冥界からのラブソング

ルサルカ

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第四話

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 カゲヤマ・アキオの演奏。

 かつて、そう、わたしが高校生のころ何度も聞いた演奏。
 わたしの心に過去の記憶が甦ってくる。



 わたしたちは同じ高校の生徒で、同じ演劇部に所属していた。
 リリィもまた、その演劇部に所属していたひとり。
 彼はいつも舞台の上で電子ピアノを弾いていた。
 リリィは、ピアノに合わせて前衛ダンス的なパフォーマンスを演じている。

 わたしたちは、色々なところでゲリラ的に活動を行った。
 屋外の時もあるし街の小さなホールや、学校の中庭を使うこともある。

 わたしたちは予告無く出現し日常を麻痺させてしまう、演劇で武装したテロリストといってもよかった。
 そこに立ち会わせた者は否応なくわたしたちの『演劇』に巻き込まれてしまう。

 わたしたちは、稲妻旅団と名乗っていた。
 高校に所属する演劇部としてはあまりに破格の存在だったかもしれない。
 学校の主催する行事に参加したことは一度も無く、いつもわたしたちは独自にスポンサーを見つけて公演を行っていた。

 わたしたちのリーダーだったミツオは、父親が広告代理店の重役だったため色々なところに顔がきいたし、金は必要であれば必要なだけ調達してきた。
 ミツオは単にスポンサーとのパイプ役だけでは無く、わたしたちの理論的な主導者でもある。

 スタニラフスキーの演劇理論は当然のこととして、彼の理論のバックボーンとなっていたのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのシュールレアリストたちだった。
 アンドレ・ブルトンや、トリスタン・ツアラ、アルフレッド・ジャリにジャン・コクトーあるいは、バタイユのような思想家も彼の理論を構成する一部である。
 そうした過去の思想を、デリダやドゥルーズ、ボードリヤールといった現代フランスの哲学理論を経由して再構築したのがミツオの演劇理論だった。

 ミツオが議論して負けるところを見たことが無い。
 凄まじいまでの頭の回転の早さと、圧倒的な知識量で相手を封じ込めてしまう。
 ミツオにとって高校教師を相手にすることは、幼稚園児を言いくるめるのと同じことだった。

 わたしたちの稲妻旅団が学校に所属しなければならない理由はあまりなかったように思う。
 ミツオにとって、それはひとつの遊びのルールだったようだ。
 稲妻旅団自体が彼のおもちゃといってもよかったし、学校は彼にとって嘲弄し破壊するための遊び場だったのだろう。
 そして、わたしたちも楽しんでいた。
 彼の遊びを。

 わたしたちは、日常が破壊されのっぺりとした無限の荒野、無秩序の平原が出現する感覚を楽しんでいた。
 それは、神の放逐された祝祭であり、破壊を聖性へと祭り上げる儀式なのだ。

 アキオはミツオの親友であり、ミツオに稲妻旅団専属ピアニストとして引き込まれたようだ。
 アキオの祖父は芸術大学の音楽科教授であり、アキオ自身バッハからベートーベン、プロコフィエフやシューマン、シェーンベルクにスクリャービン、サティやガーシュインに至るまで多彩に弾きこなす技術がある。
 また、即興で演奏させても実に巧みにわたしたちの望むイメージの演奏をすることができた。

 稲妻旅団は、パーマネントなメンバーがいる訳ではなく、ミツオとアキオ以外のメンバはよく入れ替わるし、わたし自身が参加していた公演にしても半分位だったと思う。リリィにしても、わたしと同じくらいの参加率だった。
 ただ、ミツオとアキオの二人だけがいつも行動を共にし、稲妻旅団の公演では必ずアキオのピアノ曲が演奏された。

 稲妻旅団の公演は、厳密にいえば演劇の範疇から逸脱したものだ。
 例えば、わたしたちのよくやったことは観客と演者の関係を逆転させることだ。
 観客の一人をいきなり舞台にあげてしまい、わたしたちは全員客席に腰をおろす。
 舞台にあげられた観客が動いたり何か言うたびに、無茶苦茶に喝采を浴びせたりブーイングを行ったりする。

 あるいは、舞台に客席と対面する形で椅子を並べ、わたしたちが舞台の上から観客を観察し、囁きあったり拍手を送ったり歓声をあげたりした。
 舞台の上にもう一つ舞台を作り、演劇を行う人を見る観客を舞台の上で演じたこともある。

 わたしたちは色々なことを行ったが、同じ事を二度行うことはなかった。

 わたしたちは観客に『主催者側は劇場内で起こる全てのことに責任を持たない』と書いた文書を渡し、それに同意するサインをとった上で観客をいれたこともある。
 わたしたちの公演は物理的に安全なものばかりではなかった。
 建築機材やドラム缶、コンクリートブロックを持ち込んで、やたらと破壊して回ったこともあるし、ガスバーナーやチェーンソーを使ったこともある。

 酷い時は、灯油をぶちまけてその上で松明を振り回すといったことまでやった。
 わたしたちに小屋を貸した者は、大抵二度とわたしたちに貸そうとはしなかった。
 いつもミツオが豊富なコネを利用し、またうまく口先で騙して場所を確保する。

 わたしたちは、はじめは無名だったかいつのまにか固定のファンができ、雑誌の取材を受けたりもした。
 ミツオにはある種のカリスマがある。

 全てが遊びである。
 そしてわたしたちは、疾走し続けた。

 ある日突然、全てが終わるまで。

 全てが終わって家に帰った時、わたしの母は病に倒れた。



「お客さん、ここを入るんでしたかね」

 わたしはタクシーの運転手の声で回想から現実に戻る。
 わたしは、もう一度行き先の指示を行った。
 運転手は頷くと、再び無言で運転に専念する。
 あと5分ほどで着くところまで来ていた。
 わたしは最後の封筒を手に取る。
 アキオの恋人が出した手紙だ。
 航空便らしく、ニューヨークから送られたらしい。
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