白と黒の館へ

主道 学

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原型館 

19話

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 せせこましい部屋で、何日か経った。どうしてもコルジンの部屋で食事を一緒に取ったことが、思いだされる。
 心細い……涙がいっぱい出てきそう……。

「コルジン……グッテン……ロッテ……」
 僕は涙を拭いて、その部屋のキッチンを借りることにした。リグおじさんから貰った布袋から野菜をとても簡単に調理して、食べることにした。

 空腹感は緊張と恐怖でなかなか感じないけど、食べないと力が出ないような心に強く迫るものが僕にはあった。
「俺にもくれ」
 そういえば、雲助がいたんだ。僕は完璧にもう一人ではないんだね。
「きゅうりをやるよ雲助。……これからどうしよう」
 きゅうりの欠片を雲助に与える。
 床に座り力が出てこない腰を休める。

「さあな……。だから、中の中には入っちゃいけないと言ったんだ」
 雲助は僕の手のきゅうりを降りて来て齧った。
「御免。あんまりにもおじいちゃんの館が楽しかったから……。きっと、どうでもよかったように聞いていたんだと思う。こんなことになるなんて。もっと早くに雲助の言葉を聞いていたら……」
 布袋の中はもうなにもない。


 僕は考えた。館の亡霊がうじゃうじゃの原型館で……何をしたところで、戻れそうもないし、もう何も出来ない。
「後、一日。ここでじっとしていよう。もう、疲れちゃった」
「ヨルダン……。影が変だぞ。」
「え?」
 見ると、自分の影のところに巨大な女性の頭髪の影が床に見える。
「なんなの?」
「ヨルダン! 逃げた方がいい!」
 僕は立ち上がった。
 その影は僕の影を覆い尽くすようになり、天井を見上げるが何もない。不気味な・・・影だけだ。
 突然、何とも言えない声を漏らして、その影は更に大きくなった。

 僕は雲助を肩に乗せて走り出す。
 この部屋は黒色のドアの狭い1Kで、すぐに紫色のドアから外へと出られる。外には廊下が遥か遠くへと伸びている。
 僕は走った。何が何だか解らない影から。……影が追ってきた。
 また、恐怖か……。僕は自棄になって、リグおじさんから貰った布袋を影目掛けて思いっきり投げようかと思った。

 けど、体が言うことを聞かない。
 不気味な影が長い髪を振り乱し追ってきている。
「ヨルダン! きっと、助かる! 力を振り絞ってどこかのドアへと逃げるんだ!」
 僕は自暴自棄になるところで、最後の力で踏ん張った。そして、白と黒が縦横にあるドアを開ける。
 その部屋は木の匂いが充満しているところだった。頭髪の影が追ってきているかも知れないが。一瞬、安心感が湧いてくる匂いだ。その向こうに灰色のドアがある。
「ヨ……ヨルダン」
「え?」
 見ると、雲助の向く方向に……キラキラ光っている正四角形の小さな箱のようなものがあった。
 それは、部屋の中央にある植木にぶら下がっていた。
「やったぞ! これでコルジンたちに会える。黄金の至宝だ」
「ええ!? これがそうなの?!」
 焦げ茶色の床の部屋は老人が住んでいたような造りだった。

 僕はまだある恐怖心をふっ飛ばして、黄金の至宝のところまで歩いて行った。
「ヨルダン。それはこの館の形を自由に変えられるんだ。強力な魔法の塊」
「強力な魔法の塊? つまり、この箱なら元の館へと戻れるのかな?」
「ああ。戻れる。原型館の魔法よりも強い。ジェームズ・ハントは狂人だったが、実は強力な魔法の研究をしていたんだ。でも、魔女狩りにあって、館の中へと逃げた。そこはグッテンのほうが詳しい。俺の知識はある人物がくれたもの。断片的だ」
「ある人物? って、雲助。いったい誰のこと?」
「今に解る。この館から出る時に……」
 僕は目をいっぱい開けて、
「この館から出る!?」
「そうだ。その黄金の至宝はこの館からも出ることが出来る。さっき言った。館を……この原型館ですらも部屋の形から天井の形も自由に変えることが出来る。その力で天使の扉にあったガラスのバリアも……」
「ええ! そんなに凄いの!」
 僕は恐怖を感じなくなるほど驚いた。そして、大感激して黄金の至宝を手に持った。これで、グッテンたちを助けられる。
 黄金の至宝は手に持つと、キラキラがより一層強くなる。
「軽いんだね」
 重さを微塵も感じないそれは、例えるなら中身がない小さい箱だ。

 女の頭の影が迫って来た。
「ヨルダン! 早く! その至宝で館の構造を変えるんだ!」
 雲助の言われたことをやってみようとした。

 ……

「構造? どうやったらいいの?」
「簡単さ。念じて捻じる」
 僕は黄金の至宝をグッテンたちがいた部屋を念じて捻じった。
 すると……。
 館の形……構造が眩い光と共に変化した。
 最初は100人のベットの部屋が目の前に現れ、その次は食肉動物園。次にはコルジンの部屋。
 館のあらゆる部屋……空間が動きだし、目の前が走馬灯のように変化していく。
 最後にグッテンたちのいる部屋が目の前に現れた。

「ヨルダン。これは一体……?」
 ブロンズ天使の像の近くのグッテンが僕に気が付き、驚いた顔で近付いてきた。
 僕はきっと、グッテンたちの目の前に突然現れた……?
「おチビちゃん? これは一体?」
「どうやったの?」
 コルジンとロッテが驚愕の表情で互いの顔を見合わせる。
「黄金の至宝さ」
 僕は両手の小さい箱をみんなに見せた。
「黄金の至宝……。これほどとは……恐らく、それは館の構造を変化出来る魔法の宝物なのだろう」
 賢いグッテンが状況をあっという間に把握した。

「いきなり館の形が走馬灯のようになって、気がついたらヨルダンが目の前にいたのよね」
「おチビちゃん。とんでもないものを見つけたな」
 僕は得意満面。みんなに自慢したくて、今まで起きたことをかなりの熱を持って話始めた。
「おチビちゃん。凄いぜ。俺が傍に居てやればよかったんだが」
 コルジンが珍しく眉間に皺を寄せて感心した。
「本当に素晴らしい」
「そうよね。私なら怖くてきっと死んでいたわ」
 三人の感嘆ぶりに僕は大喜び。さっそく、食料を探そう。みんなお腹が空いているはずさ。きっと、簡単に見つかるさ。僕には黄金の至宝があるんだ。

 ハリーの旅行はまだ1週間半はあるんだし、その間、原型館を隅々まで調べられるんだ。でも、キャサリンおばさんの焦げた顔のことがあるかしら?それなら後3日くらいで戻ってこよう。どちらにしても、僕の大好きなロッテの薬草があった方が良いに決まっているんだね。
「それじゃあ。まずは端っこへと行こう」
「ヨルダン。ちょっと待て」
 雲助が僕に待ったを掛けた。
「え、何?」
「その黄金の至宝は、一度行ったことがある場所でないと行けない」
「えー!」
「ここは当然。行った時のある場所。館の端っこは一度も行った時が無い場所」
 雲助が黄金の至宝の説明をみんなにしてくれる。
「雲助。君は凄いな。私でも解らない……。いや、古文書にもない知識だ」
「俺の知識はとある人物のものなのさ。誰だとは言わないでほしい。この館の秘密の一つで、それもかなり高度な秘密なのさ。つまり、言うと駄目」
「それじゃあ。館の端っこに行くには自力で行くしかないのか」
 コルジンが精悍な顔をした。

「それじゃあ。薬草を探すのも頼りになるのは自分の力なのね。困ったわ。早くキャサリンおばさんを治してあげたいのに」
 ロッテは可哀そうといった顔をしている。僕もその気持ちを持っている。けれど、きっと不可能じゃないはずさ。僕はこの黄金の至宝のいいところは館の亡霊に出会っても、もう絶対大丈夫だということだと思う。コルジンにだけ大変な思いをさせなくてもいいんだ。
「あら、そうそう。みんなお腹が空いているんだったわね。ホクロがいっぱい付いた顔の人。その部屋にはおいしそうなお肉があるのよね。今から食べに行きましょうよ。ホクロの人は死んじゃったから、悲しいけど。あのお肉は貰ってしまいましょうよ」
 ロッテの提案に僕も賛同した。だって、リグおじさんから貰った布袋の食糧は最早カラッポだし……。みんなお腹が空いている。

「そいつはいいや。じゃあ、早速黄金の至宝で一っ飛びだ。おチビちゃん、頼むぜ」
「私も黄金の至宝でどこかへと行ってみたいんだ。早速使ってみよう」
 コルジンとグッテンは興味津津を顔いっぱいに表した。
 僕は大得意に黄金の至宝を両手で捻じる。黄金の至宝はギュッと変形する。と、その前に……。
「雲助? みんなと一緒でも移動出来るの?」
「ああ。それは問題ない。でも、接触しないと駄目」
 それを聞いて、グッテンたちが僕の肩へと手を置いた。ロッテも僕の肩へと、その小さい手を置いた。久しぶりに僕の心臓は不思議な栄養を貰い。高鳴りだした。

「じゃあ。行くよ」

 僕は黄金の至宝を念じて捻じった。
 周囲の館の壁や天井が目に見えて、グニャリとしてきた。僕の気分も何も見えない歪みの中に引きずり込まれて、途方もない興味と好奇心の連続が湧き出。次の瞬間、ドカンと心に穴が開いた。それは今まで体験した時がない爽快な気分だった。

 次の瞬間。


「素晴らしい!」


 グッテンが空を仰いだ。

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