冥界からのラブソング

ルサルカ

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第二話

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「知らなかったのね、カゲヤマ・アキオの死を」

 わたしは無言で頷く。

「そうなんだ。
 このCDは、アキオの恋人であった女性の手に渡ったの。
 彼女はそのCDを友人の音楽評論家へ送ったわ。
 その音楽評論家はさらにそのCDを女流ピアニストの友人に送ったの。
 そのピアニストはインスタレーションに近い活動をしていた女性で、わたしは彼女の演奏にあわせて、パフォーマンス的なことをやったことがあったの。
 彼女はこのCDを聞いて何かを感じたらしく、わたしに送りつけてきたのよ。
 わたしは、このCDの冒頭だけを聞いたのだけれど、これはわたしの知るアキオの演奏とは随分違うもののように感じたわ。
 あなたがどう思うか悩んだんだけれど、多分アキオはこのCDがあなたのもとへ行くことを望んでいたのだろうと思って、ここへ来たの」

「アキオは」

 わたしは自分の中に何かが満ちていくのを感じた。
 その何かは、名付けることのできないものだったが、わたしの体を次第に熱くしてく。

「アキオは、音楽関係の仕事をしていたのかしら」

「彼は、ミュージシャンをしていた。
 有名ではないけれど、現代音楽の演奏家としてはそれなりに認められた存在だったわ」

 わたしは、眼差しでリリィに話を続けるよう促した。
 リリィは頷き、話を続ける。

「3人が自殺したといったけど、自殺と断定できる訳ではないの。
 最初に死んだアキオの恋人は、自宅のマンションの階段から転落して死んでいる。
 事故かもしれないわね。
 でも、足を滑らすような状況でもなく、恋人の死で酷く動揺していたようなので、自殺とも考えられるわ。
 次に死んだ音楽評論家は、トイレで死亡しているのを発見された。
 死因は致死量を越えた麻薬の摂取によるショック死。
 これも事故と考えることもできる。
 3人目のピアニストについては、自動車事故で死亡しているわ。
 スピードの出しすぎが原因だけど、彼女は熟練したドライバーで、めったに制限速度を越えて車を走らせることはなっかたのよ。
 3人とも死因に共通点はない。
 わたしはCDをすこしばかり聞いた。かつてアキオの演奏にあった叙情性は削り取られて、なんていうか凄くマシニックな印象を受けたの。
 わたしとしては、ミナコにこのCDを聞くことを勧めるつもりはないの。なんていうか、これってもしかするとデジタルドラッグの類なのかと思ったわ。でも、それはただの印象だから。
 アキオが何を考えてたのか、判らないけれど。このCDが存在していることを、ミナコが知っておいてほしいと思ったのよ」

 リリィは、言葉を止める。
 彼女は自分の言葉が、わたしに届いていないと思っているようだ。
 事実、わたしはそのCDを手にとってラベルをじっと見つめていた。
 呆然としていたとっていもいいだろう。

「自殺だと思う」

 唐突なわたしの言葉に、リリィはわたしを見つめる。

「3人とも、自殺したのだと思うわ。
 ありがとう、このCDをわたしにとどけてくれて」

 リリィは、少し会釈すると立ち上がる。何か問いたそうな雰囲気があったが、結局何も言わない。

「本当なら、少し昔話をするところなんだけど。実は今日はあまり時間がなくてね。また、日をあらためるわ」

 わたしは、リリィの言葉に頷く。わたしたちはお互いにまだ、自分たちの距離感を掴みかねていた。過去の日々は、わたしたちにとってあまりに混沌としており、未だ昔話として語れるようなものではないということか。
 リリィはそのまま、何も言わずそのまま帰っていった。
 わたしは見送ることもせず、そのCDを手にしていた。

 わたしはそのCDを聞くつもりで、小型のCDプレイヤーを持ってくる。
 そのCDプレイヤーは小型ではあるが、スピーカーもついていた。
 そこにアキオのCDを納める。

 ふと、わたしは封筒の束を手にとった。
 三通の封筒があり、その中には手紙が納められたままだ。
 わたしは、そのうちの一通を取り出してみる。
 それは最後にCDを手にしたピアニストがリリィに送ったものだった。
 わたしはその手紙を読んでみる。

『先日、お話したCDを送ります。

 演奏自体に不思議なところがあるようには思えないのですが、このCDそのものがわたしの心に何かを残したような気がするのです。
 この演奏を行った人は自殺したそうなのですが、何かとても透き通った美しい演奏でした。
 それは言葉では言い表せない形で、わたしの心を惹きつけています。

 彼の演奏は、誰にも似ていません。
 まるで凍てついた荒野に雪が静かに舞い降りてゆくような、死の静謐さにも似た美しさを持った音楽です。
 けれどわたしが引きつけられるのはその美しさのためではありません。

 なんといったらいいのでしょうか。

 喩えてみれば、とても美しい草原があり、色とりどりの花が咲き乱れているのだけれど、その下には無数の死体、しかも惨たらしく殺された死体が埋まっているのをわたしは知っているような。
 その無惨な死体の山は草原の美しさとは関係ないのだけれど、それが同時に存在していることによってどうしようもなくわたしを引きつけるような気がするのです。

 演奏自体にそんなことを感じさせる要素がある訳ではありません。
 演奏は厳密に計算された幾何学的な美すら連想させるような完璧なものであり、現代芸術にあるようにある意味で感情を排したものです。

 けれどわたしはその底にある凄惨な情念のようなものを感じてしまうのです。
 多分、これを演奏した人が死んだという理由からなのでしょうけれど。

 あなたなら、何か判るのではないかと思います。
 これは音楽というよりは、何か身体性とつながるようなものがある。きっとそこは、あなたのほうが理解できるのではないかと。
 それが』

 突然電話が鳴り、わたしは手紙を読むのをやめた。
 受話器をとる。
 そこから聞こえてきたのは、弟のテツオの声だった。

「ねえさん、オレだよ」

「テツオ、昨日はどこにいたの。
 あれほど外泊するときには連絡してって頼んだのに。
 今日は帰ってくるんでしょう」

「ねえさん、オレさ」

 テツオの声は静かだった。
 その落ち着きからわたしはただならぬものを、感じ取った。

「オレ、人を刺したんだ」
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