川の調べが聞こえる

主道 学

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川の調べが聞こえる

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 席から立った。
 先生に名指しされたからだ。
 後ろの席から失笑が聞こえる。
 眠い目を擦りながら、後ろの席を軽く蹴飛ばした。
 幼稚園からの腐れ縁で、名前も呼びたくなかった。
 ずっと、嫌な奴。
 私にちょっかいをしては、ケラケラと笑った顔は、今でも頭から離れない。胸を触った時もある。
 先生は優しい。
 黒板のチョークを掌で転がすのが癖のようで、何かをずっと待つときには、時折目立つ仕草だった。
「葉山。もう座って」
 先生が15分という時間に耐えられずに、私を席に座らせた。
 また、後ろの席から失笑。
 今度は後ろを睨むため。首を曲げると、予め用意していたのだろう。彼の人差し指が、ちょうど私の頬を抉った。

 下校時刻になると、決まって、優しくなる。
 彼は変わっていた。
 不思議だが、家も近いので一緒に帰ることにしているのだ。

「葉山。明日から……いやいい……」
「え? 明日から何?」
 空からの冷たい大粒の雨がぽたぽたと落ちてくる。
 きっと、部活か何かの話だろうと、その時は思っていた。
 高二で進路を決める。
 そう、彼は言っていた気がする。
 だが、高二になってはじめて彼は、少し変わった。
 いつもの嫌がらせだけじゃない。
 放課後になると急に優しくなるだけじゃない。
 その日の嫌がらせの一つ一つを謝るようになったのだ。
「今日は夕方から大雨だってさ。早めに帰って、暖かくしていろよ」
 整った目鼻立ちの彼は、背は私の肩に頭が二つ乗ったくらい。中学生の時には、女子に人気だった。けれども、高校の時からだ。
 急に周りによそよそしくなり、かなりの頻度で私だけに嫌がらせをしていた。
 
 家は隣で、今まで一緒に帰っていた。
 学校帰りは、いつも一緒だ。
 学校での嫌がらせは、一体何?
 私にはわからなかった。

 玄関を開け。
 キッチンに顔を出すと、もうすでに在宅ワークを半分終えた父が、番茶を啜り。母がパートから帰ってきていた。
「今まで、一緒だったのにねえ……」
「寂しくなっても、またいつか……だよな」
 そんな父と母の声が耳に入った。
 机に鞄を乗せて、ベットで仰向けになる。
 今日の出来事を整理してみると、こうだった。
 彼は部活じゃないな。
 引っ越し?
 転校?
 何?

 その日は、大雨が降り出し。
 得体の知れぬ寂しさが私を襲った。

 案の定。
 学校へ行くと、彼の席は空っぽだった。
 先生に聞くと、わからないんだといった。
 授業を聞いているような。聞いていないような心境だったと思う。
 眠気もなにもなく。
 その日は一人で家に帰った。

 また、ぽたぽたと大粒の雨。
 彼が交差点の向こうにあるレストランから姿を現した。
「葉山?」
 知らない間に走り出していた私は、彼の背に飛びついた。
 何故だろう。
 はじめて、心細いと感じていたのだろうか。
 一人で帰ることが、こんなにも心細いとは。
「俺……。学校辞めるんだ。両親が離婚して、バイトしないといけないんだ」
 私は泣いていた。
 彼の父は会社でも、あまり目立たない仕事をしていると遥か昔に聞いていたが、どうやらリストラなのではないかと、思った。
「もう新しい人生を歩けって、親父がいうから。俺、ここから調理人目指していくんだ。資格とかよくわからないけど、もう……」
「本当にそれでいいの?」
「いつかは……そうだな。いつかは働かないと」
「本当にそれでいいの?」
「くどいよ。でも、そうだな……」
 彼が俯いた。
 彼は泣いてなんかいないはず。
 でも、瞳から何か光るものが落ちていた。

 彼と一緒に帰っていた川のほとりに、佇むことが多くなった。私は彼のするべきことは、よく知っている。いずれは働かないといけない。けど、どうして? そんなことは、大切なことの後でもいいのではないか?

 空から落ちてくる大粒の雨。
 河川の静かな音色を聴いていた。
 悲しかったけど、きっと、ほんのちょっと待てばいいんだと、自分に言い聞かせてみた。
 けれども……。
 そうだ!

 私は、次の日に学校を辞めた。
 彼のファミレスで働くことにしたのだ。
 両親は不思議と反対しなかった。
 何故か、人には人の道があるんだけど、たまには一緒でもいいかな。と、呟いて。
 けれども、こうもいっていた。
 また、学校を始めなさいと……。
 それは、私と彼の将来のため。
 今はお金が必要で、また、すぐに学校が始まるのだ。
 そして、一緒の時間が増えて、また、一緒に帰るのだ。


 はじめてなのだろう。
 彼と掛け替えのない。人生を一緒に歩いて行く。
 ちょっと、嫌な。
 優しい奴だ。
 そう、私にはわかった。






































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