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君と運命の糸で繋がっている

動き出した朔也

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朔也は、まずは人の流れの多い所に行くことを考えた。
藤と出会った時のために、ある程度の貯えも必要だと思い、仕事を探すことにする。そのためにまず湯屋に行き、さっぱりとしてから古着屋で着物を購入した。

作業場での仕事を探す方がまだ仕事口はありそうだが、それでは恐らく様々な人と出会う機会は少ないだろう。出来れば甘木屋のようなところで、店員や外回りの仕事が理想だが、そういう仕事は伝手が無いと難しい。

朔也は思案した末に、作蔵に仕事先を紹介してもらう事にした。彼なら顔も広そうだし、そういう働き口に心当たりがあるのではないかと思ったのだ。


久しぶりに記憶を辿って『味之作』へ行く。朔也の記憶のそれよりも建物自体は古くなっているが、相変わらず店自体は繁盛しているようだった。
店内を覗いてみると家族連れや、女性客などで賑わっていた。
忙しそうに動き回る店員たちに声を掛けるのは申し訳ないような気がした朔也は、裏手へと回ってみた。
すると運よく、女中が出てきた。

「あの、すみません。作蔵さん…、ご主人はいらっしゃいますでしょうか」
「旦那様ですか?おりますけど…、あなたは?」
「申し遅れました。僕は朔也と言います。出来ればお会いしたいのですが、聞いていただけますか?」

女中は少し考える素振りを見せはしたが、すぐに「待ってて」と言って、店の中へと入って行った。

程なくして作蔵が顔を見せる。朔也を見た途端破顔した。

「びっくりした。本当に朔也だ。……お前、ほんっと嫌になるくらい変わらないなあ」

驚きと呆れの入り混じったような表情で朔也を見る作蔵は、それなりの歳月を経て恰幅の良いおじさんへと変貌していた。

「そんな事ないです。僕だって少しは変化しています」
「……そう言われれば…。少しは男らしい顔つきになっているような気もするが……」
「作蔵さんは幸せそうですね」

決して嫌味ではない。幸せで実のある日々を過ごしてきたのだろうと思える風貌に、朔也は安堵もしていた。己に係り親切にしてくれた人々には、やはり幸せで会って欲しいと、様々な経験を積んでしまっている朔也は本気でそう思っている。
自分を見ながら感慨深げに呟く朔也を見て、作蔵の表情がいささか曇る。

「…何か、あったのか?」
「…色々ありましたけど…。もう、だいぶ前の事です」

薄く笑って目を伏せる朔也に、作蔵はそれ以上聞くのを止めにした。意外と頑固なこの男は、たとえ一人で抱えきれないくらいの辛い事も、他人に打ち明けるような事はしないだろうと察したからだ。

「で、何か頼みたいことでもあるのか?」
「はい。仕事の世話をしていただきたいと思いまして」
「仕事? そりゃ構わないが、どんなところで働きたいんだ?」

「できれば、家族連れや子供連れが出入りするようなお店の店員とか給仕とか…、御用聞きに出回るような仕事がしたいんですけど」
「うーん。御用聞きを扱うところは知らないが、甘味処で店員を欲しがっていたな。あ、もちろん甘木屋ではないから安心しろ」

作蔵に気遣ってもらい朔也は苦笑する。

「ありがとうございます。でも、甘味処の店員では女子希望じゃないですか?」
「いや、朔也なら大丈夫だろ。昨今はご婦人たちが子供を連れて立ち寄ったりするから、見栄えの良い少年なら却って引く手あまただ」

「子供連れですか…。いいですね」

藤が死んでから、まだ十年しか経っていない。
例えすぐに生まれ変わっていたとしても、まだ十才にしかなっていないという事だ。

「作蔵さん、紹介してもらえますか?」
「もちろんだ、任せとけ」

作蔵は明るく笑って朔也の肩をポンと叩いた。
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