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OVER DAYS
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しおりを挟む不自然にならない程度の間の後、短く返事をして、ステアリングを握り、後方などを確認。ウインカーを出して、車を発進させ、篠田は思考を続行する。
哉に呼ばれて指示を受け、車を運転し少女を迎えに行ってここまで送ったが、それらは全て哉の『私用』なのだ。そんなことに今更気付くほどに、篠田は哉を中心にして動くことについて何の疑問も持ち合わせていなかった。
更に言えば、哉も私用と知りつつ篠田を呼んだということになる。別に篠田など呼ばずに自分の車を持っているし、自身で解決できないわけではない。
篠田をもっと遅くに呼び、その前に済ませてしまえるようなことだし、済ませてしまうべきことだったと言える。
哉とて、篠田が社長の息がかかった中途半端な間者であることなど、最初から判っていたはずだ。
なのになぜ、致命傷になりかねない弱みとも言うべきあの少女を篠田に見せたのか。
試されているのかと一瞬頭を過(よぎ)るが泰然と平素の通りでひとかけらさえ篠田を疑わない様子。スタンスを今ひとつ読み取れない。だが、哉の思いも一つではないはずだ。
一応の信頼されている。そう思うことは自惚れからではない。その上で試されているのだ。
だからこそ、篠田の気持ちは揺れた。哉の信頼をとるのか、それともその父親のものを取るのかで。
哉のこれまでの仕事振りを見ていて、全力で補佐をしてきて、哉の為人はかなりの部分で把握できている。年は随分下だが、トップに立つべき人間が備えていなければならないものはほぼ習得している。会社と言うものは大きくなればなるほど、時折やや強引なくらいのトップダウンが必要になる。
重役が仲良く会議で決めていくと、そこに渦巻く駆け引きの為に、折角のプランが骨抜きになることも珍しくない。中途半端な決定は現場に混乱を齎し、動きを悪くして負のスパイラルへと否応なく流されて、結果損失を生むのだ。
トップに立つ人間がある程度、強引とも言える決定を下せるかどうかで、明暗は分かれる。
こと仕事に関して、哉には迷いがない。決定を下すまでに、哉は誰の手も借りず一人で煮詰まるほどに熟考する。様々な予測を立てて、最善の道を探し、決める時には迷わない。その面では例外である行野プラスティックの再生リスト復帰についても、すばやい決断、計画の策定と、最善を尽くす姿勢に変わりがなかった。
その哉が、行動を決めても実行に移すことに躊躇したのがどうやらこの『迎え』なのだ、きっと。
裏側に色々な思惑が混在していても、結局のところ、哉は一人で迎えに行くことができなかったのだと、篠田は確信する。
そしてそれを見届けることを要求されるのであれば、それ以上でも以下でもないもので返すことが、先へ繋がる。
確信はない。勝算も薄い。しかし、何を持って勝ち負けを決めるのか。負けるが勝ちとはよく言ったものだと思う。
青臭い感情で付いて行くことはできないが、醜い大人の打算で割り切ることは出来る。
哉が哉であり続けるのならば。
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