やさしいキスの見つけ方

神室さち

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アンバランスなキスをして

3-2 京都

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 卑怯だ。
 夏清達が十二人十四畳ほどの部屋に詰め込まれているのに、井名里の泊まっている部屋は普通だ。シングルベッドとユニットバスまでついている。
「不公平だわ」
 広くはないけれど、個室で一人でこの待遇だ。自分たちだけ恵まれた環境にいる大人が嫌いになりそうだ。引率者に対する宿の扱いは、生徒のそれとは全く違う。毎年変わる生徒より、毎年やってくる引率者への印象をよくしておく方が、宿として継続して利用してもらえるからだ。
「代ってやろうか?」
「結構です」
「つれないねぇ」
「修学旅行は学業の延長だって出発前に言ってたのはどこの誰よ?」
「アレは外向き」
 いけしゃあしゃあと言いきって、ひょいと後から抱きついて、夏清のメガネを外す。
「まさかココで?」
「そ」
「いま?」
「そう」
 拒否しようと振り向いて、そのまま唇をふさがれる。舌が割りこんできて、前歯をなぞる。
「ちょッ……ん、ふ」
 口をあけたことを後悔する間もなく、舌が絡んで言葉を続けられない。
 あっという間にジャージを脱がされて下に着ていたTシャツのすそから手が入っている。この素早さはなんだろう。
「んはっ! や、だっ……」
「お?」
 這い上がってきた手を、夏清が制止する。唇が離れた。
 自然に閉じた瞳を開けると井名里がニヤリと笑っている。
「ブラしてない?」
 …………!
 顔に朱が走る。もちろん夏清はこんな事態を想定していたわけではなく、ただ単に寝るだけだからと思って、ジャージの上着さえ着ていたらわからないだろうと風呂からあがったとき着けなかっただけだ。
「ちがっ!! 別に、寝るだけだから…」
「ふーん?」
 掴んでいた井名里の腕はあっさりと夏清の拘束を逃れる。逆に、夏清の細い腕が、がっちりと掴まれ、動けなくなる。
「大体、もうお風呂は行ったの! せっ……そう言うこと、したら、あとが困るから……やだ」
 至近距離で見つめ合う。息がかかるほど近くにお互いの顔がある。
「だって……来る前……いっぱいしたし……三日くらいしなくても……死なないでしょう?」
「知ってるか?」
「……なにを?」
「『死なない』のと『生きてる』のは違うってこと」
 井名里の顔が近づく。咄嗟に目を閉じて身を引く夏清の頬に、薄い唇の感触。
「屁理屈言ってないで……!」
 唇が顎から首へとなぞる。自然に顔が上がる。誘うように、井名里の前に白い首筋がさらされる。ごくりと夏清の咽が上下する。
「心配しなくても、痕つけたりしないさ」
「………ったり前でしょ!!」
 必死で体中で拒絶しようとする夏清に井名里が苦笑する。
「なあ、するのとココに痕つけるの、どっちがいい?」
「そっ……そんなの選べない!!」
 当然の答えをした夏清ののどに井名里の口がばくりと食らいつく。
「………っん! ぃッた……!」
 ごづ、と夏清が壁にぶつかる。いつのまにか、部屋の最奥に追い詰められている。
「はぁ……」
 井名里の唇がやっと離れて、夏清がほっとため息をつく。けれど、腕はまだ掴まれたままだ。
「先生、離して。もう帰らないと、点呼始まる……」
「大丈夫、俺が行かなきゃ始まらないから」
 そう言う問題じゃないだろう。そう言おうとしたのに、また唇がふさがれる。
「じゃあ、口でするのと痕つけるのとどっちがいい? 選ぶまでこのまま」
「どっちにしたって私ばっかり損するじゃない」
「俺は普通にやってもいいけど?」
 井名里の唇が、またのど元にあたる。その唇に、軽くついばむような力が入るのを感じて、夏清が慌てて叫ぶ。
「わかったから!! ……っちでっやるからっ!」
 もう、やけくそかもしれなかった。
 



 
 とにかく、早く終わってもらわないことには、夏清が開放されることはないのだ。
「んふ、は……」
 ちらりと見上げると、バカみたいに幸せそうな顔がある。普通の時もこのくらい、やさしい顔をしていたらいいのにと思うけれど、自分がすることで幸せになってくれるなら、構わないかもしれない。
 頭に添えられた井名里の手に少しだけ力がこもる。
 井名里が、自分から口ですることを、面と向かって言葉にして頼んできたのは、この三ヶ月ちょっとの間、これが初めてだ。
 しかし誘われて、なんとなくそうなって、やってる回数は結構……何度も……思い出したら、毎回、している……気がする。
「く、いい……」
 夏清の口の中に、先走りの苦味が広がる。もうちょっとだ、と思った瞬間、誰かがドアをノックした。
「うわっ」
「んグ……く」
 いきなり口の中のモノが肥大する。がっちりと頭をホールドされているので、逃れることはできない。
「井名里先生? いらっしゃいませんか?」
「………すいません、ちょっと、待ってもらえますか?」
 どくどくと、口の中に独特の味が充満する。鼻腔まで味が届くような、何度してもなれない感覚。
 ドアの外から聞こえるのは、学年主任の声だ。
「んんっふっ!!」
 涙目で見上げる夏清にやっと気付いた井名里が、無意識に力を入れてしまっていた手を離す。夏清は、せきこみたいのを両手で口を押さえて我慢しながら、口の中に残ったものまで飲み下す。
「悪い。点呼だ」
 涙でにじんだ視界の中に立ちあがって、さっさとスラックスを穿き、井名里が慌ててベルトを締めるのが見えた。
 冷蔵庫から烏龍茶を取り出してプルタブを開け、井名里が夏清に手渡す。
「悪い。行ってくる。オートロックだからそのまま出て。お前の部屋ラストにするから、落ちついてから帰れ。部屋のヤツらにはそれ買いに行ってたって言えばいいから」
 ごくごくと烏龍茶を飲んでも口の中がうまく動かない。なのでなにも言えない夏清が頷くのを見て、井名里は慌てて部屋から出ていった。
 口の中をすすいで、やっと一息つく。
 一息ついたあとで考える。
 井名里にとって、自分は一体なんなのだろう?
 考えたくない答えに行きつきそうで、夏清は目を閉じて烏龍茶をあおる。
「はー……帰ろう………」
 外したメガネをかけなおし、夏清はそっと、部屋を出た。
 
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