桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第3章 そして虫たちは這い出す

第53話 人間

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<作者から>

今回は残酷描写が特に強めになっております。
最大限配慮いたしましたが、閲覧に際しじゅうぶんにご留意ください。

   ※

 似嵐鏡月にがらし きょうげつが何かの気配けはいを感じて目をましたのは、日が変わった深夜一時をぎたころだった。

「なんだろう……?」

 屋敷やしきかこ杉林すぎばやしのさらにおく竹林ちくりんへとつながる道のあたりだろうか?

 あそこにはアクタの住む小屋こやがある。

 何か、胸騒むなさわぎがする……

 彼は布団ふとんから起き上がり、その場所へと急いだ――

   *

 アクタの住む小屋へ着くと、中から何かの音がこえてくる。

 それは人間のうめく声だった。

 やはり、何かある――

 似嵐鏡月は気配を殺して近づき、小屋の格子窓こうしまどから、中の様子をうかがった。

「……!」

 アクタだった。

 そして似嵐家にがらしけを守るお庭番にわばんの中でも、屈強くっきょうの者たちが数名すうめい

 そう、アクタは一方的いっぽうてきはずかしめを受けていたのだ。

 その残酷な光景に、彼は気の触れそうないかりを覚えた。

 きにしてやる――

 そう思った、が。

おそかったねえ、鏡月」

 声のほうへくと、そこには姉・皐月さつきが、ヘラヘラ笑いながら立っていた。

「姉さん、どういうことだ……!?」

「あんたのためやん。あのきたならしいメスぶたが、あんたのことをたらし込んでたんやろ? まったく、お父様から受けた大恩だいおんも忘れてからに。ほんにあくた、ゴミやねえ」

「きっ、貴様きさまあああああっ……!」

 実の姉だろうが関係ない。

 いますぐこの女を殺してやる――

 しかし次の瞬間、似嵐皐月にがらし さつきは思いもかけない物を、弟の前に差し出した。

「そ、それは……」

 びっくりして彼の血の気が引いた。

 宝物庫ほうもつこで厳重に保管されているはずのあれが、なぜここに……

「そう、似嵐家の宝刀ほうとう黒彼岸くろひがんや。お父様の言いつけで借りてきたんやで? 鏡月、こいつであのアクタの頭を、くだくんや」

「な……」

「それができたなら、お前を似嵐にがらし当主とうしゅとして認めたる、それがお父様の意志いしや」

「そ、そんなこと……」

「わかっとる思うけど、それほどの覚悟かくごがあるならゆう意味やで? さあ、はよしい」

「う……」

   *

 似嵐鏡月が小屋へ足をれたとき、アクタはすでに虫の息だった。

 うつろな目は焦点しょうてんが定まらず、彼のことを認識できているのかすら、わからないような状態だった。

「さあ、鏡月。ひとおもいにカチ割るんや」

「あ……あ……」

 こんなことが許されるんだろうか?

 こんなこと、人間にできることじゃない……

 悪鬼あっき鬼畜きちく外道げどう所業しょぎょうだ。

 人間じゃない、人間じゃ……

「ほれ、はよしいなあ」

 人間だと?

 こんなことをするものが?

 そんな存在が人間であるならば、人間なんていらない……

 人間の存在は、間違っている……

 人間は、駆逐くちくしなければならない……

「……う」

「ああ、なんやて? 鏡げ――」

「うわああああああああああっ――!」

 正気を失った似嵐鏡月は、お庭番たちを皆殺しにし、黒彼岸とアクタをきしめ、その場から逃走した。

(『第54話 あねおとうと』へ続く)
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