電人ジャンク

回転饅頭。

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序章

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「ちょっと疲れてるみたいだね。少し休めばまた目覚めるんじゃないかな?」
「すみません、いつもはこんな事はなかったんですけど…」
「いや、気にしないでくれ。それにしても、君は?このへんじゃ見ない顔だけど…」
「ロンドンの留学先で世話になったんです。ここの事は大輝から訊いてましたから」
「そうかそうか、彼も大変だったんだ。いきなりあんな事になったからな…」

――久住医院。大輝の住んでいる下町で唯一の総合病院であり、大輝の幼馴染である久住健斗くすみけんとの実家である。虎之介は院長に礼を告げた。

「じゃ、僕は…」
「あぁ、すまないね」



「…あ、気がついたみたいだね」

 大輝はむっくりと起き上がった。そこには色白眼鏡の小柄な男がいた。彼が久住健斗、この病院の息子である。傍には健斗の弟である智己ともきがいた。健斗にはあまり似ていないが、優しそうな眼差しのやや眉の濃い少年だ。

「…あっ、まだ起きちゃだめですよ大輝さん。寝てなきゃ…」
「いやっ、俺は…」
「甘えてくれ。あ、暫くしたら香澄も来るよ」
「香澄?なんで?」
「彼女、心配してたんだよ。あんな事になったから…」
「…」

――住吉香澄すみよしかすみ。大輝の幼馴染。大輝、健斗、香澄は幼稚園の頃から仲良しだった。いつも一緒にいた兄弟のようなもの…

「怒られちゃいそうだな」
「香澄さんなら、言えてますね」
「智己、そんな事言っちゃ…」

 病室のドアが開いた。彼女は肩で息をしてるように見える。赤いダウンコートを着て、腕にバッグをかけている。肩まで伸ばした髪を栗色にしている。

「大輝…よかったぁ」
「ん?香澄か?」
「香澄か?じゃないわよホントにもう…」

 くりっと大きな瞳には涙が浮かんでいる。心配だったんだろう。意外に小さくシャープな顎をしてるんだなって大輝は思った。

「しばらくだな」
「心配したんだからもう…」
「すまない」
「うちの両親もそりゃもう心配して…」
「まぁ、今はいいじゃない香澄。大輝も色々あって疲れてるんだ」
「うん、でも今夜からどうするの?家もなくなっちゃって…ここにずっとお世話にはなれないでしょ?」
「すまない。まだそこまで考えられないんだ…」
「そ、そうよね…」

 香澄は持っているバッグの持ち手をぎゅっと握った。

「でも、今日くらいはうちに泊まっていきなさいよ」
「え?」
「って、うちの両親が言ってるわよ」

 香澄の家は菓子屋【住吉商店】を営んでいる。昔ながらの駄菓子屋のような雰囲気の店だ。勿論健斗や智己や大輝も世話になった。両親も知っている。

「いいのか?」
「水臭いじゃない。いいっつったらいいのよ」

 昔から変わらない大らかな喋り口。ややぞんざいな感じがするが、マリのそれとは違う。

「じゃ、甘えさせてもらおうかな」
「そうしな」
「健斗、智己。ありがとうな。お父さんとお母さんによろしくな」
「うん。でも父さんが言ってたけど、大輝を連れてきた人、どこ行ったんだろ?」
「?」
「ロンドンで一緒だったって。パーマかけた、ちょっと育ちがよさげなイケメン」
「え?イケメン?そんな人いたの?」

――間違いない、虎之介だ。あぁそういえばと大輝は返事をした。彼はロンドン時代の友達という触れ込みらしい。

「悪かったな、イケメンじゃなくてさ」
「何?妬いてんの?」
「なめんな」
「何?可愛くないわねぇ」
「そっくりそのまま返してやるよ」
「…ははは、そこまで口が立つならもう大丈夫なんじゃないかな。体がもう大丈夫ならいいよ」
「健斗、ありがとうな」
「何回もいいって」

 虎之介は多分またラボに戻ったに違いない。大輝は昨晩の事を一瞬は忘れてしまえる程の楽しい再会に浸った。
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