やさしいキスの見つけ方

神室さち

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キミにキス

5-3 楓

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「だからって、コレ?」
「……コレとか言わないで。どうしてあなたはそういうところばっかりお父さんに似るのかしら」
「そういうとこって、似てないよ全然っ」
「似てるわよ。ドアを開けるときノックしないとか、赤ちゃんみて開口一番で『コレ』っていうところとか。あの人ねぇ 健太のときもちいのときも言ったのよ『コレ?』って」
「……知らないよそんなの」
 さすがに、生まれたてのときのことなど覚えていない。
「だって、名前知らないもん。女の子なんだよね、名前は? もう決めたの?」
「ええ『みあ』ってつけようと思ってるの」
「……みゃー?」
「言うと思ったわ」
 みゃーという言葉に反応したのか、そのとおりの音でみあが泣き出す。はいはいと返事をして、夏清が抱き上げるとぴたりと泣き止んだ。
「ちーとみゃーか……」
「かわいいでしょ?」
「かわいいけど。わたしに『ちい』ってつけたのは絶対間違いだよ。この間大学の健康診断で測ったら、また伸びてた。これ以上はもういらないわ。でもみゃーならサイズ関係ないからよかったねー みあ。でも私とこの子、十八ちがうんだよね、十八歳と十ヶ月」
 先月の十一月に誕生日を終えている健太とは、二十歳違う。
「お母さんはともかく、お父さんだよ、モンダイは。自分が今何歳か知ってるの? この子が二十歳になったときあの人幾つよ? とうより生きてるつもり? 平均余命は今や下降の一途よ?」
「言わないであげてよ。あなたたちがさっさと親元からいなくなっちゃうから、お父さんなりに寂しかったらしいんだから」
「うそくさー」
 特に寂しかったというあたりが。
 成長するにつれて断片的に、けれど鮮明に思い出す小さいころの記憶の中の父親は、とにかくなにをするにもダメダメと言っていたことと、幾度となくひっかけられた低レベルゆえに抗えなかったいたずらの数々だ。
「わたしも寂しかったわよ」
「さらに輪をかけてうそくさいです。お母さんって、お父さんがいたらよくない? ほんとに。一緒に暮らして、お二人観察してて思うんですけど。まあね、いいけど」
 この両親は、怖いくらい仲がいい。ちいがいようがいまいが、べたべたと仲良くやっている。
「子供は人生の不確定要素なんですって」
「わたしらは余興かい」
 たしかに、ひょんなことから芸能という世界に入ってしまったちいは七つからほとんど親元を離れて暮らしていたし、兄の健太も九才になるかならないかの時にイギリスに行ってしまったので、こちらもすでに親とすごす時間よりも離れている時間のほうが長いだろう。
「そういえば、またカナダなんて、何しに行ってたの?」
「大学の友達とスキーしてくるって……書いてなかったっけ、置手紙」
「なかったわよ『ちょっとカナダに行ってきます』ってそれだけ書いて二週間もねぇ……でも最近の大学生ってお金もちなのねぇ」
「そうだよ。みんなすげーお嬢とかぼんぼんだよ。私は私のお金で行ったからね。ほら、おばあちゃんのところが出してた笑える調査結果。一目瞭然証明してるよウチの大学」
 おばあちゃんのところ、とは、北條総合教育研究所のことで、教育に関しての調査研究については国内で他の追随をゆるさぬ最大手研究所だ。
 その北條総研が二十年程前から行っている調査の一つに『子供の学力値と保護者の所得の対比』と言う一見かかわりのなさそうなものを調べたものがある。
 過去にもさかのぼり、調べられたその調査では、過去においてはさほど接点の見られなかった両者が、現代においてはほぼ比例するしている。
「ちいはちいがお金持ちだものねぇ」
 その調査を裏付けるかのように、ちいの通う大学にはお金持ちがあふれている。当然そう言った人種ばかりではないのだが、どうしても同じ環境で育ったものたちがグループを形成するため、本人も自覚するくらい金使いの荒いちいは、気づいたときには周りは親が金持ちの、金遣いの荒い友達しかいなかった。
「金持ちっつーか。気がついたら貯まってただけだもん。んー……でも、まぁ、たぶん、これからは使うばっかりになりそうだし」
 ちまちまと出ていた北條の塾のローカルCMが、コンペティティブで優秀賞を獲得したことがきっかけで、全国ネットで放映されるようになり、気がつけば有名人になってしまった。
 本人とその家族の意思に関係なく巻きこまれていく井名里家の面々をみて実冴が私にまかせておきなさいと、ちいをプロモートするだけのために会社を作り、嬉々としてマネージメントに精を出してくれたおかげで、ちいはあっという間に押しも押されぬ子役に仕立て上げられていた。
 もちろん礼良は子供を売るほど生活に困っていないと大反対だったが、なってしまったものは仕方がなく、響子にも説得されてしぶしぶ了承した。
 もともと趣味と言い切ってしゃしゃりでた実冴がピンハネすることもなく、ちいが稼いだお金はほとんどすべてちいのものになった。おそらく普通に暮らす限り、一生かかって使い切れるかどうかもわからないので、なるべくお金は使う方向で、というのがちいの個人的方針だ。
 CMのイメージからか、最初はバラエティなどで数学などの問題を解かされていたが、気がつけば子役としてドラマにも出るようになっていた。
 最初のころこそ加減がわからずに暴走しては熱を出していたが、それも次第に減っていって今では少々のことでは風邪もひかないまで健康になってしまった。薬は生きている間ずっと飲みつづけなくてはならないが、体力がついてきたので病気らしい病気もしない。
 子役としてデビューしたが、十五歳になったころから徐々に仕事は減ってきていた。両親に似たのだとしか思えないのだがすくすくというよりどんどん育って、現在身長も百七十八センチ。旅行に行く前に久しぶりにグラビア撮りをしたときのカメラマンに『でっかいちいちゃんだね』と言われたときはやかましいわと殴りかけた。
 雑誌に載るのは年が明けてからだが、その一言でかなり気が立っていたのでおそらくものすごく不機嫌で怒った顔をした写真に仕上るだろう。
 子役から人の目に触れすぎていたこともあるのだろうが、目新しいアイドルがわんさかと横並びになる年頃には、中心の場所は彼女たちのものになっていた。
 背が高すぎて他の男優と釣り合いが取りにくいのでドラマの仕事はほとんど端役だし、写真のなかのキレイに作り上げられた自分をみるのはあまり好きではない。
 舞台の仕事は、体力がついてきたとはいえ練習の時点でちいがついていける世界ではなかった。
 かといってテレビの仕事も特番やバラエティが重点になってきてなんだか違ってきたなぁと思ってきたころに、転機は訪れた。


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