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ノエル
無事完成…! (灰咲視点)
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「ハー、やっと完成だ……」
何度も何度も確認して、やっと納得のいく作品に仕上がった。
いくら急いでいるとは言っても、出来の悪い代物を渡すわけにはいかないから、今回はかなりしんどかった。
……まあ、急ぎの仕事を依頼したのは俺の方だから仕方がないが。
もう七時半を回っている。
俺は急いで支度をしてアトリエを出、尚哉に出かけてくると言おうと思ったのだがリビングには尚哉の姿は無かった。
代わりに、ダイニングテーブルの上に白ワインとケーキが置かれているのが見えた。
……不貞腐れて寝てるのか?
とにかく、のんびりしている暇は無いんだ。尚哉を起こしに行くのは帰ってきてからにしようと思い、玄関に鍵をかけて紅林さんの下へと急いだ。
「やあ、いらっしゃい。先方も、既にお見えになっているよ」
クリスマス前に一枚絵を仕上げたいと言った俺の頼みを聞き、紅林さんは常連のお客さんに声を掛けてくれたのだ。
そしてそれに手を上げてくれたのが、今この画廊に足を運んでくれている谷川さんだ。
この谷川さんという人は大病院の院長で、……いわゆるセレブという奴か?
まあ、有難いことに俺の絵を気に入ってくれて、幾つか所有してくれているらしいのだ。
「――おお、これは! 想像以上の仕上がりですね。……紅林さんの声掛けに乗ってよかった。さすが灰咲さんだ」
「気に入っていただけたようで、何よりです」
アクリル画も嫌いではないが、俺に来る注文は油絵の方が多かったので、正直気に入ってくれるのかが少し不安だった。だから、お世辞では無さそうな谷川さんの表情に心底ホッとした。
「いや、もう、僕は灰咲さんの絵は本当に気に入っているのですよ。『木陰の戯れ』や『坂に沈む夕日』なんて、手にした時の感動は未だに忘れちゃいませんよ。この『羽ばたく者たち』も、それに匹敵する作品です」
「今回はアクリルだから、油絵とは趣がやはり違いますよね」
「灰咲さんの絵は、何となく油絵のイメージがありはするのだが、今度は少し感じの変わった絵が欲しいと思ったんだよ。……でも、うん。正解だったな」
こういう場ではあまり饒舌にはなれない俺の代わりに、いつも紅林さんが客の相手をしてくれるので俺はいつも助かっている。今回の件と言い、本当に紅林さんにはいろいろと世話になりっぱなしで頭が上がらない。
そうして谷川さんは支払いの話などを済ませた後、絵を持ってホクホク顔で帰って行った。
「灰咲さん、支払いはいつものように翌々月の末払いにしたいところだけど、今回は金が要りようなんですよね?」
「はい、欲しいものがあって……。必要な額は何とかあるんですけど、そうなるとしばらくカツカツの生活をする羽目になっちゃいますので」
「じゃあ、一部だけ今日お支払いしましょう。残りの金額はいつも通りという事で」
「ありがとうございます、助かります」
ペコリと頭を下げると、紅林さんは笑った。
クレジットカードを持っていればこんな図々しい頼みごとをしなくてもいいのだろうが、収入が不安定なこの職業では、審査に通るかどうかも疑問だ。
1人で暮らしていた今までなら、それが不自由だと思うことなんて何も無かったし、考えもしなかったのに。
「本当にねえ、灰咲さんの絵は結構人気があるんだよ? もう少し欲を出せば、もっと儲かるのに」
「……ハハ、すみません」
気まぐれなのは承知の上だ。
だけど、もう一人で暮らしているわけじゃないんだ。
尚哉を手放す気も追い出す気も無いのだし、いつまでもその日暮らしでいいだなんて、そんな甘えたことばかりを言ってはいられないかな。
紅林さんの好意を素直に受け取って、俺は急いであのショップへと足を運んだ。
何度も何度も確認して、やっと納得のいく作品に仕上がった。
いくら急いでいるとは言っても、出来の悪い代物を渡すわけにはいかないから、今回はかなりしんどかった。
……まあ、急ぎの仕事を依頼したのは俺の方だから仕方がないが。
もう七時半を回っている。
俺は急いで支度をしてアトリエを出、尚哉に出かけてくると言おうと思ったのだがリビングには尚哉の姿は無かった。
代わりに、ダイニングテーブルの上に白ワインとケーキが置かれているのが見えた。
……不貞腐れて寝てるのか?
とにかく、のんびりしている暇は無いんだ。尚哉を起こしに行くのは帰ってきてからにしようと思い、玄関に鍵をかけて紅林さんの下へと急いだ。
「やあ、いらっしゃい。先方も、既にお見えになっているよ」
クリスマス前に一枚絵を仕上げたいと言った俺の頼みを聞き、紅林さんは常連のお客さんに声を掛けてくれたのだ。
そしてそれに手を上げてくれたのが、今この画廊に足を運んでくれている谷川さんだ。
この谷川さんという人は大病院の院長で、……いわゆるセレブという奴か?
まあ、有難いことに俺の絵を気に入ってくれて、幾つか所有してくれているらしいのだ。
「――おお、これは! 想像以上の仕上がりですね。……紅林さんの声掛けに乗ってよかった。さすが灰咲さんだ」
「気に入っていただけたようで、何よりです」
アクリル画も嫌いではないが、俺に来る注文は油絵の方が多かったので、正直気に入ってくれるのかが少し不安だった。だから、お世辞では無さそうな谷川さんの表情に心底ホッとした。
「いや、もう、僕は灰咲さんの絵は本当に気に入っているのですよ。『木陰の戯れ』や『坂に沈む夕日』なんて、手にした時の感動は未だに忘れちゃいませんよ。この『羽ばたく者たち』も、それに匹敵する作品です」
「今回はアクリルだから、油絵とは趣がやはり違いますよね」
「灰咲さんの絵は、何となく油絵のイメージがありはするのだが、今度は少し感じの変わった絵が欲しいと思ったんだよ。……でも、うん。正解だったな」
こういう場ではあまり饒舌にはなれない俺の代わりに、いつも紅林さんが客の相手をしてくれるので俺はいつも助かっている。今回の件と言い、本当に紅林さんにはいろいろと世話になりっぱなしで頭が上がらない。
そうして谷川さんは支払いの話などを済ませた後、絵を持ってホクホク顔で帰って行った。
「灰咲さん、支払いはいつものように翌々月の末払いにしたいところだけど、今回は金が要りようなんですよね?」
「はい、欲しいものがあって……。必要な額は何とかあるんですけど、そうなるとしばらくカツカツの生活をする羽目になっちゃいますので」
「じゃあ、一部だけ今日お支払いしましょう。残りの金額はいつも通りという事で」
「ありがとうございます、助かります」
ペコリと頭を下げると、紅林さんは笑った。
クレジットカードを持っていればこんな図々しい頼みごとをしなくてもいいのだろうが、収入が不安定なこの職業では、審査に通るかどうかも疑問だ。
1人で暮らしていた今までなら、それが不自由だと思うことなんて何も無かったし、考えもしなかったのに。
「本当にねえ、灰咲さんの絵は結構人気があるんだよ? もう少し欲を出せば、もっと儲かるのに」
「……ハハ、すみません」
気まぐれなのは承知の上だ。
だけど、もう一人で暮らしているわけじゃないんだ。
尚哉を手放す気も追い出す気も無いのだし、いつまでもその日暮らしでいいだなんて、そんな甘えたことばかりを言ってはいられないかな。
紅林さんの好意を素直に受け取って、俺は急いであのショップへと足を運んだ。
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