桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第3章 そして虫たちは這い出す

第41話 似嵐家

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「ウツロくん、この男はね、わたしの母の弟、つまりわたしの『叔父おじ』に当たる人なわけ。とても奇妙きみょうだけれど、わたしたちは『いとこどうし』になるってことだね。あらためてよろしく。ああ、『お兄さん』もね、アクタくん?」

 この状況下じょうきょうか星川雅ほしかわ みやびは、ひどくゆるいあいさつを、おどけた調子で披露ひろうした。

 ウツロもアクタも急激きゅうげきな展開にわけがわからず、ポカンと口を開いている。

 その様子を楽しみながら、彼女は話を続けた。

似嵐家にがらしけ古来こらいから、暗殺を家業かぎょうにしてきた家柄いえがらなんだ。ところがこの男は次期当主じきとうしゅ大役たいやくえきれず、逃げだしたんだよ。あろうことか似嵐家の当主が代々いできた宝刀ほうとう黒彼岸くろひがんを持ち出してね」

 黒彼岸――

 お師匠様ししょうさま愛刀あいとうに、そんないわれ・・・があったとは……

 ウツロとアクタはうすれた意識の中、そんなことを考えた。

「『持ち逃げ』とはこれまた心外しんがいだな。わしが次の当主である以上、この黒彼岸はわしのものだ。そうではないか、雅?」

「よく言うよね。おじい様のしごきや、優秀なお母様に反発はんぱつして、そうしたくせに」

「ふん、なんとでも言え。あんな家も家族も、こちらから願い下げだ。見限みかぎって、せいせいしたわ」

「偉そうに。お母様から全部聞いてるんだよ? ああ鏡月きょうげつ軟弱なんじゃくな弟。あんな腰抜こしぬけよりも、あなたが当主になるべきよ。だから雅ちゃん、あのバカの首を、ちょっとわたしの前まで持ってきてちょうだいな、ってね?」

「はっ、その手には乗らんぞ。わしを幻惑げんわくして、ことを有利に運ぶ気だな? 似嵐流兵法にがらしりゅうへいほうの基礎中の基礎よ。それに何が『雅ちゃん』だ。相変あいかわらずネジがぶっ飛んでおるようだな、姉貴は。雅よ、お前は母のいいように動かされているのだ。それに気づかんお前ではあるまい? 姉貴はお前をていのいいこまにしようとしているのだぞ? その呪縛じゅばくから、のがれたくはないか? わしとともに来い。さすればそこの役立たず・・・・二人は、お前の好きなようにしてよい。こんなバカども・・・・より雅、お前のほうがよほど頼りになる。どうだ?」

「あらあら。自分こそその『基礎中の基礎』を使おうとしてるじゃないの。わたしが引っかかるとでも思った? 毒虫の叔父様・・・・・・?」

「言うな、雅! まわしき過去だ、それは」

「あははっ、おっかしいっ! 自分がされたことを息子にもするなんてねえ! とんだ父親だよ、あなたは!」

「どうやら交渉こうしょう決裂けつれつのようだな」

「はじめからそのつもりだし、おバカさん?」

「ふん、そうか。ではかかって来い、雅。出奔しゅっぽんした身とはいえ、似嵐流の技でわしがおまえごときに遅れを取ることなど、万にひとつもないわ」

 似嵐鏡月は腰の黒彼岸をじわりと抜いた。

「ああ、ちょっと待って」

「あ?」

 戦闘態勢に入ろうとした叔父を制し、星川雅はへたりこんでいるウツロとアクタのほうへ、とことこと近づいた。

(『第42話 しつけ』へ続く)
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