やさしいキスの見つけ方

神室さち

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君は僕に似ている

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 寮は、受験に備えて家に帰らない高校三年生に合わせて、盆も正月も滞在が許可されている。しかし、全く実家に帰らない人間はそうはいない。例外的に、家族が海外へ赴任していて帰る家、家族が日本にいないと言う者もいるが、そうでない者は大抵年に一回くらいは帰省する。
 哉はこんな調子なので、自分から家族のことなど全く話さないが、それでも日本でも有数の企業財閥の御曹司であることは同級生はもとよりおそらくほとんどの生徒が知っている。親の仕事の関係上なのか、将来を見越してなのか学友となって取り入ろうとして玉砕していく族(やから)が去年一年だけでも両手で余るほどいたのだ。
「コイツもなんか根深そうだけどよ。やっぱ帰らねぇのか。どうする? 俺んちは一人や二人増えたところで構わねぇけど?」
「三人でもいいなら」
「通訳が普通に会話してんだろ……いいけどよ、別に。つーか、一クラスくれぇでも軽い」
「どんだけでっかい家なんだよ」
 さらりと三十人でも大丈夫と言った速人に、真吾が目を丸くする。
「田舎なんだよ。盆正月っつったらな、親戚一同百人くらい集まるぜ? 日帰りできるトコからばっかりじゃねぇから半分くらいは何泊かするし、そん時しか使わねぇ食器とかも大量にあるし、当然車で来るから駐車場も無駄に広いしな。でも山しかねぇから長居はつまんねぇかもな」
「海ならウチに来たらいいよ。車で三十分くらいだから。ま、ウチは三人が限界だけどな」
「あー いいなそれ。ウチで真吾んちで……」
 速人と真吾の視線が、同時に礼良に向く。
「……何を期待している? 言っとくが俺の家は都内でここと変わり映えしないぞ。親父の地元は超が三つくらいつくくらいの、周り山と畑と田んぼしかない、一番近いコンビニまで車で二時間かかる、午後八時には真っ暗になるような田舎だ。海も遠い」
「都内でいい都内で。俺、執事見てみたい執事」
「僕も見たい、生執事!!」
 遠まわしに来るなと言うニュアンスで言っても、まるで動物園の柵の中の生き物を見に行く小学生のような顔で二人が騒ぐ。
「なぁ 哉も見たいだろ? 執事」
 真吾の問いかけに、哉が首を横に振る。
「もしかして、哉ん家(ち)にもいるとか? 執事」
 その質問には曖昧に首を傾(かたむ)ける。
「執事っちゅー名称じゃねぇけど似たようなのはいるのか」
 思考途中なのか、徹底して速人には反応しないつもりなのか、首は傾いたままだ。
「人ん家にナニがいようが構わないだろう。哉は別に見に来なくていいよな?」 
 傾いていた首が、再度横に振れる。
「本」
 ほん。と単語だけ述べた哉に、真吾がきょとんとする。散々執事で盛り上がってしまっていたので、本と言う単語に反応しきれない。目を見開いたのは真吾だけではなく、礼良もその単語に軽く驚いている。
「言ったことあったか? ウチの書庫の話なんて」
「井名里家の古書蒐集は有名」
「俺の爺さんの代の話だぞそれ。まあ、残ってるけどな。見たいのか?」
 細めの首が折れるのではと思うほど、コキンと哉の首が前後に揺れる。
「んじゃ 決まりなー 帰って日程決めようぜ、日程。あ、そうそう、ちなみにウチ、いるから」
「ナニが?」
「座敷童。みたいなもん。ウチ、無駄に広いじゃん。んで、普段人がいないとこから、足音とか聞こえんの、子供の。廊下とか階段とか、走ってるんだ。で、ドアの前でピタッと止まって──」
 速人が、人差し指と中指を動かし、人が走っているようなジェスチャーをし、それを真吾の前で止める。
「ウソ!?」
「マジ。怖くなった? いやなら来なくていーんだぜ?」
「逆! 僕そういうの全然見たことないから見てみたい!」
「いや、執事と違って姿は誰にも見えないんだけどな」
 驚かすつもりだったのに喜ばせてしまい、肩透かしを喰らった速人の突込みは、哉を捕まえて何やら興奮気味にまくしたてている真吾には届いていない。
 肩透かしは喰らったが、なんだかより一層、己の家に遊びに来るのを楽しみにしている様子の真吾に速人も悪い気はしなかった。ふふんと鼻で笑って、隣を歩いている同じくらいの背丈の礼良を見やると、同じように少し斜に構えたような笑みを刻んでいる。
「ナニ? そういうの信じないタイプ?」
「非科学的ではあるが頭ごなしに否定はしない」
「なんか喜んじゃってるから言いづらいんだけど、ヤツの気配、感じられる人間とそうじゃないのがいるんだよな。俺の兄貴とか、全然だし。逆にもう、布団の周り、走り回られてうるさくて眠れないって親戚もいる」
「おもしろそうだな」
「ぜってー、礼良んトコには出てこねぇと思うけど」
 未知なるものになんだか挑戦的な笑みを浮かべている礼良に、速人がふっと鼻で息を吐く。
「哉は懐かれそうだな」
「無意識のうちに連れて帰ってそうだよな。ってそれヤバくね? 座敷童って確かいなくなったら没落だよな!?」
 脳裏に小さい子供と差向いでお手玉をしている哉を思い浮かべてしまってから、座敷童の言い伝えを思い出した速人が慌てた様子で尋ねてくる。
「それはないだろう。ああ言うものは『人』ではなく『家』に憑くものだ。そう簡単に離れられんはずだ」
「ならいいんだけどなー」
 グダグダとつまらない話をしていれば、あっと言う間に時間は過ぎて、気づけば寮が見えている。大きいのと小さいのに分かれてしまったためか、三十メートルほども差がついていたので、寮の玄関先で立ち止まり、追いつくのを待つ。
「あっ 菓子買うの忘れてた。真吾ー ちょっと買い出し付き合え」
「えー どんだけ買うつもりよ?」
「スナック菓子かさばるじゃん」
 追いついた真吾の首根っこを掴んで、速人が少し向こうにある小売店を目指して行ってしまう。
 外で待つ必要もないので、別段何か示し合わせたわけでもないが礼良と哉は各々自室へ戻るべく、寮へ入ると、玄関先で何かを受け渡している生徒が目に入る。
 まず見えたのは、こちらを向いている人物。とにかくいろいろうわさが絶えない恐ろしいほど整った顔をした先輩、次能都織。一般常識がなく、常軌を逸するような行動をとる変人として大変有名人と言える。本人と一度でも言葉を交わしたものはそのバカっぽいペースに彼が実はとても頭が良いと言う事を忘れてしまうが、他の生徒は何をやっているのか、彼は現中学三年生の主席だったりする。
 礼良たちの方に背を向けて立っている人物は顔を見なくても分かる。
 つい先週まで金髪だったのに、今日は何とも形容しがたい青っぽいような、グレーっぽいような髪色に変わっている。当人はかなり目立たない人格なのだが、その髪色と、傍にいる無駄に目立つキャラクタをもつ異母弟の存在によって全生徒にそのフルネームを記憶されているであろう、緒方未来だ。


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