やさしいキスの見つけ方

神室さち

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君は僕に似ている

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「えー いいじゃん、教えてよ。ホント、北條センセってチャラチャラして見えるのにガード固ぇ」
「チャラチャラは余計だし、年上には敬語を使いなさい。大体ねぇ 中学生相手にガードもなにもあるわけないでしょうが。十年早いわよ」
「十年も経ったら北條センセがヤバくなるじゃん。俺はいい男になるの間違いなしだけどさ」
 ああ言えばこう言う。そんな応酬に実冴が聊(いささ)かうんざりしだした時、場違いにバカっぽい声が割り込んできた。
「速人くぅん、いつまで待たせるの? こんなオバさんほっといて、あっちで踊ろうよ」
「そーそー みんなで踊りに来たんだからさぁ 一人だけこんなトコいたらしらけちゃうよ」
 身の丈に合わないブランド物のスーツを身にまとい、精一杯背伸びをしていることが丸わかりの装いに身を包んだ、速人と大して年の変わらないくらいの少女が二人、そう言いながら速人の腕をつかんで引っ張っている。その物言いには腹が立ったが、ここで大人げなくひと悶着起こして速人に纏わりつかれるより、体よく追い払う方を実冴は選択する。
「ほら、かわいい彼女たちが迎えに来てくれたんだから、仲間のところに行きなさい。それから、適当に切り上げて部屋に帰りなさいよ? 明日居眠りしてたら両手にバケツ持たせて頭にも乗せて、廊下に立たせるからね」
 ヒラヒラと手を振って、速人にだけ聞こえるような声音でそう言ってやると、しぶしぶ拗ねたような顔をしながらも速人がテーブルを離れる。
「北條センセの友達の人ッ! ぜってぇ 次、会ったら名前、教えてよ!」
 去り際の捨て台詞の様に速人がそう叫んだ後、少女たちを宥めるような笑みを浮かべて彼女たちの耳元に何かを囁いてやっている。少女たちはくすぐったいのか身を竦めながらも、速人の言葉にすっかり気を取り直したようにはしゃぐ様子が見て取れた。そんな三人の後ろ姿は、うごめく人影に紛れてあっと言う間に見えなくなる。
「もう会う事なんてないと思うけど。面白い子ね」
 すっかり温くなったカクテルを、いたずらに揺らしながら、今まで静かに笑って見ていただけの理右湖が堪えきれずに控えめにだが声を出して笑っている。
「教え子?」
「そ。超問題児。見てわかるだろうけど。あれで学年成績四番とか、ホントに世間舐めても仕方ないくらい頭はいいのよ、頭だけは」
「赤城の神崎、ね」
 確認するような理右湖の問いに、実冴は黙ったまま頷く。
「そう。父親の噂はよく聞いていたけど、蛙の子は蛙ってことなのかしらね」
「良く言うわ。私が止めなかったら養父母(おや)へのあてつけに、あっちに逃げようとしてたくせに」
「まさか。本気じゃなかったわよ。流石に、あてつけだけに妾になるほど落ちぶれちゃいないわ」
「今回のも、あてつけじゃなきゃいいんだけど」
 結婚を決めたことを揶揄る実冴に、理右湖が陰のある笑みのままため息を吐く。
「実冴こそ、この後どうするの?」
 この後、とは、とりあえず現在ついている教師を辞めたらと言う意味だ。
「べっつにー 何も考えてない。職業家事手伝い。結婚もねぇ 持ってくる見合い話がみんな次男か三男。婿養子とって家を継げって思惑が見え透いててわかりやすいのはいいんだけど、いい加減鬱陶しいわ。誰かガツンと長男の釣書と写真持ってきやがれって感じ」
 急旋回するような理右湖の問いに、異をぶつけるでもなく実冴も応じる。こんな猥雑な場所で語るべき話題ではなかったのだ。
「ダメよ。そんなのアンタ、ホイホイ応じて家捨てる気満々なのに、誰が持ってくるのよ」
 手の中にありすぎてどうしようもないくらいまで温くなったカクテルをテーブルに置いて、理右湖が笑う。
「次、なに飲む?」
「いいわもう。マンション強制解約されちゃって、実家暮らしだから、ボチボチ帰らないと」
「なんて言うか、強硬手段来たね」
「ま、仕方ないって思うより他にないかも。なんだかんだ言って、育ててくれたのは養父母(あのひと)たちだからね。結局、敷かれた線路の切り替えポイントを自分で選んできたと思っていても、行きつく先は同じなんだわ。実冴はどうするの? まだここにいる?」
「そうねぇ……このままいたらまたあのバカに捕まりかねないし、私も帰るわ」
 半分以上カクテルを残したまま、実冴もテーブルから離れる。
「アンタの場合、教師続けるのがいいかもね。少なくとも、まじめな人間の生活を送れるし」
「もうかなり、おなか一杯。一学期中にケリつけないと、そろそろボロが出そうで怖いわ。あーあ。期末、どうしてやろうかしら」



 体育祭と言う一大イベントが終わり、たるむ間もなく期末テストへのラストスパートが始まる。期末テストの結果如何で、あまりにも成績が落ちた生徒は二学期に現クラスから落とされる……などと言う噂がまことしやかに流れるので、みんな試験対策は念入りだ。
 が、中学二年一組に置いては、一教科だけ、何をどこにヤマを張ってテスト勉強をすればいいのかわからないものがある。
 その教科の、それなりにこれまでの傾向に沿って勉強して臨んだ中間試験では、真っ白い紙が配布され、各自右上にクラスと名前を記入して、テストの題目は口頭発表。ちなみに題目は『おいしいカレーの作り方について』。中学二年の男子に、なにを書けと言うのか。期末テストではどんな料理が題目になるのか、それとも料理ではない何かなのか。誰にもそれは分からない。つまり、礼良にとっては煩わしいことこの上ないのだが、慌しくテスト前に復習を試みて様々なことを聞いてくるクラスメイトから、確実に一教科分の労力を使わなくてよいと言う事なので、あの教師は気に入らないがその分負担は少なくて済むので好都合だ。
 授業は相変わらずのめちゃくちゃさで、最近は開き直ったので何をされても受け流す体制を築きつつあるが、相手をするのは面倒くさいことこの上ない。そんな事を笑顔の裏で考えている礼良も、さすがにその相手もまた、面倒くさいことこの上ないと頭を抱えながら期末テストの内容について知恵を絞っていることなど分からなかったのだが。
 結局、知恵を絞ったところで何もないところから絞れるものもまた、何もないのだ。
「あと、日本人の好きな食べ物って言ったら何かしらね。肉じゃが? 彼女に作ってほしいメニューナンバーワンのこれで行くか。でもなぁ もうちょっとひねりが欲しいところよね。同じ料理シリーズってのは、あまりにも芸がない感じ」
 総理大臣の名前をわかるだけとか、年号、以下同文。どうにもパッとしない。
 簡単に数を数えて得点が与えられるような問題ではダメなのだ。
「どっかころがってないのかしら。いい問題」
 明日……否、今日がテストの当日となったにもかかわらず、どうにも楽しい案が浮かばないまま、だぁっ! と叫んで、実冴が『学校まで車で三分』だからという理由でこの春から入居している、実は寮より学校に近い場所にあるマンションの一室で天井を見上げ叫んでいた。



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