203 / 259
キミにキス
1-4 桜
しおりを挟む当の本人は周りにはべるSPなど気にも留めず、にこにことちいに負けないくらい上機嫌でデジタルビデオカメラをいじっている。もしかしたら、このくらいの注目を集めることなど慣れてしまって、大したことはないと思っているのかもしれない。
「どっちがメインか判らねぇぞ。それ見込んであの服か?」
誰かがフラッシュを光らせたことをきっかけに、他愛の無い動作をしていた公が被写体になっている。
「どうだろ。あのブランドは若いときからお気に入りだったから。似合ってきたのは最近だけど」
着るものについてはアレでこだわりがあるらしく、さらにそれなりにセンスも悪くないので実冴は口を出さないことにしている。
写真を撮られていることに気づいた公がにこやかに対応する様を、こちらは眺めているだけだ。
「それより私は親父様まで同じブランド着てるからちょっとびっくりしたよ」
黙って入学式のしおりに目を通していた数威が、聞こえなかったフリをしている。
「そうよ。今朝早く呼ばれるから何事かと思って屋敷に行ったら、継森といっしょになってクロゼットの中を右往左往してるの。後援会のパーティのときも継森に適当にスーツ選ばせていた人が、本気で悩んでるのよ。仕方が無いから目に付いた一番よさそうなのを私が選んだの」
大きな灰色熊と小さな白熊が洋服の森をうろうろしてるみたいでかわいかったわという独特の表現をして響子が笑う。いっしょになって実冴が笑い、ワケがわかっているのかいないのか、ちいも一緒になって笑っていたが、居心地が悪そうにしている数威を見ているとまるで自分のことのようで、礼良は唇が少し開いて端が少し上がったものの、笑ったわけではない。と言うより、笑えない。
親になってやっと親の気持ちがわかるというが、わかっても楽しいことはあまりない気がする。
ため息をついたとき、式の進行役らしき教師のアナウンスが入り、ピアノで奏でられるかわいらしい入場行進曲が始まって、場内のざわつきがぴたりと止まった。
「あ、おにいちゃんだ」
てけてけと歩いてくる子供たちの中から、ちいが真っ先に健太を見つけて指をさす。
「ちい」
「ごめんなさい」
礼良が伸ばされた手をつかむ前に、ちいがすばやくひっこめて、さらに実冴と自分の体の間に腕ごとすっぽり隠す。
大きなたれ目が上目遣いに礼良に向けられて、言外に謝ったからいいでしょう? と問い掛けている。
にらめっこに似た感覚だが、このごろ先に目を逸らしたり、閉じたりするのは礼良のほうだ。ほっておいたら延々じーっと見つめられつづける。
これまでも何度も注意してきたし、本人も『人を指差す』行為が相手に不快な思いをさせることがあるのでしてはいけないことだと理解している。ただ、考えるより先に体が動くのだろう。
すぐに謝っているが、最近開き直ってきている。
「わかってるなら気をつける」
「うん」
このやり取りをこれまでに何度してきたか知れない。健太のほうは、一度教えたことはちゃんと守って、同じ失敗を繰り返すことはあまりないのだが、ちいは何度も繰り返す。学習していないのではなくて『ついうっかり』やってしまうことが多い。
健太のような子のほうが珍しく、子供なので仕方がないといえばそうなのだが、どうにも見ていていらいらする。
勉強という範囲だけなら物を覚えたり、理解したりと言うことについて二人にそう違いはない。
ただ、健太は一を教えるとそれを忠実に覚えて理解し、二へ進もうとするのに対して、ちいは突然二を飛ばして三を思いついたりする。
兄弟だろうが別の人間なので、個性はあって当然なのだがわかりやすい比較対象があるので『つい』比べてしまう。
「お兄ちゃん一番?」
謝って、注意も受けて了解したので許されたと解釈したらしいちいが、入学生の名前のなかで健太がはじめに呼ばれたことに反応して実冴を見上げている。親の気も知らないでそのすっかり立ち直った様子に、ぐるぐると考えていたのがばかばかしくなる。
結局、毎回同じことを思い悩んでいる自分も同じなのだと気づいて、礼良はまた、今日何度目か知れないため息をついた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
199
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる