4 / 10
第四話
しおりを挟む
カゲヤマ・アキオの演奏。
かつて、そう、わたしが高校生のころ何度も聞いた演奏。
わたしの心に過去の記憶が甦ってくる。
❖
わたしたちは同じ高校の生徒で、同じ演劇部に所属していた。
リリィもまた、その演劇部に所属していたひとり。
彼はいつも舞台の上で電子ピアノを弾いていた。
リリィは、ピアノに合わせて前衛ダンス的なパフォーマンスを演じている。
わたしたちは、色々なところでゲリラ的に活動を行った。
屋外の時もあるし街の小さなホールや、学校の中庭を使うこともある。
わたしたちは予告無く出現し日常を麻痺させてしまう、演劇で武装したテロリストといってもよかった。
そこに立ち会わせた者は否応なくわたしたちの『演劇』に巻き込まれてしまう。
わたしたちは、稲妻旅団と名乗っていた。
高校に所属する演劇部としてはあまりに破格の存在だったかもしれない。
学校の主催する行事に参加したことは一度も無く、いつもわたしたちは独自にスポンサーを見つけて公演を行っていた。
わたしたちのリーダーだったミツオは、父親が広告代理店の重役だったため色々なところに顔がきいたし、金は必要であれば必要なだけ調達してきた。
ミツオは単にスポンサーとのパイプ役だけでは無く、わたしたちの理論的な主導者でもある。
スタニラフスキーの演劇理論は当然のこととして、彼の理論のバックボーンとなっていたのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのシュールレアリストたちだった。
アンドレ・ブルトンや、トリスタン・ツアラ、アルフレッド・ジャリにジャン・コクトーあるいは、バタイユのような思想家も彼の理論を構成する一部である。
そうした過去の思想を、デリダやドゥルーズ、ボードリヤールといった現代フランスの哲学理論を経由して再構築したのがミツオの演劇理論だった。
ミツオが議論して負けるところを見たことが無い。
凄まじいまでの頭の回転の早さと、圧倒的な知識量で相手を封じ込めてしまう。
ミツオにとって高校教師を相手にすることは、幼稚園児を言いくるめるのと同じことだった。
わたしたちの稲妻旅団が学校に所属しなければならない理由はあまりなかったように思う。
ミツオにとって、それはひとつの遊びのルールだったようだ。
稲妻旅団自体が彼のおもちゃといってもよかったし、学校は彼にとって嘲弄し破壊するための遊び場だったのだろう。
そして、わたしたちも楽しんでいた。
彼の遊びを。
わたしたちは、日常が破壊されのっぺりとした無限の荒野、無秩序の平原が出現する感覚を楽しんでいた。
それは、神の放逐された祝祭であり、破壊を聖性へと祭り上げる儀式なのだ。
アキオはミツオの親友であり、ミツオに稲妻旅団専属ピアニストとして引き込まれたようだ。
アキオの祖父は芸術大学の音楽科教授であり、アキオ自身バッハからベートーベン、プロコフィエフやシューマン、シェーンベルクにスクリャービン、サティやガーシュインに至るまで多彩に弾きこなす技術がある。
また、即興で演奏させても実に巧みにわたしたちの望むイメージの演奏をすることができた。
稲妻旅団は、パーマネントなメンバーがいる訳ではなく、ミツオとアキオ以外のメンバはよく入れ替わるし、わたし自身が参加していた公演にしても半分位だったと思う。リリィにしても、わたしと同じくらいの参加率だった。
ただ、ミツオとアキオの二人だけがいつも行動を共にし、稲妻旅団の公演では必ずアキオのピアノ曲が演奏された。
稲妻旅団の公演は、厳密にいえば演劇の範疇から逸脱したものだ。
例えば、わたしたちのよくやったことは観客と演者の関係を逆転させることだ。
観客の一人をいきなり舞台にあげてしまい、わたしたちは全員客席に腰をおろす。
舞台にあげられた観客が動いたり何か言うたびに、無茶苦茶に喝采を浴びせたりブーイングを行ったりする。
あるいは、舞台に客席と対面する形で椅子を並べ、わたしたちが舞台の上から観客を観察し、囁きあったり拍手を送ったり歓声をあげたりした。
舞台の上にもう一つ舞台を作り、演劇を行う人を見る観客を舞台の上で演じたこともある。
わたしたちは色々なことを行ったが、同じ事を二度行うことはなかった。
わたしたちは観客に『主催者側は劇場内で起こる全てのことに責任を持たない』と書いた文書を渡し、それに同意するサインをとった上で観客をいれたこともある。
わたしたちの公演は物理的に安全なものばかりではなかった。
建築機材やドラム缶、コンクリートブロックを持ち込んで、やたらと破壊して回ったこともあるし、ガスバーナーやチェーンソーを使ったこともある。
酷い時は、灯油をぶちまけてその上で松明を振り回すといったことまでやった。
わたしたちに小屋を貸した者は、大抵二度とわたしたちに貸そうとはしなかった。
いつもミツオが豊富なコネを利用し、またうまく口先で騙して場所を確保する。
わたしたちは、はじめは無名だったかいつのまにか固定のファンができ、雑誌の取材を受けたりもした。
ミツオにはある種のカリスマがある。
全てが遊びである。
そしてわたしたちは、疾走し続けた。
ある日突然、全てが終わるまで。
全てが終わって家に帰った時、わたしの母は病に倒れた。
❖
「お客さん、ここを入るんでしたかね」
わたしはタクシーの運転手の声で回想から現実に戻る。
わたしは、もう一度行き先の指示を行った。
運転手は頷くと、再び無言で運転に専念する。
あと5分ほどで着くところまで来ていた。
わたしは最後の封筒を手に取る。
アキオの恋人が出した手紙だ。
航空便らしく、ニューヨークから送られたらしい。
かつて、そう、わたしが高校生のころ何度も聞いた演奏。
わたしの心に過去の記憶が甦ってくる。
❖
わたしたちは同じ高校の生徒で、同じ演劇部に所属していた。
リリィもまた、その演劇部に所属していたひとり。
彼はいつも舞台の上で電子ピアノを弾いていた。
リリィは、ピアノに合わせて前衛ダンス的なパフォーマンスを演じている。
わたしたちは、色々なところでゲリラ的に活動を行った。
屋外の時もあるし街の小さなホールや、学校の中庭を使うこともある。
わたしたちは予告無く出現し日常を麻痺させてしまう、演劇で武装したテロリストといってもよかった。
そこに立ち会わせた者は否応なくわたしたちの『演劇』に巻き込まれてしまう。
わたしたちは、稲妻旅団と名乗っていた。
高校に所属する演劇部としてはあまりに破格の存在だったかもしれない。
学校の主催する行事に参加したことは一度も無く、いつもわたしたちは独自にスポンサーを見つけて公演を行っていた。
わたしたちのリーダーだったミツオは、父親が広告代理店の重役だったため色々なところに顔がきいたし、金は必要であれば必要なだけ調達してきた。
ミツオは単にスポンサーとのパイプ役だけでは無く、わたしたちの理論的な主導者でもある。
スタニラフスキーの演劇理論は当然のこととして、彼の理論のバックボーンとなっていたのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのシュールレアリストたちだった。
アンドレ・ブルトンや、トリスタン・ツアラ、アルフレッド・ジャリにジャン・コクトーあるいは、バタイユのような思想家も彼の理論を構成する一部である。
そうした過去の思想を、デリダやドゥルーズ、ボードリヤールといった現代フランスの哲学理論を経由して再構築したのがミツオの演劇理論だった。
ミツオが議論して負けるところを見たことが無い。
凄まじいまでの頭の回転の早さと、圧倒的な知識量で相手を封じ込めてしまう。
ミツオにとって高校教師を相手にすることは、幼稚園児を言いくるめるのと同じことだった。
わたしたちの稲妻旅団が学校に所属しなければならない理由はあまりなかったように思う。
ミツオにとって、それはひとつの遊びのルールだったようだ。
稲妻旅団自体が彼のおもちゃといってもよかったし、学校は彼にとって嘲弄し破壊するための遊び場だったのだろう。
そして、わたしたちも楽しんでいた。
彼の遊びを。
わたしたちは、日常が破壊されのっぺりとした無限の荒野、無秩序の平原が出現する感覚を楽しんでいた。
それは、神の放逐された祝祭であり、破壊を聖性へと祭り上げる儀式なのだ。
アキオはミツオの親友であり、ミツオに稲妻旅団専属ピアニストとして引き込まれたようだ。
アキオの祖父は芸術大学の音楽科教授であり、アキオ自身バッハからベートーベン、プロコフィエフやシューマン、シェーンベルクにスクリャービン、サティやガーシュインに至るまで多彩に弾きこなす技術がある。
また、即興で演奏させても実に巧みにわたしたちの望むイメージの演奏をすることができた。
稲妻旅団は、パーマネントなメンバーがいる訳ではなく、ミツオとアキオ以外のメンバはよく入れ替わるし、わたし自身が参加していた公演にしても半分位だったと思う。リリィにしても、わたしと同じくらいの参加率だった。
ただ、ミツオとアキオの二人だけがいつも行動を共にし、稲妻旅団の公演では必ずアキオのピアノ曲が演奏された。
稲妻旅団の公演は、厳密にいえば演劇の範疇から逸脱したものだ。
例えば、わたしたちのよくやったことは観客と演者の関係を逆転させることだ。
観客の一人をいきなり舞台にあげてしまい、わたしたちは全員客席に腰をおろす。
舞台にあげられた観客が動いたり何か言うたびに、無茶苦茶に喝采を浴びせたりブーイングを行ったりする。
あるいは、舞台に客席と対面する形で椅子を並べ、わたしたちが舞台の上から観客を観察し、囁きあったり拍手を送ったり歓声をあげたりした。
舞台の上にもう一つ舞台を作り、演劇を行う人を見る観客を舞台の上で演じたこともある。
わたしたちは色々なことを行ったが、同じ事を二度行うことはなかった。
わたしたちは観客に『主催者側は劇場内で起こる全てのことに責任を持たない』と書いた文書を渡し、それに同意するサインをとった上で観客をいれたこともある。
わたしたちの公演は物理的に安全なものばかりではなかった。
建築機材やドラム缶、コンクリートブロックを持ち込んで、やたらと破壊して回ったこともあるし、ガスバーナーやチェーンソーを使ったこともある。
酷い時は、灯油をぶちまけてその上で松明を振り回すといったことまでやった。
わたしたちに小屋を貸した者は、大抵二度とわたしたちに貸そうとはしなかった。
いつもミツオが豊富なコネを利用し、またうまく口先で騙して場所を確保する。
わたしたちは、はじめは無名だったかいつのまにか固定のファンができ、雑誌の取材を受けたりもした。
ミツオにはある種のカリスマがある。
全てが遊びである。
そしてわたしたちは、疾走し続けた。
ある日突然、全てが終わるまで。
全てが終わって家に帰った時、わたしの母は病に倒れた。
❖
「お客さん、ここを入るんでしたかね」
わたしはタクシーの運転手の声で回想から現実に戻る。
わたしは、もう一度行き先の指示を行った。
運転手は頷くと、再び無言で運転に専念する。
あと5分ほどで着くところまで来ていた。
わたしは最後の封筒を手に取る。
アキオの恋人が出した手紙だ。
航空便らしく、ニューヨークから送られたらしい。
0
あなたにおすすめの小説
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪
冬馬亮
恋愛
少女は、ある日突然すべてを失った。
地位も、名誉も、家族も、友も、愛する婚約者も---。
ひとりの凶悪な令嬢によって人生の何もかもがひっくり返され、苦難と苦痛の地獄のような日々に突き落とされた少女が、ある村にたどり着き、心の平安を得るまでのお話。
(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身
青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。
レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。
13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。
その理由は奇妙なものだった。
幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥
レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。
せめて、旦那様に人間としてみてほしい!
レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。
☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。
グリモワールの塔の公爵様【18歳Ver】
屋月 トム伽
恋愛
18歳になり、結婚が近いと思われたプリムローズは、久しぶりに王都の邸にいる婚約者に会いに行っていた。
だけど、義姉クレアと婚約者ジャンのベッドインを目撃してしまい、婚約破棄されてしまったプリムローズ。
プレスコット伯爵家から追い出すための名目で、金持ちの子爵様に売られるも同然の後妻に入ることになったプリムローズ。
そんなある日、夜会で出会ったクライド・レイヴンクロフト次期公爵様から結婚をもうしこまれる。
しかし、クライドにはすでに親の決めた婚約者がおり、第2夫人でいいなら……と、言われる。
後妻に入るよりは、第2夫人のほうがマシかもとか思っていると、約束だ、と頬にキスをされた。
「必ず迎え入れる」と約束をしたのだ。
でも、クライドとのデートの日にプリムローズは来なかった。
約束をすっぽかされたと思ったクライドは、その日から一向にプリムローズと会うことはなかった。
時折出す手紙のやり取り。プリムローズがどうしたいのかわからないクライドは困惑していた。
そして、プレスコット家での現状を知り、クライドはプリムローズをプレスコット伯爵邸から連れ出し、グリモワールの塔に連れて行き……。
最初は、形だけの結婚のつもりかと思っていたのに、公爵様はひどく甘く、独占欲の固まりだった。
※以前投稿してました作品を【18歳Ver】に書き直したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる