やさしいキスの見つけ方

神室さち

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君は僕に似ている

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 ニュースで繰り返し冷夏と唱えているだけあって、ひどい猛暑で電力供給が追い付かず、大停電になった去年よりは、この夏は幾分か過ごしやすい。
 校舎内などは、ほとんど人がいなくなったせいか閑散さがそのままうら寒さに繋がっている。
「なあ! お前らって何? なんで氷川、んな平然としてるわけ? お前、もしかして前からこの優等生君がこんなんだったって知ってたのか?」
 階段の踊り場で速人に追いつかれ、矢継ぎ早の質問攻めにあった哉が、呼気を僅かに乱し薄い息を吐いて、ほんの少し、視線を逃がす。
「ノーコメント。だって」
「それってもう、答えだし」
 代わって答えた礼良の言葉に、真吾がほんの少し笑う。
「てか、てめぇも。なんでわかる。コイツの考えてることが」
「あ、そう言えば」
 当然の様に哉の思っていることを通訳した礼良に、速人が胡散臭そうにしている。
「俺なんかなー もう一年と三ヶ月ほど一緒にいるけど氷川が何考えてっか、ぜんっぜん、わっかんねぇぞ」
「神崎、そこ、威張るとこじゃない。一年と三ヶ月も一緒に寝起きしてたらなんとなくわかんないか?」
「そう言う真宮、お前はこのイナリクンの存在分かってたのかよ?」
「んー? 何となく? かな。一応同室だし? でもなんか、中を覗くのが怖くてさ、どうなのかなーとは思ってたけどなるべく触れない方向だった。出てきたのやっぱりこんな感じだったし」
「ダマされてたのは俺だけって言いたいのか。ああ?」
「いや、他のみんなもそうだし。井名里君完璧だったから」
 誰に会うこともなく昇降口までたどり着き、各々靴を履き替え、運動部員が午後からの練習に備えて準備運動をしている校庭を横目に、校門を抜ける。
 黙って歩く礼良と哉の後ろに、普段と変わらない調子で掛けあう速人と真吾が続く。
 メンツの分け方としても、いつも固定ではないものの、こんな別れ方が八割方だが、なんだか予定外に余計なものがついてきてしまったなと、礼良がふと横を歩く哉を見やる。
 その視線に気づき、前髪がちらりと揺れてその長い髪の向こうから応答するような視線が返る。
「いや、俺は別にコイツらがいようがいまいがどうでもいいんだが。哉が構わないならな」
 別に、と前に向き戻った視線を追わず、目的の大型書店がある駅前を目指す。
 書店で漫画や小説の新刊や参考書を眺めて哉が新書の小説を一冊、礼良がハードカバーの小説や実用書なども含めて数冊を、週刊少年漫画雑誌を挟んで、速人と真吾がじゃんけんをして負けた速人が支払いをする。
「哉、ソレ、面白い? 後で貸して」
 書店を出て、定食屋へ向かう。駅の下を通る地下通路を抜けてから、続きものの新刊らしい小説を購入した哉に礼良が尋ね、かすかに揺れた前髪を見て言葉の返事がないまま言葉を重ねる。
 甚(はなは)だ一方通行のように聞こえる礼良の声に、後ろでどちらが先に読むかまたじゃんけんをしていた真吾が、はいはいっと右手を挙げてジャンプしている。面倒そうに振り返った礼良に、若干睨まれてひくりと口の端をひきつらせたのち、いやあのその、と歯切れ悪くつづけた後、先ほどの無駄な元気をどこにやったのか何ともしどろもどろで不審な挙動を続ける。
「何。早く言え」
「だっ! だって、苗字じゃなくて、僕も二人の事名前で呼びたいとか思ったけど、こう、面と向かうとなんか……」
 この四人が属する一組は、一年と一学期過ぎた現在でも、皆苗字で呼び合っている。それはこの目の前にいる、礼良が優等生の仮面をつけている頃、頑(かたく)なに誰の事も平等に苗字プラス君で呼んでいたのをクラスメイト達が何となく真似をしていたからだ。
 当人がその箍を外したのであれば、今までの様に習う必要はないし、さらに言うと同じようにしなくてはならない理由はないのだが、折角だから混じりたい。とは言え、流石に勝手に馴れ馴れしくもなれないので、お伺いを立てねばならないわけだが、いざとなると何とも気恥ずかしい。
「あー そう。俺は除外なわけ」
「やっ! 違ッ とりあえずこの二人、で、神崎は次」
 真吾のカウントの中に己が算入されていないことに、速人が半眼で身を屈めて頭半分低い位置の真吾の視線に合わせて睨んでいる。
「あー 俺。お前の中の俺のランクが今、分かった。こいつらよりお前と仲良かったと思ってたけど気のせいだったわけね」
「わかったよ! じゃあ先に聞くけど、呼んでいいの、ダメなのどっち!?」
「いいに決まってんじゃん。真吾」
「え。僕まだ名前呼んでいいって言ってないんだけど」
「てめぇ……」
「ウソウソウソだって! 離せ! 痛い」
 ガっとヘッドロックを掛けられて、身長差を利用され軽く吊られた真吾がバタバタと暴れる。
「ってか、俺らみんなイイコのイナリ君に騙されて流されて名前で呼ぶタイミングをガッツリ逃してただけじゃン」
 ひゃひゃひゃと笑いながら、速人が腕の拘束を緩めて真吾を離す。
「人のせいにするな。別に、名前の呼び方なんて個々の自由だろ」
 速人の手から逃げて真吾は哉の近くに避難した。おもちゃが無くなってつまらなさそうな速人に、礼良が憮然と反論する。
「あのなぁ 自分が無駄に影響力持ってるって自覚あんだろ? 知ってて言うって本性性格悪いな。オイ真吾、ってことで、呼び捨てていいらしいぞ。個人の自由だってよ」
「えっ? あ、そうか。ってか、えーっと。哉、構わないか?」
 速人との間にいる──その攻撃の盾にしようとしていたのだから当然だが──哉に、真吾が窺うような視線を送ると、すいと哉の視線が動き、ちゃんと真吾を捕らえてから、小さく頭が上下した。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

東京大停電。で、検索をかけると、どのくらいの年代のつもりで書いてるかばれます。実際に起こった過去なのです。これを機に東電が頑張ったんで、その後この規模の停電はないはず。

余談ですが、近畿在住の私は子供のころ「関西電力を関電って略してたら、関東も関電なのでは…」って思ってた。東京電力って知って「東電ッ!!」ってなりました。



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