体がちらりと覗いていた。
「叶わない恋なんだって勝手に決めつけて、自分の気持ちを押し込めてさ。それが全部勘違いだったって? じゃあ始めから我慢する必要なんてなかったってことだろ?」
ラズローはしばらく目元を覆って何かを独り言ちて、それからやおら顔を上げる。
被っていた毛布をひるがえすと、絨毯の上に座り込んだままのエティエの前に片膝をついて跪いた。
「エティエ」
濃紫の瞳がまっすぐこちらを射抜く。そのまなざしに宿る意志の強さに、エティエは瞬きすら忘れた。
「好きだ。ずっと、子供のころから」
一体どれくらいが経っただろうか。いつの間にか外の風は勢いが弱まり、静かに降り積もる雪に変わっていた。
沈黙が身に馴染んでどこか心地よさすら感じだしたころに、ラズローがふと、思い詰めたような調子で口を開く。
「……なあ。なんでお前は俺のこと、そんなに嫌ってんの?」
「な……!? そっ、それはこっちの台詞よ!」
「いつも俺といると機嫌悪そうにするじゃねーか」
「それを言うならラズローのほうこそ――」
「俺はさ、お前のこと……。けっこう可愛いと思ってるんだけど」
不意打ちまがいの告白に、エティエは思考が追いつかず口をパクパクさせた。
「そんなに驚かなくてもいいだろ……」
「だって、だって……いつも私を子供扱いするし、留学だって反対したじゃない!」
「――お前を兄貴に渡したくないんだ」
絞り出された声は低く、苦渋の色合いを帯びていた。
「お前がずっと兄貴のこと……クロードを好きなのは知ってるけど、俺はふたりの仲を応援してやれるほど人間ができてない」
「えっ……? 私、別にクロードのこと好きじゃないわ」
「は?」
急に刺々しい視線で見られたので、エティエは自分でも何がなんだかわからないまま当てずっぽうな弁護を始めてしまう。
「えっ、あ、あの、もちろん幼馴染としては好きよ! 分野は違えど同じ研究者として尊敬してるし、それに……」
「いやでもお前、兄貴の在学中はしょっちゅうふたりで図書室にこもってたし、あいつが向こうのアカデミーに行った後もずっと手紙のやり取りとかしてるじゃねーか」
「へ!? そんなの、勉強のことなら同級生より先輩であるクロードを頼るのは当たり前でしょ!? 手紙のことだって、お互いの研究に関する情報交換を――」
「留学だって兄貴を追いかけるために行くんだろ!?」
「なんでそうなるの!?」
互いにヒートアップしてソファから立ち上がる。すると身体に巻きつけていたカーテンが毛布の中でずり落ちてしまって、エティエは悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
《ガキだろ。叶いもしない夢ばかりを見て》
《いい加減あいつを追いかけるのはやめて、少しは――》
もぞもぞと毛布の膨らみの下でカーテンを巻き直しながら、エティエはふと、転移事故の直前に裏庭でラズローにぶつけられた言葉を思い出していた。
(あの台詞ってもしかして……私がクロードに片思いしてるって誤解してた?)
ここ数年、どこかラズローと噛み合わない感じがしていた原因がわかった気がした。
ねじれた糸がほどけるみたいに、エティエの心は急速に落ち着きを取り戻していく。
「研究者なら、誰だって一度はあのアカデミーで学びたいって思うもの。わたしが国費留学に立候補したのは純粋に向学心からよ。そりゃ異国でひとりぼっちよりは、知り合いのクロードがいてくれる方が心強いなとは思うけど……異性として好きとかそういうのじゃないわ」
ゆっくり、丁寧に。
誤解なく伝わるよう、エティエは言葉を選んで話した。
ラズローはしばしポカンとした表情でこちらを見下ろしていたが、やがて乱暴に黒髪をかいたかと思うと、ソファに背を投げ出すように座る。
「……バカらし……」
「言うに事欠いてバカって何!?」
「……俺のことを言ってるんだよ」
ハァ、と白いため息をつく。毛布が半分肩から落ち、彼の引き締まった上体がちらりと覗いていた。
「叶わない恋なんだって勝手に決めつけて、自分の気持ちを押し込めてさ。それが全部勘違いだったって? じゃあ始めから我慢する必要なんてなかったってことだろ?」
ラズローはしばらく目元を覆って何かを独り言ちて、それからやおら顔を上げる。
被っていた毛布をひるがえすと、絨毯の上に座り込んだままのエティエの前に片膝をついて跪いた。
「エティエ」
濃紫の瞳がまっすぐこちらを射抜く。そのまなざしに宿る意志の強さに、エティエは瞬きすら忘れた。
「好きだ。ずっと、子供のころから」
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