平和な日常は終わりを告げた――体格に恵まれぬ三十路の兵士が手にしたのは、触れた能力を己の力に変える『天賦転換』絶望から始まる遅咲きの英雄譚

よっしぃ

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オランド王国

第130話 聖女と悪魔、欺きの契約

 悪魔は、聖女リーンとの契約において、完全に悪魔の方がリーンに騙されてしまったのだ。

 悪魔は、リーンの「対価を先に」という要求を呑み、彼女が最も望んでいるであろう「若返り」を、契約の履行として先に行使した。悪魔の力により、リーンの体から、歳月が巻き戻されていくような感覚が走る。しかし、リーンは、悪魔が期待したような劇的な変化――例えば、若い頃の完璧な美貌を取り戻す――は起こさなかった。

 悪魔が契約の成就を求めようとしたその時、リーンは豪快に笑い飛ばした。

「うははははは! 馬鹿め! まさか、本当に先に若返らせるとはな!」

 悪魔は、自分が騙されたことに気づき、激昂した。契約の対価を確保する前に、力を提供してしまったのだ。

「なっ……貴様っ! この私を騙したのか! ひ、酷すぎる……! まるで……悪魔か!」

 悪魔は、文字通り悪魔をして悪魔と言わしめるほど、リーンの手腕に衝撃を受けていた。自らが使う欺瞞の手法を、人間、しかも聖女に仕掛けられ、成功されてしまったのだ。

「何を言うか! 元国王とアントンを騙しておいて、よくそんなことが言えるな!」リーンは、悪魔を指差し、さらに追い詰める。「お前はあの二人の心の弱みにつけ込み、利用した! 人間を騙すなど、お前たちの得意技だろう!」

 リーンは、悪魔の過去の行いを引き合いに出し、悪魔の論理で悪魔を糾弾する。そして、痛快そうに付け加えた。

「もっとも、騙される方が悪いんだがな! ぐははははは!」

 リーンの言葉は、悪魔にとって最大の屈辱だった。自分の得意技で騙され、さらにその失敗を、自らが過去に騙した愚かな人間どもを引き合いに出されて嘲笑される。そして、「騙される方が悪い」という、悪魔の論理そのものをぶつけられる。

 悪魔は怒りに震えたが、契約は契約だ。例え騙されて先に力を渡してしまっても、契約の形式は成立している。対価は得られなかったが、契約を破棄するわけにはいかない。リーンは、悪魔の力の性質を理解しており、契約の抜け穴を突いたのだ。

 結局、悪魔はリーンに何も得ることはできなかった。それどころか、不本意ながら彼女に(望んだほどではないにせよ)若返りの力を使ってしまった。悪魔は、この屈辱的な敗北に、リーンに対する激しい恨みを抱きつつ、その場から撤退するしかなかった。

 聖女リーンは、悪魔を騙し、打ち負かしたのだ。その手腕は、悪魔さえ舌を巻くほどだった。彼女は、単なる聖女ではない。長年人間社会の裏表を見てきた、深淵のような知恵と、豪胆さを持つ存在だった。

 そんなリーンの「悪魔退治」の一部始終を聞いたシルフィアは、驚愕と共に、何故か尊敬のまなざしをリーンに向けた。精霊たちと心を通わせる純粋なシルフィアにとって、リーンのような「人間的な」狡猾さは、理解を超えているが、ある種の畏怖を感じさせるものだったのかもしれない。

 結果として、聖女リーンは望んだような劇的な若返りはしなかったが、悪魔を出し抜き、その力を不本意ながら使わせることに成功した。悪魔は、再びレクスたちに手痛い一撃を食らわされた形となる。
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