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第7章 世界は変化する
第9話 テレビ会議
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「靴は脱いでお上がりくださ~い」
サニーとミュスティーは戸惑いながらもブーツを脱ぎ、フィアはいつものようにレーベンに足を拭いてもらっていた。
「あ! 逃げ出しにくいようにとかそういうのじゃないですからね!?」
言い訳のようだが、これは蒼が作ったこの家のルールだった。いくら週に一回自動クリーニングが発動するとはいえど、家の中で靴を履くのは落ち着かない。だからアルフレドもレーベンもオルフェもライルも素直に従っていた。
蒼は客人をテレビが置かれてあるリビングへと通す。
アルフレドはミュスティーから離れない。表情はいつも通りで落ち着いているが、雰囲気は全く違う。
(流石戦士の末裔……)
彼はもう魔王を逃す気はないのだ。先祖代々魔王は倒すべき存在だと、そういう風に教え込まれている。フィアも同じように彼らから視線を逸らさない。レーベンはミュスティーが魔王ということより、フィアの反応を見て少し不安に思っているようだった。その様子を見るに、どちらかというと聖獣の血が流れているというヴォルフの方が全面に出てきているのではないかと思われた。そのくらい『目』が違う。
「オルフェ~。お茶入れるの手伝って」
「こ! こんな時にお茶だと!?」
意外だったのは、オルフェが案外冷静だったことだ。
(絶対に大騒ぎすると思った)
彼も半分グリフォンという聖獣の血が入っているからか、彼は今の魔王の強さがなんとなく察せられるのだそうだ。
『アオイにちょっかい出した時に真顔でこちらを見ているアルフレドの方が怖い』
という評価だった。
「こんな時だからだよ~……間が持たなくなったら嫌だし」
「確かに今あちらの部屋には行きたくないな」
ダイニングでお湯をわかしながらオルフェは身震いした。気まずく重々しい空気が漂っていそうな別室のことを想像して。
「……テレビ会議とはどういったものですか」
「うわぁ! ビックリした!」
突然ダイニングに入ってきたのは、しばらく茫然自失状態だったライル。やっと頭が再起動できたようだ。
蒼は冷蔵庫からオレンジジュースの入ったボトル瓶を取り出し、戸棚からポテトチップスとポップコーンそれにチョコレート菓子を取り出して大皿へ。オルフェが先ほどバターサンドを食べたばかりではという視線を向けていた。
「う~んとですね」
手を動かしながら伝える内容を考える。
「まずテレビっていうのは私がいた世界では一方的な情報伝達に使われたり、文化の面でも大きな役割があって……」
しかし途中で、いやいやこれは今話すことではないぞと言葉を止めた。
「あれで御使と連絡が取れるんです」
ガシャン! と、オルフェがカップを落としてしまった。
「初耳だが!?」
「黙っててごめんね」
えへ。と蒼は誤魔化す。
「だいぶ端折ったようですが……まあその話はまた後ほど」
ライルはテレビ本来の機能が気になったようだが、彼もまた今その話をするべきではないと深追いするのを堪えた。
「テレビを、あの画面を通して御使と会話ができるんです。時差なく連絡がとりあえます」
「通信ということですね」
「そうです。そういう魔法道具があるんですか?」
「短距離短時間のものは開発したことが……失礼。また話がズレますね」
オルフェが何の話をしているんだと顔をしかめながら割れたカップの破片を片付け始めた。
「それで。会議と言っていたが、御使と何を話すつもりかね」
「う~ん……魔王を助けられるのって御使くらいしかいないよね……?」
他にいる? と、ライルとオルフェの方を見る。
「助けるつもりなんですね」
「だって少なくともあの二人は何か悪いことをしたわけではないんでしょう?」
嘘がわかるライルは素直に頷いていた。
「悪いことの行き着く先だろう」
世界の澱みが魔王を生み、彼の力を強めていく。とはいえライルは蒼がきちんと考えて行動しているか心配になり、苦言を呈しているだけのようだった。彼もまた本人から聞いていたのだ。
『死にたくない』
その言葉を。彼が三百年前に兄を庇って世界から消えかけていた時、やはりそう強く感じたことを思い出したのだ。だから魔王のその気持ちを否定することはできない。
「特級神官の御神託と同じであっちからの連絡待ちですけど……まあとりあえず最低限のことはしてきました」
家に戻る直前、蒼は直前に発見した地下通路で繋がっている神殿の跡地へ行き、いつものなんちゃってお祈りポーズをとっていた。
『リルケルラさん! テレビ前で待ってます!』
と、心の中で強く唱えながら。別の御使が祀られた神殿だが、やるだけのことはやっておかねばと。
リルケルラとテレビ越しに話したのは一度だけ。その会話の最後にあちらから言ってきたのだ。何かあれば神殿で強く祈ってくれ、と。
(私と連絡をとること自体はたぶんそんなに難しいことじゃないのよね~)
だが今の家には蒼意外がたくさん住んでいるので遠慮している、そんな節が前回の交信からは感じ取れていた。
トレーに乗せたお茶やお菓子のセットだけを見たら、これから映画鑑賞会でもするのかと蒼が元いた世界の人間なら思っただろう。
「……お待たせしました~……」
案の定リビングはシーンと静まり返っていた。テレビ画面ももちろんまだ暗いまま。御使の住む世界の時間感覚はわからないので、とりあえず待つしかない。
「僕やります」
「ありがと」
レーベンがすかさず飲み物を配る。少し緊張しながら、だが丁寧にミュスティーに希望を尋ねていた。
「ワタシはその明るい色のものを飲んでみたい」
「オレンジジュースですね。甘酸っぱくて美味しいですよ」
サニーによると、生まれてから二人は質素な生活を続けていた。『与する者達』は魔王を利用しようとしていながら、魔王と関わるのを避けていた。魔王自体を心の底で嫌悪し、恐れていたのだ。ブリベリアにある森の中の小さな古屋で見張られながら暮らしていた。
ミュスティーはポテトチップスもパリパリと言わせながら興味深そうに食べ続ける。そしてその姿を全員が凝視していた。
そうしてお菓子を食べ切った頃、プツンと音が鳴ってテレビ画面が光始める。
◇◇◇
「お久しぶりです」
画面に現れたリルケルラは、以前のような軽いノリではなかった。こちらの世界に初めて召喚された時、ほんの一時だけ取り繕っていた時のような、よそ行きの表情をしている。
一瞬大きく息を吸い込み、アルフレドとレーベン、そしてフィアはすぐさま床に膝をつき頭を下げていた。オルフェは驚いてただ目を見開き、ライルはその見開いた目を瞬きすることもなかった。
「リルケルラ。久しぶり」
ミュスティーがそう声をかけた。彼はライル・エリクシアと同じように過去の魔王の記憶を引き継いでいる。ただミュスティーに言わせると一冊の『魔王』という本が頭の中にあるだけで、それ以上でもそれ以下でもないということだった。
「お互い記憶だけですがね」
そしてそれはリルケルラも同じだった。一代前のリルケルラの記憶のみ引き継いでいる。
リルケルラの表情は読み取れない。魔王に対してどんな感情を向けているのか。
「ギールベルトとアーレイドはいないのだな」
これは御使達のトップの二柱。人の世界では御使ギールベと御使アーレイと呼ばれている。
「私に一任されているので」
「随分と余裕だな。私が人になっているからか」
「その通り」
二人で淡々と会話を続けるのを、蒼達は見守っていた。
「しかし、よくも我々に助けを求めようと考えましたね」
これは嫌味だ。そりゃあ一度散々な目にあわされたのだから言いたくもなるだろうと蒼は思ったが、
(ちょっとずついつものリルケルラさんに戻ってきてるぞ~)
と、関係のない心配が沸き始めていた。彼も御使というキャラは大切にしているのではないかと。
「ワタシの案ではない。アオイが考えた」
急に話を振られて蒼はビクッと体を震わす。
「リルケルラさ……様に何かお力をお借りできたらと。今の魔王は人に直接手を下しておりませんし」
「……ですが、魔王が存在するだけで魔物が力を増してしまいます」
蒼の態度にリルケルラは一瞬戸惑った。なんせ初対面の時は対応を問題視され上司を召喚させられた相手なのだから。
「……いいえ! いいえ! ミュスティーはその力を抑えています!」
サニーが突然声を上げた。魔物の暴走すら魔王の影響でないと。
「そのための人の体です! 戦士の末裔の感知のスキルにも、天才と謳われたライル・エリクシアの魔法道具すらギリギリまで感知できないほどです。ただの魔物に何の影響が与えられましょう!」
「確かに、あの黒い鎖……」
人為的な魔物の強化を確かに蒼達は確認していた。
サニーの必死な訴えを聞いたからか、リルケルラは優しく、気の毒そうな声色になっていた。
「先に答えを言っておきましょう。我々は地上の世界には直接干渉できません。これは遥か昔、魔王が地上に手出しをして私欲を貪ったことを機にできなくなりました」
以前ライルが言っていた、魔王が御使の世界で大暴れした時の話だ。
「ただ、だからと言って魔王が我々と同じ異空間にやってくることがあれば全力で排除します」
今度は毅然とした態度になる。御使にとってもあまりにも危険すぎる存在。それが魔王。
予想通りの答えだ。最初に御使は地上にいる魔王を直接倒せないと言っていた。だから助けることも難しいだろうと。だから蒼はすでに返事を考えていた。
「この空間は? この空間も異空間ですよね?」
だけどミュスティーは、今の魔王はここにいる。排除されずに。
「異空間といえど色々あるのです。ここはその中の一つ。我々のものとはまた別のものです」
「でも地上ではない」
「……屁理屈ですがその通り」
じゃあきっとこの異空間の取り扱いは曖昧なのだと、蒼はリルケルラの反応を見て確信した。ちょっと嫌そうな、だけど蒼がいう言葉に期待をしている表情。
「これと同じような空間をください」
「!!?」
蒼以外の全員が驚いて言葉を失っていた。御使相手によく言うな、というのがこの世界の住人の大半の感覚だ。
「魔王の扱いは御使様も困っていらっしゃるご様子。地上でも御使様達の空間でもなければ影響はないのでは?」
「……その案、なかったわけではありません。ですがこれまでの魔王には到底受け入れられる内容ではなかった」
異空間にいれば、魔王は地上の影響を受けない。逆もまた然り。
今度は全員がサニーとミュスティーの方へと視線を向ける。
「今はあえてミュスティーと呼びましょう。ミュスティー。貴方にこれと同じ空間を与えたとして、これまでのように魔王ではなく、魔王を宿した人として生きるつもりはありますか?」
「ある」
リルケルラの問いかけにミュスティーは即答した。
「サニー。貴方は命の限り、ミュスティーがミュスティーのままでいるために努力をしてくれますか?」
「もちろんでございます」
サニーは目に涙を溜めていた。まさか普通に生きる道が突然開けるとは思ってもみていなかった。
リルケルラは最後に小さく息を吐いた。
「では、そのように手配いたしましょう」
サニーとミュスティーは戸惑いながらもブーツを脱ぎ、フィアはいつものようにレーベンに足を拭いてもらっていた。
「あ! 逃げ出しにくいようにとかそういうのじゃないですからね!?」
言い訳のようだが、これは蒼が作ったこの家のルールだった。いくら週に一回自動クリーニングが発動するとはいえど、家の中で靴を履くのは落ち着かない。だからアルフレドもレーベンもオルフェもライルも素直に従っていた。
蒼は客人をテレビが置かれてあるリビングへと通す。
アルフレドはミュスティーから離れない。表情はいつも通りで落ち着いているが、雰囲気は全く違う。
(流石戦士の末裔……)
彼はもう魔王を逃す気はないのだ。先祖代々魔王は倒すべき存在だと、そういう風に教え込まれている。フィアも同じように彼らから視線を逸らさない。レーベンはミュスティーが魔王ということより、フィアの反応を見て少し不安に思っているようだった。その様子を見るに、どちらかというと聖獣の血が流れているというヴォルフの方が全面に出てきているのではないかと思われた。そのくらい『目』が違う。
「オルフェ~。お茶入れるの手伝って」
「こ! こんな時にお茶だと!?」
意外だったのは、オルフェが案外冷静だったことだ。
(絶対に大騒ぎすると思った)
彼も半分グリフォンという聖獣の血が入っているからか、彼は今の魔王の強さがなんとなく察せられるのだそうだ。
『アオイにちょっかい出した時に真顔でこちらを見ているアルフレドの方が怖い』
という評価だった。
「こんな時だからだよ~……間が持たなくなったら嫌だし」
「確かに今あちらの部屋には行きたくないな」
ダイニングでお湯をわかしながらオルフェは身震いした。気まずく重々しい空気が漂っていそうな別室のことを想像して。
「……テレビ会議とはどういったものですか」
「うわぁ! ビックリした!」
突然ダイニングに入ってきたのは、しばらく茫然自失状態だったライル。やっと頭が再起動できたようだ。
蒼は冷蔵庫からオレンジジュースの入ったボトル瓶を取り出し、戸棚からポテトチップスとポップコーンそれにチョコレート菓子を取り出して大皿へ。オルフェが先ほどバターサンドを食べたばかりではという視線を向けていた。
「う~んとですね」
手を動かしながら伝える内容を考える。
「まずテレビっていうのは私がいた世界では一方的な情報伝達に使われたり、文化の面でも大きな役割があって……」
しかし途中で、いやいやこれは今話すことではないぞと言葉を止めた。
「あれで御使と連絡が取れるんです」
ガシャン! と、オルフェがカップを落としてしまった。
「初耳だが!?」
「黙っててごめんね」
えへ。と蒼は誤魔化す。
「だいぶ端折ったようですが……まあその話はまた後ほど」
ライルはテレビ本来の機能が気になったようだが、彼もまた今その話をするべきではないと深追いするのを堪えた。
「テレビを、あの画面を通して御使と会話ができるんです。時差なく連絡がとりあえます」
「通信ということですね」
「そうです。そういう魔法道具があるんですか?」
「短距離短時間のものは開発したことが……失礼。また話がズレますね」
オルフェが何の話をしているんだと顔をしかめながら割れたカップの破片を片付け始めた。
「それで。会議と言っていたが、御使と何を話すつもりかね」
「う~ん……魔王を助けられるのって御使くらいしかいないよね……?」
他にいる? と、ライルとオルフェの方を見る。
「助けるつもりなんですね」
「だって少なくともあの二人は何か悪いことをしたわけではないんでしょう?」
嘘がわかるライルは素直に頷いていた。
「悪いことの行き着く先だろう」
世界の澱みが魔王を生み、彼の力を強めていく。とはいえライルは蒼がきちんと考えて行動しているか心配になり、苦言を呈しているだけのようだった。彼もまた本人から聞いていたのだ。
『死にたくない』
その言葉を。彼が三百年前に兄を庇って世界から消えかけていた時、やはりそう強く感じたことを思い出したのだ。だから魔王のその気持ちを否定することはできない。
「特級神官の御神託と同じであっちからの連絡待ちですけど……まあとりあえず最低限のことはしてきました」
家に戻る直前、蒼は直前に発見した地下通路で繋がっている神殿の跡地へ行き、いつものなんちゃってお祈りポーズをとっていた。
『リルケルラさん! テレビ前で待ってます!』
と、心の中で強く唱えながら。別の御使が祀られた神殿だが、やるだけのことはやっておかねばと。
リルケルラとテレビ越しに話したのは一度だけ。その会話の最後にあちらから言ってきたのだ。何かあれば神殿で強く祈ってくれ、と。
(私と連絡をとること自体はたぶんそんなに難しいことじゃないのよね~)
だが今の家には蒼意外がたくさん住んでいるので遠慮している、そんな節が前回の交信からは感じ取れていた。
トレーに乗せたお茶やお菓子のセットだけを見たら、これから映画鑑賞会でもするのかと蒼が元いた世界の人間なら思っただろう。
「……お待たせしました~……」
案の定リビングはシーンと静まり返っていた。テレビ画面ももちろんまだ暗いまま。御使の住む世界の時間感覚はわからないので、とりあえず待つしかない。
「僕やります」
「ありがと」
レーベンがすかさず飲み物を配る。少し緊張しながら、だが丁寧にミュスティーに希望を尋ねていた。
「ワタシはその明るい色のものを飲んでみたい」
「オレンジジュースですね。甘酸っぱくて美味しいですよ」
サニーによると、生まれてから二人は質素な生活を続けていた。『与する者達』は魔王を利用しようとしていながら、魔王と関わるのを避けていた。魔王自体を心の底で嫌悪し、恐れていたのだ。ブリベリアにある森の中の小さな古屋で見張られながら暮らしていた。
ミュスティーはポテトチップスもパリパリと言わせながら興味深そうに食べ続ける。そしてその姿を全員が凝視していた。
そうしてお菓子を食べ切った頃、プツンと音が鳴ってテレビ画面が光始める。
◇◇◇
「お久しぶりです」
画面に現れたリルケルラは、以前のような軽いノリではなかった。こちらの世界に初めて召喚された時、ほんの一時だけ取り繕っていた時のような、よそ行きの表情をしている。
一瞬大きく息を吸い込み、アルフレドとレーベン、そしてフィアはすぐさま床に膝をつき頭を下げていた。オルフェは驚いてただ目を見開き、ライルはその見開いた目を瞬きすることもなかった。
「リルケルラ。久しぶり」
ミュスティーがそう声をかけた。彼はライル・エリクシアと同じように過去の魔王の記憶を引き継いでいる。ただミュスティーに言わせると一冊の『魔王』という本が頭の中にあるだけで、それ以上でもそれ以下でもないということだった。
「お互い記憶だけですがね」
そしてそれはリルケルラも同じだった。一代前のリルケルラの記憶のみ引き継いでいる。
リルケルラの表情は読み取れない。魔王に対してどんな感情を向けているのか。
「ギールベルトとアーレイドはいないのだな」
これは御使達のトップの二柱。人の世界では御使ギールベと御使アーレイと呼ばれている。
「私に一任されているので」
「随分と余裕だな。私が人になっているからか」
「その通り」
二人で淡々と会話を続けるのを、蒼達は見守っていた。
「しかし、よくも我々に助けを求めようと考えましたね」
これは嫌味だ。そりゃあ一度散々な目にあわされたのだから言いたくもなるだろうと蒼は思ったが、
(ちょっとずついつものリルケルラさんに戻ってきてるぞ~)
と、関係のない心配が沸き始めていた。彼も御使というキャラは大切にしているのではないかと。
「ワタシの案ではない。アオイが考えた」
急に話を振られて蒼はビクッと体を震わす。
「リルケルラさ……様に何かお力をお借りできたらと。今の魔王は人に直接手を下しておりませんし」
「……ですが、魔王が存在するだけで魔物が力を増してしまいます」
蒼の態度にリルケルラは一瞬戸惑った。なんせ初対面の時は対応を問題視され上司を召喚させられた相手なのだから。
「……いいえ! いいえ! ミュスティーはその力を抑えています!」
サニーが突然声を上げた。魔物の暴走すら魔王の影響でないと。
「そのための人の体です! 戦士の末裔の感知のスキルにも、天才と謳われたライル・エリクシアの魔法道具すらギリギリまで感知できないほどです。ただの魔物に何の影響が与えられましょう!」
「確かに、あの黒い鎖……」
人為的な魔物の強化を確かに蒼達は確認していた。
サニーの必死な訴えを聞いたからか、リルケルラは優しく、気の毒そうな声色になっていた。
「先に答えを言っておきましょう。我々は地上の世界には直接干渉できません。これは遥か昔、魔王が地上に手出しをして私欲を貪ったことを機にできなくなりました」
以前ライルが言っていた、魔王が御使の世界で大暴れした時の話だ。
「ただ、だからと言って魔王が我々と同じ異空間にやってくることがあれば全力で排除します」
今度は毅然とした態度になる。御使にとってもあまりにも危険すぎる存在。それが魔王。
予想通りの答えだ。最初に御使は地上にいる魔王を直接倒せないと言っていた。だから助けることも難しいだろうと。だから蒼はすでに返事を考えていた。
「この空間は? この空間も異空間ですよね?」
だけどミュスティーは、今の魔王はここにいる。排除されずに。
「異空間といえど色々あるのです。ここはその中の一つ。我々のものとはまた別のものです」
「でも地上ではない」
「……屁理屈ですがその通り」
じゃあきっとこの異空間の取り扱いは曖昧なのだと、蒼はリルケルラの反応を見て確信した。ちょっと嫌そうな、だけど蒼がいう言葉に期待をしている表情。
「これと同じような空間をください」
「!!?」
蒼以外の全員が驚いて言葉を失っていた。御使相手によく言うな、というのがこの世界の住人の大半の感覚だ。
「魔王の扱いは御使様も困っていらっしゃるご様子。地上でも御使様達の空間でもなければ影響はないのでは?」
「……その案、なかったわけではありません。ですがこれまでの魔王には到底受け入れられる内容ではなかった」
異空間にいれば、魔王は地上の影響を受けない。逆もまた然り。
今度は全員がサニーとミュスティーの方へと視線を向ける。
「今はあえてミュスティーと呼びましょう。ミュスティー。貴方にこれと同じ空間を与えたとして、これまでのように魔王ではなく、魔王を宿した人として生きるつもりはありますか?」
「ある」
リルケルラの問いかけにミュスティーは即答した。
「サニー。貴方は命の限り、ミュスティーがミュスティーのままでいるために努力をしてくれますか?」
「もちろんでございます」
サニーは目に涙を溜めていた。まさか普通に生きる道が突然開けるとは思ってもみていなかった。
リルケルラは最後に小さく息を吐いた。
「では、そのように手配いたしましょう」
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