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脱出
消息を絶て
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「よし、じゃあ行くぞ」
本田さんはキュッと俺の手を握り返して俺の手を離した後、自分の荷物を肩に引っ掛けた。
部屋を出てフロントでチェックアウトを済ませた後、トイレへと向かった。
ああ、そうか。三時間もかかるのならトイレに行っておいた方がいいのかな?
用を済ませて手を洗っていると、本田さんが俺に掌を差し出した。
え?
「君がさっき使っていた携帯電話、店から持たされているものなんだろう?」
「はい……、俺のじゃありません」
というよりも、俺は未だガラケーすら持ったことは無い。スマホなんて論外だ。
「よこせ」
「……はい」
差し出された掌に素直に乗っけると、あろうことか本田さんはそのスマホを簡単にポンと置かれていたゴミ箱の中に放り投げた。
「えっ!?」
「ここに捨てておいた方が安全だ。もしかしたら位置情報を取られている恐れもあるからな。さ、行くぞ」
位置情報……。
ああ、GPSとかいうあれか。
……もしかして、前に逃げたあいつが捕まったのも、これが原因だったのか?
トイレを出て、急ぎ足で地下の駐車場に向かった。
本田さんの車は、普通に皆が乗っているような白の国産車だ。特別目立つ車でも無かった。
「ほら、乗れよ」
そう言って、後部座席を開けるよう促す。後ろのシートには本田さんの荷物が置かれていた。
「念のためシートには座るな。下の方に外から見られないようにうつ伏せに寝転んでいろ。俺がいいと言ったら出てきて座れ」
「はい。あの……」
「うん?」
「本田さん、ありがとうございます。お世話になります、すみません!」
俺がぺこりと頭を下げると、忍び笑いが聞こえて来た。
……え?
怪訝に顔を上げると、パタパタと左右に手を振っている。
「いや……。礼は良いんだが、俺の名前は本田なんかじゃないぞ。あれは偽名だ」
あ……!
そういえば、そうか。……テンパり過ぎてて気づかなかった。
風俗に、本名言うバカはいないか。
「自己紹介は後にして、とにかく乗れ。これから大体三時間くらいはかかるから。疲れてるだろうし、早く休みたいだろ」
「……ありがとうございます。すみません」
些細な労いの言葉に、じんわりと目頭が熱くなってしまった。
優しい言葉なんて、俺はほとんど聞いたことが無かった。脅され、罵られ……、それが俺の日常だったから。
そういえば、望月さんだけは唯一俺に優しく接してくれてたっけ。委縮する俺の気持ちを、何とか解そうとしてくれていた。
だけどしょせんあの人も、あの店の人間だ。俺を解放することなんて、露ほども考えてはいなかっただろう。
普段は足を置く場所にうつ伏せに寝転んだ。割と綺麗に掃除がされているとはいえ、独特の土と埃のにおいがしてしまうのは仕方がない。
まともにうつ伏せになるとむせてしまいそうなので、顔を横に向けた。
「出すぞ」
「はい」
エンジン音がして車が動き出した。
これから三時間……。
本田さん……、じゃなかった、まだ本名聞いて無かったな。……この人の家がある場所なのかな?
車で三時間なら、まずまずの距離だ。
店の人たちに見つかることも、そうそう懸念する必要は無いのかもしれない。
不自然な姿勢ながらも、ゴトゴトと揺れる車体に俺はいつのまにか眠りの淵へと誘われていた。
本田さんはキュッと俺の手を握り返して俺の手を離した後、自分の荷物を肩に引っ掛けた。
部屋を出てフロントでチェックアウトを済ませた後、トイレへと向かった。
ああ、そうか。三時間もかかるのならトイレに行っておいた方がいいのかな?
用を済ませて手を洗っていると、本田さんが俺に掌を差し出した。
え?
「君がさっき使っていた携帯電話、店から持たされているものなんだろう?」
「はい……、俺のじゃありません」
というよりも、俺は未だガラケーすら持ったことは無い。スマホなんて論外だ。
「よこせ」
「……はい」
差し出された掌に素直に乗っけると、あろうことか本田さんはそのスマホを簡単にポンと置かれていたゴミ箱の中に放り投げた。
「えっ!?」
「ここに捨てておいた方が安全だ。もしかしたら位置情報を取られている恐れもあるからな。さ、行くぞ」
位置情報……。
ああ、GPSとかいうあれか。
……もしかして、前に逃げたあいつが捕まったのも、これが原因だったのか?
トイレを出て、急ぎ足で地下の駐車場に向かった。
本田さんの車は、普通に皆が乗っているような白の国産車だ。特別目立つ車でも無かった。
「ほら、乗れよ」
そう言って、後部座席を開けるよう促す。後ろのシートには本田さんの荷物が置かれていた。
「念のためシートには座るな。下の方に外から見られないようにうつ伏せに寝転んでいろ。俺がいいと言ったら出てきて座れ」
「はい。あの……」
「うん?」
「本田さん、ありがとうございます。お世話になります、すみません!」
俺がぺこりと頭を下げると、忍び笑いが聞こえて来た。
……え?
怪訝に顔を上げると、パタパタと左右に手を振っている。
「いや……。礼は良いんだが、俺の名前は本田なんかじゃないぞ。あれは偽名だ」
あ……!
そういえば、そうか。……テンパり過ぎてて気づかなかった。
風俗に、本名言うバカはいないか。
「自己紹介は後にして、とにかく乗れ。これから大体三時間くらいはかかるから。疲れてるだろうし、早く休みたいだろ」
「……ありがとうございます。すみません」
些細な労いの言葉に、じんわりと目頭が熱くなってしまった。
優しい言葉なんて、俺はほとんど聞いたことが無かった。脅され、罵られ……、それが俺の日常だったから。
そういえば、望月さんだけは唯一俺に優しく接してくれてたっけ。委縮する俺の気持ちを、何とか解そうとしてくれていた。
だけどしょせんあの人も、あの店の人間だ。俺を解放することなんて、露ほども考えてはいなかっただろう。
普段は足を置く場所にうつ伏せに寝転んだ。割と綺麗に掃除がされているとはいえ、独特の土と埃のにおいがしてしまうのは仕方がない。
まともにうつ伏せになるとむせてしまいそうなので、顔を横に向けた。
「出すぞ」
「はい」
エンジン音がして車が動き出した。
これから三時間……。
本田さん……、じゃなかった、まだ本名聞いて無かったな。……この人の家がある場所なのかな?
車で三時間なら、まずまずの距離だ。
店の人たちに見つかることも、そうそう懸念する必要は無いのかもしれない。
不自然な姿勢ながらも、ゴトゴトと揺れる車体に俺はいつのまにか眠りの淵へと誘われていた。
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