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16 エメラルドの海 - l’Océan Émeraude -
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イオネは浴室を出ると、いつもの袖のないシュミーズを着、肩から薄地のショールを掛けただけの格好で、歯を磨いて髪を適当に拭い、マレーナが用意してくれたレモン水をありがたく受け取って飲んだ。
その後もマレーナはあれこれと世話を焼きたがったが、あとは寝るだけだからと言って下がらせた。
中途半端な時間に眠ってしまったせいか、目が冴えてしばらく眠れそうにない。
こういう時のイオネの選択肢は、眠たくなるまで本を読むか、仕事を進めるかだ。手燭を持って思案しながら二階に差し掛かると、ちょうど奥に見える扉の隙間から床に灯りが伸びているのが見えた。あの場所にあるのは、アルヴィーゼの執務室だ。
もしかしたら火の番で見回りをしていたマレーナが風呂の準備をしていたせいで火を消し忘れてしまったのかもしれない。それなら、自分が入って消すべきだ。
イオネはそっと扉を開け、するりと中へ入った。
灯りの元は、長いソファの横のサイドテーブルに置かれたランプだった。オイルを贅沢に使ったガラスと真鍮のランプで、内部には反射板が複数あり、一般的なものよりも灯りが強い。
いつも偉そうな主が鎮座している執務机は無人で、ソファの背もたれの奥には誰の影も見えない。やはり消し忘れだったのだ。
(それにしても、高価な油をずいぶん贅沢に使っているのね)
イオネが灯りを消そうとサイドテーブルに近付いたとき、無人のはずのソファの座面に仰臥している大きな影が視界に入り、イオネの身体をビクリと震わせた。
(び、びっくりした…)
影の正体は、黒い睫毛をしっかりと伏せて眠るアルヴィーゼだった。
アルヴィーゼは、シャツとズボンだけの簡素な寝衣を纏い、腕を組んで静かに寝息を立てている。顔の横に開いたままの本が落ちているから、読書中に睡魔に襲われて本を目隠し代わりにでもしていたのだろう。
常に隙がない傲岸不遜なアルヴィーゼ・コルネールが居眠りとは、珍しいこともあったものだ。
イオネは肩からショールを外してアルヴィーゼに掛けてやり、顔の横に落ちていた本を手に取ってソファの肘掛けに腰を下ろし、開かれたままのページを見た。『アストラマリス』と呼ばれる天体の遊び歌がエマンシュナ語で記されているページだ。
(わたしが話したから興味を持ったのかしら)
その日のうちに蔵書から探し出して調べているとは、なかなか可愛いところがある。
文字を目で追いながら子供の頃に覚えた旋律を小さく口遊んでいると、突然背後から腕を掴まれ、本が床に落ちた。
「何をしている」
アルヴィーゼがのそりと身体を起こし、振り返ったイオネの腕を引いた。まだ半分寝ぼけているのか、鼻にかかった掠れ声だ。眉間に深く皺を寄せて不機嫌そうな顔をしている。
冷徹な公爵のこれほど無防備な一面を知る者は、自分以外にいないはずだ。少なくとも、このユルクスでは。
子供じみているが、公爵の傍若無人に仕返ししてやった気分になった。不意を突いて気取った顔の裏の部分を見てやったのだから、これは間違いなく一矢報いたということにしてもよいだろう。
「ふふ」
イオネの顔にゆったりと勝利の笑みが広がった。アルヴィーゼの手から力が抜けていく。
「灯りを消しに来て差し上げたのよ、公爵閣下。どういたしまして」
不機嫌な公爵に勝気に告げて立ち上がろうとした時だ。今度はもっと強い力で腕を引かれた。
何が起きたか気付いた時には、ソファの背もたれに身体を押し付けられていた。頬を大きな両手に挟まれて、目を逸らすこともできない。目の前には、アルヴィーゼの秀麗な貌が迫っている。掴まれた腕が熱い。
イオネは、身じろぎも忘れてしまった。
冷たいエメラルドグリーンの目の奥で、炎が燃えている。全身を灼かれてしまいそうなほどの熱だ。この男にこれほどの熱情があったのかと身震いするほどの激しさを肌で感じる。
心臓が、肌を叩き付けるほどの強さで警鐘を打った。
「は、離し――」
最後まで言うことは許されなかった。アルヴィーゼの唇がイオネの唇を覆い、唇の端から差し込まれた親指に口をこじ開けられ、ぬるりと舌が入ってくるのを拒めなかった。
「んんっ…!」
ぞく、と身体の中を何か得体の知れないものが走った。
熱くて、柔らかい。それに、息もつけないほどの激しさだ。舌が絡め取られ、口の中を探られて、唾液が顎を濡らし始める。
イオネが恐怖を覚えたのは、この獣じみた狼藉に自分が嫌悪を感じないことだった。何か別の生き物にさせられてしまったような気さえする。
身体から力が抜ける前に、イオネは抵抗を試みた。アルヴィーゼの硬い胸を押し返して身体を離そうとしたが、びくともしない。息が上がって、ひどく息苦しい。アルヴィーゼも何故か呼吸を荒くして、この行為に没頭しているようだった。男の息遣いが、どういうわけかイオネの心拍を更に上げて、腹の奥にじくじくと痛みにも似た奇妙な感覚を生んだ。
「…っ、んぅ」
口の中からアルヴィーゼの舌が出て行ったとき、唾液が二人の唇を繋いだ。
鈍く光る緑色の目が発する視線は、まるで突き刺すような強さだ。アルヴィーゼの唇が濡れ、端正な顔をひどく淫らに見せている。
突然、今までに感じたことのない羞恥が襲ってきた。顔から火が出そうなほど熱い。今すぐ逃げ出したい。
「ね、寝ぼけてないで、どいてよ…」
混乱と激しい動揺のせいで、声が震える。自分がどんな顔をしているかももはや分からない。
「悪いが正気だ、教授」
アルヴィーゼは笑っていた。しかし、いつもの人を食った笑みではない。自嘲にも似た、黙然とした笑みだ。
意味が分からない。どうしてこんなことが起きているのかも、まったく理解が及ばない。
それなのに、もう一度近付いてくるエメラルドグリーンの瞳が故郷の海の色に似ていることに気付く呑気さが、頭のどこかにあった。
(吸い込まれてしまう…)
再び重なってきた唇の中で、イオネは小さく拒絶の言葉を発しようとした。が、もう遅い。舌をなぞられているせいで言葉にならなかった。
アルヴィーゼの手が頬から首へと滑り落ちて肩に触れ、その指がシュミーズの肩紐の下を這い始めた時、イオネは息苦しさに喘ぎながらその手を引き剥がそうとした。が、アルヴィーゼの舌が口の中を探るように蹂躙し始めると、混乱のさなかにある頭がぼうっと熱くなり、意志に反して力が抜けてしまう。
舌が顎にこぼれた唾液を絡め取り、手のひらが胸へ下りてくる。
イオネはビクリと肩を震わせ、今度こそアルヴィーゼの手を掴んだ。が、アルヴィーゼはものともせずイオネの手を掴んでソファの背もたれに押し付け、自由になった手でシュミーズの上からイオネの乳房を覆った。
「あっ…!いや」
アルヴィーゼの柔らかく熱い唇が首筋を下り始めると、肌から熱が伝わって全身に広がり、不可解な感覚を体内に走らせた。心臓が飛び出しそうだ。
「やめて…」
「無理だ。本当に嫌なら俺を殺す気で抵抗しろ」
声が低く掠れている。また身体の奥がゾクリと震えた。
「こ、こんなのひどい」
ひくひくと喉が震える。
アルヴィーゼの指が胸元の紐を解いてシュミーズの前を開き、豊かな乳房をいとも簡単に暴いてしまったからだ。イオネは隠そうとしたが、アルヴィーゼの手がそれを覆う方が速かった。
「あっ…!」
「忠告を何度も無視したのはお前だ」
声色は冷たいのに、首筋に触れる唇と触れる肌が、ひどく熱い。吐息が夏の夜霧のように肌を舐め、指が肌の上に熱を描いてゆく。
乳房の先端にアルヴィーゼの指が触れ、そこを探るような丹念さで撫で始めると、身体の内側をくすぐられるような痺れが指先まで走った。
「うぅ…!それ、いや」
何かおかしい。熱と、小さな火花が肌の奥で飛び散っている。首から喉へと肌を啄むように唇で触れられ、時折皮膚の薄い場所を吸われると、ぞくぞくと腹の奥から背中へと何かが奔って抵抗力を削いでしまう。
「本当か?」
アルヴィーゼが吐息で笑い、乳房の先端を爪弾いた瞬間、イオネの喉から高い声が漏れた。触れられた場所が硬くなって、まるでアルヴィーゼの指の腹に自ら触れているようだ。
(こんな恥ずかしいことを許してしまうなんて…)
悔しい。こんな風に誰かに触れられるのは、初めてだ。貞操を結婚するまで守りたいなどという古びた感性は持ち合わせていないが、訳も分からないうちに抱かれるのは本意ではない。
ところが、アルヴィーゼは躊躇がない。
まっすぐに伸びた黒髪が胸元をくすぐり、速くなる心臓を持て余して呼吸を荒くしたイオネの胸へと唇が下りてくる。アルヴィーゼが腰にまとわりついているシュミーズを乱雑に脚の方へ下ろし始めると、イオネは身をよじってアルヴィーゼの肩を掴み、抵抗しようとした。
「ああ、だめ。ちょっと待っ…あ!」
身体の一部が食べられたのかと思った。乳房の中心にアルヴィーゼの唇が触れ、温かく湿った舌が先端をつついている。刺激を受けた場所からむずむずと痺れが回り、腹の奥が熱くなった。こんな感覚は、知らない。
「あっ…あ、公爵、やめて」
変な声が出る。手に力が入らず、アルヴィーゼの肩にしがみつくことしかできない。舌が乳房から離れて安堵したのも束の間、もう片方の乳房にも吸い付かれて、全身が粟立った。これが性的な興奮であるということは、イオネはまだ知らない。
「シィ」
アルヴィーゼはイオネの乳房から顔を上げ、愉しそうに笑んでイオネの唇に長い人差し指で触れた。
「人が来るぞ、教授。見られたいか?」
イオネは顔を真っ赤にしてふるふると首を振り、アルヴィーゼがニヤリと笑って再び胸に口付けを始めると、喉を反らせて悲鳴を押し殺した。
もう片方の乳房を愛撫していた手が露わになった鳩尾を通って細い腰へ這い、臍へ伸びてくる。
羞恥と悔しさで身体中の血が沸騰しそうだ。拒絶の言葉は一切聞き入れられない。目頭が熱くなって視界がぼやけた。
「あ、やだ。だめ…」
イオネは脚を閉じて抵抗を試みたが、アルヴィーゼはその間に腕をねじ込んで軽々と開かせ、自分の膝をイオネの脚の間について制圧した。
乳房の先端に与えられる緩やかな刺激がイオネの身体を震わせ、下腹部を這う指の感触が、未知の感覚をもたらした。
「あ――!」
身体がびくりと跳ねた。
アルヴィーゼの指が、下着の中を這って脚の中心に到達し、自分でも知らない器官に触れたからだ。恐ろしいほどの衝撃と熱が、そこにあった。
なんだかおかしい。内側が濡れている。
「やっ、いや…!」
アルヴィーゼが乳房から顔を上げ、目を細めた。鳩尾が引き絞られるように痛くなる。イオネは重なってきた唇の下で、悲鳴をあげた。
アルヴィーゼの指が入り口を撫でて上部の突起に触れ、その瞬間に身体の中に大きな火花を散らしたのだ。
痛みにも似た、快感。――そう、これが快感だ。イオネの肉体がアルヴィーゼの触れる器官を通してそれを識った。
ひどい背徳感がイオネの胸に迫った。それなのに、抵抗できない。
アルヴィーゼの舌がイオネの口内を侵し、指が秘所を探求するような慎重さで内側の浅い部分へ入ってくる。
アルヴィーゼが秘所の突起に蜜を塗りつけて優しく上下に撫でると、身体が小さな雷に打たれたようになった。全身を奔る鋭い感覚に、イオネは羞恥を感じる余裕さえなくした。
「んんーっ…!」
イオネの叫びはアルヴィーゼの口の中に吸い込まれた。
アルヴィーゼの指に嬲られている器官が膨張して、奥から溢れるものが臀部まで滴り、ぞくぞくと身体が震え始める。アルヴィーゼの唇が離れ、真上から見下ろされると、その灼けるような視線に耐えられなくなって目を閉じた。暗闇の中で唇が耳に触れ、耳朶に舌が這う感覚が、やけに鋭く肌に焼き付いた。
イオネはほとんど無意識のうちにアルヴィーゼの肩を掴んだ。何かにしがみ付いていないと、耐えられない。アルヴィーゼに触れられている場所が痺れ、何か得体の知れないものが身体の奥から激しく迫り上がってくる。
「…っあ!あっ、だめ。なんか、へん…もう――」
呼吸が苦しい。
「いい。委ねろ、教授」
アルヴィーゼの低い声が肌を震わせる。
ひくひくと濡れて過敏になった突起をアルヴィーゼが先程よりも強く撫でて内側の浅い部分を突き上げた瞬間、イオネは声にならない悲鳴を上げて、突如襲ってきた嵐のような衝撃に呑み込まれた。
ただ身体を触られただけだ。それだけのことなのに、全速力で走ったように呼吸が乱れ、爪先まで痺れて、身体の奥が燃えるように熱い。
「…わ、わたしに何をしたの」
イオネは泣き出しそうだ。顔を真っ赤に染めて、大きなスミレ色の目は潤み、たった今自分に襲いかかった事象が何なのか、激しい混乱の中で理解しようとしている。
アルヴィーゼの貌に暗い笑みが広がった。
「快楽の妙なるところだ、教授」
アルヴィーゼはその官能的な唇に淫美な弧を描かせて、イオネの身体を解放し、今まで彼女の中心に触れていた長い指を舐めた。ひどく淫らな仕草だった。捲った袖から覗く腕にランプの灯りが陰影を描き、シャツの襟から覗く首筋に汗が一筋流れて鎖骨の窪みに落ちた。
この男は獣だ。美しく、淫らな獣。――
身体の自由を取り戻したはずなのに、イオネは動けなかった。腹の奥が痛いほどに締め付けられ、心臓が妙なリズムで脈打っている。
緑色の瞳の奥で、炎が燃えている。
その後もマレーナはあれこれと世話を焼きたがったが、あとは寝るだけだからと言って下がらせた。
中途半端な時間に眠ってしまったせいか、目が冴えてしばらく眠れそうにない。
こういう時のイオネの選択肢は、眠たくなるまで本を読むか、仕事を進めるかだ。手燭を持って思案しながら二階に差し掛かると、ちょうど奥に見える扉の隙間から床に灯りが伸びているのが見えた。あの場所にあるのは、アルヴィーゼの執務室だ。
もしかしたら火の番で見回りをしていたマレーナが風呂の準備をしていたせいで火を消し忘れてしまったのかもしれない。それなら、自分が入って消すべきだ。
イオネはそっと扉を開け、するりと中へ入った。
灯りの元は、長いソファの横のサイドテーブルに置かれたランプだった。オイルを贅沢に使ったガラスと真鍮のランプで、内部には反射板が複数あり、一般的なものよりも灯りが強い。
いつも偉そうな主が鎮座している執務机は無人で、ソファの背もたれの奥には誰の影も見えない。やはり消し忘れだったのだ。
(それにしても、高価な油をずいぶん贅沢に使っているのね)
イオネが灯りを消そうとサイドテーブルに近付いたとき、無人のはずのソファの座面に仰臥している大きな影が視界に入り、イオネの身体をビクリと震わせた。
(び、びっくりした…)
影の正体は、黒い睫毛をしっかりと伏せて眠るアルヴィーゼだった。
アルヴィーゼは、シャツとズボンだけの簡素な寝衣を纏い、腕を組んで静かに寝息を立てている。顔の横に開いたままの本が落ちているから、読書中に睡魔に襲われて本を目隠し代わりにでもしていたのだろう。
常に隙がない傲岸不遜なアルヴィーゼ・コルネールが居眠りとは、珍しいこともあったものだ。
イオネは肩からショールを外してアルヴィーゼに掛けてやり、顔の横に落ちていた本を手に取ってソファの肘掛けに腰を下ろし、開かれたままのページを見た。『アストラマリス』と呼ばれる天体の遊び歌がエマンシュナ語で記されているページだ。
(わたしが話したから興味を持ったのかしら)
その日のうちに蔵書から探し出して調べているとは、なかなか可愛いところがある。
文字を目で追いながら子供の頃に覚えた旋律を小さく口遊んでいると、突然背後から腕を掴まれ、本が床に落ちた。
「何をしている」
アルヴィーゼがのそりと身体を起こし、振り返ったイオネの腕を引いた。まだ半分寝ぼけているのか、鼻にかかった掠れ声だ。眉間に深く皺を寄せて不機嫌そうな顔をしている。
冷徹な公爵のこれほど無防備な一面を知る者は、自分以外にいないはずだ。少なくとも、このユルクスでは。
子供じみているが、公爵の傍若無人に仕返ししてやった気分になった。不意を突いて気取った顔の裏の部分を見てやったのだから、これは間違いなく一矢報いたということにしてもよいだろう。
「ふふ」
イオネの顔にゆったりと勝利の笑みが広がった。アルヴィーゼの手から力が抜けていく。
「灯りを消しに来て差し上げたのよ、公爵閣下。どういたしまして」
不機嫌な公爵に勝気に告げて立ち上がろうとした時だ。今度はもっと強い力で腕を引かれた。
何が起きたか気付いた時には、ソファの背もたれに身体を押し付けられていた。頬を大きな両手に挟まれて、目を逸らすこともできない。目の前には、アルヴィーゼの秀麗な貌が迫っている。掴まれた腕が熱い。
イオネは、身じろぎも忘れてしまった。
冷たいエメラルドグリーンの目の奥で、炎が燃えている。全身を灼かれてしまいそうなほどの熱だ。この男にこれほどの熱情があったのかと身震いするほどの激しさを肌で感じる。
心臓が、肌を叩き付けるほどの強さで警鐘を打った。
「は、離し――」
最後まで言うことは許されなかった。アルヴィーゼの唇がイオネの唇を覆い、唇の端から差し込まれた親指に口をこじ開けられ、ぬるりと舌が入ってくるのを拒めなかった。
「んんっ…!」
ぞく、と身体の中を何か得体の知れないものが走った。
熱くて、柔らかい。それに、息もつけないほどの激しさだ。舌が絡め取られ、口の中を探られて、唾液が顎を濡らし始める。
イオネが恐怖を覚えたのは、この獣じみた狼藉に自分が嫌悪を感じないことだった。何か別の生き物にさせられてしまったような気さえする。
身体から力が抜ける前に、イオネは抵抗を試みた。アルヴィーゼの硬い胸を押し返して身体を離そうとしたが、びくともしない。息が上がって、ひどく息苦しい。アルヴィーゼも何故か呼吸を荒くして、この行為に没頭しているようだった。男の息遣いが、どういうわけかイオネの心拍を更に上げて、腹の奥にじくじくと痛みにも似た奇妙な感覚を生んだ。
「…っ、んぅ」
口の中からアルヴィーゼの舌が出て行ったとき、唾液が二人の唇を繋いだ。
鈍く光る緑色の目が発する視線は、まるで突き刺すような強さだ。アルヴィーゼの唇が濡れ、端正な顔をひどく淫らに見せている。
突然、今までに感じたことのない羞恥が襲ってきた。顔から火が出そうなほど熱い。今すぐ逃げ出したい。
「ね、寝ぼけてないで、どいてよ…」
混乱と激しい動揺のせいで、声が震える。自分がどんな顔をしているかももはや分からない。
「悪いが正気だ、教授」
アルヴィーゼは笑っていた。しかし、いつもの人を食った笑みではない。自嘲にも似た、黙然とした笑みだ。
意味が分からない。どうしてこんなことが起きているのかも、まったく理解が及ばない。
それなのに、もう一度近付いてくるエメラルドグリーンの瞳が故郷の海の色に似ていることに気付く呑気さが、頭のどこかにあった。
(吸い込まれてしまう…)
再び重なってきた唇の中で、イオネは小さく拒絶の言葉を発しようとした。が、もう遅い。舌をなぞられているせいで言葉にならなかった。
アルヴィーゼの手が頬から首へと滑り落ちて肩に触れ、その指がシュミーズの肩紐の下を這い始めた時、イオネは息苦しさに喘ぎながらその手を引き剥がそうとした。が、アルヴィーゼの舌が口の中を探るように蹂躙し始めると、混乱のさなかにある頭がぼうっと熱くなり、意志に反して力が抜けてしまう。
舌が顎にこぼれた唾液を絡め取り、手のひらが胸へ下りてくる。
イオネはビクリと肩を震わせ、今度こそアルヴィーゼの手を掴んだ。が、アルヴィーゼはものともせずイオネの手を掴んでソファの背もたれに押し付け、自由になった手でシュミーズの上からイオネの乳房を覆った。
「あっ…!いや」
アルヴィーゼの柔らかく熱い唇が首筋を下り始めると、肌から熱が伝わって全身に広がり、不可解な感覚を体内に走らせた。心臓が飛び出しそうだ。
「やめて…」
「無理だ。本当に嫌なら俺を殺す気で抵抗しろ」
声が低く掠れている。また身体の奥がゾクリと震えた。
「こ、こんなのひどい」
ひくひくと喉が震える。
アルヴィーゼの指が胸元の紐を解いてシュミーズの前を開き、豊かな乳房をいとも簡単に暴いてしまったからだ。イオネは隠そうとしたが、アルヴィーゼの手がそれを覆う方が速かった。
「あっ…!」
「忠告を何度も無視したのはお前だ」
声色は冷たいのに、首筋に触れる唇と触れる肌が、ひどく熱い。吐息が夏の夜霧のように肌を舐め、指が肌の上に熱を描いてゆく。
乳房の先端にアルヴィーゼの指が触れ、そこを探るような丹念さで撫で始めると、身体の内側をくすぐられるような痺れが指先まで走った。
「うぅ…!それ、いや」
何かおかしい。熱と、小さな火花が肌の奥で飛び散っている。首から喉へと肌を啄むように唇で触れられ、時折皮膚の薄い場所を吸われると、ぞくぞくと腹の奥から背中へと何かが奔って抵抗力を削いでしまう。
「本当か?」
アルヴィーゼが吐息で笑い、乳房の先端を爪弾いた瞬間、イオネの喉から高い声が漏れた。触れられた場所が硬くなって、まるでアルヴィーゼの指の腹に自ら触れているようだ。
(こんな恥ずかしいことを許してしまうなんて…)
悔しい。こんな風に誰かに触れられるのは、初めてだ。貞操を結婚するまで守りたいなどという古びた感性は持ち合わせていないが、訳も分からないうちに抱かれるのは本意ではない。
ところが、アルヴィーゼは躊躇がない。
まっすぐに伸びた黒髪が胸元をくすぐり、速くなる心臓を持て余して呼吸を荒くしたイオネの胸へと唇が下りてくる。アルヴィーゼが腰にまとわりついているシュミーズを乱雑に脚の方へ下ろし始めると、イオネは身をよじってアルヴィーゼの肩を掴み、抵抗しようとした。
「ああ、だめ。ちょっと待っ…あ!」
身体の一部が食べられたのかと思った。乳房の中心にアルヴィーゼの唇が触れ、温かく湿った舌が先端をつついている。刺激を受けた場所からむずむずと痺れが回り、腹の奥が熱くなった。こんな感覚は、知らない。
「あっ…あ、公爵、やめて」
変な声が出る。手に力が入らず、アルヴィーゼの肩にしがみつくことしかできない。舌が乳房から離れて安堵したのも束の間、もう片方の乳房にも吸い付かれて、全身が粟立った。これが性的な興奮であるということは、イオネはまだ知らない。
「シィ」
アルヴィーゼはイオネの乳房から顔を上げ、愉しそうに笑んでイオネの唇に長い人差し指で触れた。
「人が来るぞ、教授。見られたいか?」
イオネは顔を真っ赤にしてふるふると首を振り、アルヴィーゼがニヤリと笑って再び胸に口付けを始めると、喉を反らせて悲鳴を押し殺した。
もう片方の乳房を愛撫していた手が露わになった鳩尾を通って細い腰へ這い、臍へ伸びてくる。
羞恥と悔しさで身体中の血が沸騰しそうだ。拒絶の言葉は一切聞き入れられない。目頭が熱くなって視界がぼやけた。
「あ、やだ。だめ…」
イオネは脚を閉じて抵抗を試みたが、アルヴィーゼはその間に腕をねじ込んで軽々と開かせ、自分の膝をイオネの脚の間について制圧した。
乳房の先端に与えられる緩やかな刺激がイオネの身体を震わせ、下腹部を這う指の感触が、未知の感覚をもたらした。
「あ――!」
身体がびくりと跳ねた。
アルヴィーゼの指が、下着の中を這って脚の中心に到達し、自分でも知らない器官に触れたからだ。恐ろしいほどの衝撃と熱が、そこにあった。
なんだかおかしい。内側が濡れている。
「やっ、いや…!」
アルヴィーゼが乳房から顔を上げ、目を細めた。鳩尾が引き絞られるように痛くなる。イオネは重なってきた唇の下で、悲鳴をあげた。
アルヴィーゼの指が入り口を撫でて上部の突起に触れ、その瞬間に身体の中に大きな火花を散らしたのだ。
痛みにも似た、快感。――そう、これが快感だ。イオネの肉体がアルヴィーゼの触れる器官を通してそれを識った。
ひどい背徳感がイオネの胸に迫った。それなのに、抵抗できない。
アルヴィーゼの舌がイオネの口内を侵し、指が秘所を探求するような慎重さで内側の浅い部分へ入ってくる。
アルヴィーゼが秘所の突起に蜜を塗りつけて優しく上下に撫でると、身体が小さな雷に打たれたようになった。全身を奔る鋭い感覚に、イオネは羞恥を感じる余裕さえなくした。
「んんーっ…!」
イオネの叫びはアルヴィーゼの口の中に吸い込まれた。
アルヴィーゼの指に嬲られている器官が膨張して、奥から溢れるものが臀部まで滴り、ぞくぞくと身体が震え始める。アルヴィーゼの唇が離れ、真上から見下ろされると、その灼けるような視線に耐えられなくなって目を閉じた。暗闇の中で唇が耳に触れ、耳朶に舌が這う感覚が、やけに鋭く肌に焼き付いた。
イオネはほとんど無意識のうちにアルヴィーゼの肩を掴んだ。何かにしがみ付いていないと、耐えられない。アルヴィーゼに触れられている場所が痺れ、何か得体の知れないものが身体の奥から激しく迫り上がってくる。
「…っあ!あっ、だめ。なんか、へん…もう――」
呼吸が苦しい。
「いい。委ねろ、教授」
アルヴィーゼの低い声が肌を震わせる。
ひくひくと濡れて過敏になった突起をアルヴィーゼが先程よりも強く撫でて内側の浅い部分を突き上げた瞬間、イオネは声にならない悲鳴を上げて、突如襲ってきた嵐のような衝撃に呑み込まれた。
ただ身体を触られただけだ。それだけのことなのに、全速力で走ったように呼吸が乱れ、爪先まで痺れて、身体の奥が燃えるように熱い。
「…わ、わたしに何をしたの」
イオネは泣き出しそうだ。顔を真っ赤に染めて、大きなスミレ色の目は潤み、たった今自分に襲いかかった事象が何なのか、激しい混乱の中で理解しようとしている。
アルヴィーゼの貌に暗い笑みが広がった。
「快楽の妙なるところだ、教授」
アルヴィーゼはその官能的な唇に淫美な弧を描かせて、イオネの身体を解放し、今まで彼女の中心に触れていた長い指を舐めた。ひどく淫らな仕草だった。捲った袖から覗く腕にランプの灯りが陰影を描き、シャツの襟から覗く首筋に汗が一筋流れて鎖骨の窪みに落ちた。
この男は獣だ。美しく、淫らな獣。――
身体の自由を取り戻したはずなのに、イオネは動けなかった。腹の奥が痛いほどに締め付けられ、心臓が妙なリズムで脈打っている。
緑色の瞳の奥で、炎が燃えている。
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その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
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無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
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それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
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