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第二章 師匠の墓はどこ?
第15話 遺品整理
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少々忙しい日が続く。ノアがやってきた日の翌日、メルディはダルク、ユーリ、そしてエリオと共にキルケ郊外へとやって来た。一昨年亡くなった家主の遺品整理のためだ。
「買い付けとアドバイス?」
「ああ。うちが買い取りたい物、他所で売った方がいい物、残しておいたお方がいい物の説明をね」
「うちじゃなくて他所で売るアドバイスまで!?」
何気なく答えるダルクに、あまりにも人が良すぎるのでは? と、メルディは心配になった。
屋敷内の広々とした食堂で、繊細な陶器の人形を梱包中のユーリが得意顔で見習い魔法使いの方へと振り返る。
「こういう仕事は資産家の口コミが大事なんだよ~貴重な品物をゆっくり鑑賞できるし、何よりこの街の場合、面白いものが出てくる可能性も高くって」
昨日ダルクが大まかにチェックし、今日はフォリア・アンティークス買い取り分の回収作業が半分メイン。もう半分はメルディが大きくかかわっている。面白いものが出て来たのだ。ちなみに、ユーリもエリオも大学へ行くべきところを、面白そうな気配を感じて今日は無理やりついてきている。
「魔法関係のものがちょこちょことね。来てもらえてよかった」
アンティークカップを梱包しながらダルクもご機嫌だ。
「へへっ実はちょっと楽しみなんです」
メルディの最近の密かな趣味は、彼女が千年前を去ってから後の、魔法の発展に触れることだった。
(当たり前だけど、千年前のものより五百年前のものの方が残ってる可能性は高いしねぇ)
魔法の力が細やかになり、徐々に衰退していく物悲しさはあるが、同時に創意工夫によって世界に食いついていく気合いも見えるのだ。
「遅れてすみません! 急遽入ったオンライン会議が長引いてしまって……」
慌ただしい足音と共に、男性が食堂の扉を開いた。この屋敷の現在の主、パトリック・ロヴェナ。だが今はこの屋敷ではなく、首都アメロアで生活している。前家主である父親の遺産を整理しようと休暇を取ってキルケの街に戻ってきているのだ。
(これが企業戦士……!)
前夜にユーリから聞かされた単語をメルディは頭の中で唱えた。それを教えるユーリに呆れた視線を送るエリオも見ているので話し半分に聞いていたが、なるほど、非常に仕事熱心なようだ。
メルディは千年後に転移してから、こういったタイプとの交流はほとんどない。旧市街地で出会うのは、学生に個人事業主、教師陣や観光客、そして魔法使い達。だからこそパトリックのようなタイプはメルディには新鮮だった。
「現代社会じゃパトリックさんの方が一般的かもしれないけどねぇ」
こっそりダルクがメルディに伝え、メルディも相手にバレないように眉を上げる。
(そっか……新市街地みたいな街の方が多いんだっけ?)
千年後に馴染み始めたつもりだったが、そう簡単にはいかないのだと、メルディはほんの少しだけ心細くなった。
「父が、自分に何かあったらダルクさんのところにお願いするよう言っていたのがよくわかりました。私の都合で時間の融通が利かないのに、アドバイスまでいただいて」
「いえ。こちらとしてもいい仕事をいただけて助かってますよ」
長い廊下をぞろぞろと全員で移動する。パトリックはハキハキとしたよく通る声だ。
「魔法関連は私にはよくわからなくって。ちょっと怖い分野ですしね。専門家に見てもらって助かります」
彼はまだ学生であるユーリやエリオ、ただのアンティーク店の店員であるメルディにも丁寧な姿勢を崩さなかった。ただし、魔法に関してはどうやらネガティブな感情を持っている。
「一番高値が付くのはオークションというのはうちの弁護士からも言われたんですが、できるだけ早めに処分したくって。博物館に寄贈しようと思ったんですが……」
それに慌ててストップをかけたのがダルクだった。うちの専門家に見せてから考えてくれないか、と。それでパトリックも、自身が把握していないというのは外聞が悪いかもしれないと考え直したのだ。
家主が書斎の部屋の鍵を開ける。他の部屋よりも更に重厚感のあるその扉には、ここではメルディにだけ感じ取れる魔力の気配を纏っていた。
(守りの魔術……消えかけてる……いつかけられたんだろう)
この街には時々こうして、マグヌス以外の魔力の痕跡も残っていた。キルケにやって来る観光客の半分は、この残された痕跡に引き付けられているのではないか、というのは半分メルディの願望だ。
「遺物審査局の検査の証明書はあったんで、危ない物ではないと思うんですが。なにしろ百年前の証明書ですしねぇ」
大きな鍵のついた金庫の中には大小様々な魔法アイテムが。
「キース・ロヴェナの魔術書があるじゃないですか! それも固有魔術!」
ユーリの声が大きくなっている。固有魔術とはいわば師から弟子へと引き継がれる秘伝の魔術だ。初歩的な魔術以外がこうして本として残されているのは珍しい。
「ええ。我が家最後の魔法使いが書き記したものと言われています。確か、セフィラーノ・アルベリーニの弟子だったとか」
ロヴェナ家はかつて魔術師の家系として有名だった。ここキルケの街ではまだその記憶を持つ人間は多いが、世間一般的には、専門家や学者のみがその知識を持っている程度。
「ご先祖が残されたものを手放していいんですか? そりゃあ博物館は喜ぶでしょうが」
優しくダルクが尋ねる。彼は亡くなったロヴェナの前当主と知り合いだった。これらを大切にしていたことも。
「魔力も持たない私が持つよりよっぽど有意義でしょう。我が家がこの街に貢献できる最後の奉仕にもなりますし」
アンティーク商の優しさも理解しつつ、パトリックは現実的に考えているようだ。彼はこの屋敷を手放すつもりでいた。先祖代々が暮らしていた街だが、彼の生活は首都にある。
「窓の結露を一掃する魔術……煙突の煤汚れを掃除する魔術……」
興味深そうにメルディがその魔術書を読み進めている。メルディのいた時代より、魔術はピンポイント化が進んでいた。より魔力を効率よく使うために生みだされたのだと彼女は理解している。
(千年前だったら水流系の魔術をいじって勢いで掃除しちゃってたしな)
より細分化されていった魔術の変遷をメルディは楽しんでいる。
「……これ読むだけで使えるのか?」
こっそりとエリオが尋ねた。メルディが熱心にその内容を読み込んでいるのに気付いたのだ。ユーリは、金庫の中にあるサラマンダーの脱皮殻に興奮したり、ピクシーの翅に叫び声をあげたりと忙しそうにしている。
「うん。あとで試してみようかな」
煙突掃除は出番がなさそうだが、結露の掃除ならまだまだ出番がありそうだ。
「これは!?」
ユーリでも見たことがない、手のひらサイズの銀製のペガサスの置物が出て来た。羽根が動くように作られている。
「ああそれはたしか、羽根を押すと……」
パトリックは少し懐かしそうにそれを手にとって、ペガサスの羽根をそっと押し込んだ。ゆっくりと、まるで生きているかのようにその置物は動き始め、主の腕を助走をつけるように駆け上がり、一気に飛び上がった。
「すごいすごいすごいっ!」
「これは見事だ」
部屋中に歓声が響いた。
「子供用の魔道具だそうです……昔は父にねだってよく動かしてもらっていました」
部屋を飛び回っているペガサスを見るパトリックの瞳はギラギラしたものが消え、穏やかになっていた。長らく魔法とは無縁の世界で暮らしていたが、これを見てワクワクしていた頃の自分を思い出していたようだ。
メルディはメルディでこのペガサスに感動している。彼女の時代には”子供向け”なんて魔道具は存在しなかった。
(子供を楽しませるためだけに作られてたんだ)
そんなことにいちいち感動してしまう。なんて豊かなんだろう、とも。生きていくのに精いっぱいだったあの頃を思い出しながら。
「あっ! いけない!!」
突然ペガサスが軌道を変え窓へと突進し始めた。
「スタグナオブムテスク」
「おっと」
メルディの魔術に合わせ、空中で動きを止めて落ちてきたペガサスをエリオがキャッチした。
「よかったぁ~」
大きく息を吐いたのはユーリとダルク。そして、
「あ、ああああ、あああああああ!!!!!」
叫び声を上げたのはパトリックだ。残念ながら喜びの叫びというより、悲鳴に近い。真っ青になっている。先ほどまでのできるビジネスマンの姿は綺麗サッパリなくなっていた。
「お、落ち着いて……」
「うわっうわああああ! 今! 今! ま、ままま魔法を……!!」
先ほどまでと別人のようだ。息も絶え絶えに言葉を絞り出しているパトリックに、フォリア・アンティークスからやってきた四人は、
⦅とんでもないことになってしまった……!⦆
と、揃いも揃ってオロオロとしたのだった。
「買い付けとアドバイス?」
「ああ。うちが買い取りたい物、他所で売った方がいい物、残しておいたお方がいい物の説明をね」
「うちじゃなくて他所で売るアドバイスまで!?」
何気なく答えるダルクに、あまりにも人が良すぎるのでは? と、メルディは心配になった。
屋敷内の広々とした食堂で、繊細な陶器の人形を梱包中のユーリが得意顔で見習い魔法使いの方へと振り返る。
「こういう仕事は資産家の口コミが大事なんだよ~貴重な品物をゆっくり鑑賞できるし、何よりこの街の場合、面白いものが出てくる可能性も高くって」
昨日ダルクが大まかにチェックし、今日はフォリア・アンティークス買い取り分の回収作業が半分メイン。もう半分はメルディが大きくかかわっている。面白いものが出て来たのだ。ちなみに、ユーリもエリオも大学へ行くべきところを、面白そうな気配を感じて今日は無理やりついてきている。
「魔法関係のものがちょこちょことね。来てもらえてよかった」
アンティークカップを梱包しながらダルクもご機嫌だ。
「へへっ実はちょっと楽しみなんです」
メルディの最近の密かな趣味は、彼女が千年前を去ってから後の、魔法の発展に触れることだった。
(当たり前だけど、千年前のものより五百年前のものの方が残ってる可能性は高いしねぇ)
魔法の力が細やかになり、徐々に衰退していく物悲しさはあるが、同時に創意工夫によって世界に食いついていく気合いも見えるのだ。
「遅れてすみません! 急遽入ったオンライン会議が長引いてしまって……」
慌ただしい足音と共に、男性が食堂の扉を開いた。この屋敷の現在の主、パトリック・ロヴェナ。だが今はこの屋敷ではなく、首都アメロアで生活している。前家主である父親の遺産を整理しようと休暇を取ってキルケの街に戻ってきているのだ。
(これが企業戦士……!)
前夜にユーリから聞かされた単語をメルディは頭の中で唱えた。それを教えるユーリに呆れた視線を送るエリオも見ているので話し半分に聞いていたが、なるほど、非常に仕事熱心なようだ。
メルディは千年後に転移してから、こういったタイプとの交流はほとんどない。旧市街地で出会うのは、学生に個人事業主、教師陣や観光客、そして魔法使い達。だからこそパトリックのようなタイプはメルディには新鮮だった。
「現代社会じゃパトリックさんの方が一般的かもしれないけどねぇ」
こっそりダルクがメルディに伝え、メルディも相手にバレないように眉を上げる。
(そっか……新市街地みたいな街の方が多いんだっけ?)
千年後に馴染み始めたつもりだったが、そう簡単にはいかないのだと、メルディはほんの少しだけ心細くなった。
「父が、自分に何かあったらダルクさんのところにお願いするよう言っていたのがよくわかりました。私の都合で時間の融通が利かないのに、アドバイスまでいただいて」
「いえ。こちらとしてもいい仕事をいただけて助かってますよ」
長い廊下をぞろぞろと全員で移動する。パトリックはハキハキとしたよく通る声だ。
「魔法関連は私にはよくわからなくって。ちょっと怖い分野ですしね。専門家に見てもらって助かります」
彼はまだ学生であるユーリやエリオ、ただのアンティーク店の店員であるメルディにも丁寧な姿勢を崩さなかった。ただし、魔法に関してはどうやらネガティブな感情を持っている。
「一番高値が付くのはオークションというのはうちの弁護士からも言われたんですが、できるだけ早めに処分したくって。博物館に寄贈しようと思ったんですが……」
それに慌ててストップをかけたのがダルクだった。うちの専門家に見せてから考えてくれないか、と。それでパトリックも、自身が把握していないというのは外聞が悪いかもしれないと考え直したのだ。
家主が書斎の部屋の鍵を開ける。他の部屋よりも更に重厚感のあるその扉には、ここではメルディにだけ感じ取れる魔力の気配を纏っていた。
(守りの魔術……消えかけてる……いつかけられたんだろう)
この街には時々こうして、マグヌス以外の魔力の痕跡も残っていた。キルケにやって来る観光客の半分は、この残された痕跡に引き付けられているのではないか、というのは半分メルディの願望だ。
「遺物審査局の検査の証明書はあったんで、危ない物ではないと思うんですが。なにしろ百年前の証明書ですしねぇ」
大きな鍵のついた金庫の中には大小様々な魔法アイテムが。
「キース・ロヴェナの魔術書があるじゃないですか! それも固有魔術!」
ユーリの声が大きくなっている。固有魔術とはいわば師から弟子へと引き継がれる秘伝の魔術だ。初歩的な魔術以外がこうして本として残されているのは珍しい。
「ええ。我が家最後の魔法使いが書き記したものと言われています。確か、セフィラーノ・アルベリーニの弟子だったとか」
ロヴェナ家はかつて魔術師の家系として有名だった。ここキルケの街ではまだその記憶を持つ人間は多いが、世間一般的には、専門家や学者のみがその知識を持っている程度。
「ご先祖が残されたものを手放していいんですか? そりゃあ博物館は喜ぶでしょうが」
優しくダルクが尋ねる。彼は亡くなったロヴェナの前当主と知り合いだった。これらを大切にしていたことも。
「魔力も持たない私が持つよりよっぽど有意義でしょう。我が家がこの街に貢献できる最後の奉仕にもなりますし」
アンティーク商の優しさも理解しつつ、パトリックは現実的に考えているようだ。彼はこの屋敷を手放すつもりでいた。先祖代々が暮らしていた街だが、彼の生活は首都にある。
「窓の結露を一掃する魔術……煙突の煤汚れを掃除する魔術……」
興味深そうにメルディがその魔術書を読み進めている。メルディのいた時代より、魔術はピンポイント化が進んでいた。より魔力を効率よく使うために生みだされたのだと彼女は理解している。
(千年前だったら水流系の魔術をいじって勢いで掃除しちゃってたしな)
より細分化されていった魔術の変遷をメルディは楽しんでいる。
「……これ読むだけで使えるのか?」
こっそりとエリオが尋ねた。メルディが熱心にその内容を読み込んでいるのに気付いたのだ。ユーリは、金庫の中にあるサラマンダーの脱皮殻に興奮したり、ピクシーの翅に叫び声をあげたりと忙しそうにしている。
「うん。あとで試してみようかな」
煙突掃除は出番がなさそうだが、結露の掃除ならまだまだ出番がありそうだ。
「これは!?」
ユーリでも見たことがない、手のひらサイズの銀製のペガサスの置物が出て来た。羽根が動くように作られている。
「ああそれはたしか、羽根を押すと……」
パトリックは少し懐かしそうにそれを手にとって、ペガサスの羽根をそっと押し込んだ。ゆっくりと、まるで生きているかのようにその置物は動き始め、主の腕を助走をつけるように駆け上がり、一気に飛び上がった。
「すごいすごいすごいっ!」
「これは見事だ」
部屋中に歓声が響いた。
「子供用の魔道具だそうです……昔は父にねだってよく動かしてもらっていました」
部屋を飛び回っているペガサスを見るパトリックの瞳はギラギラしたものが消え、穏やかになっていた。長らく魔法とは無縁の世界で暮らしていたが、これを見てワクワクしていた頃の自分を思い出していたようだ。
メルディはメルディでこのペガサスに感動している。彼女の時代には”子供向け”なんて魔道具は存在しなかった。
(子供を楽しませるためだけに作られてたんだ)
そんなことにいちいち感動してしまう。なんて豊かなんだろう、とも。生きていくのに精いっぱいだったあの頃を思い出しながら。
「あっ! いけない!!」
突然ペガサスが軌道を変え窓へと突進し始めた。
「スタグナオブムテスク」
「おっと」
メルディの魔術に合わせ、空中で動きを止めて落ちてきたペガサスをエリオがキャッチした。
「よかったぁ~」
大きく息を吐いたのはユーリとダルク。そして、
「あ、ああああ、あああああああ!!!!!」
叫び声を上げたのはパトリックだ。残念ながら喜びの叫びというより、悲鳴に近い。真っ青になっている。先ほどまでのできるビジネスマンの姿は綺麗サッパリなくなっていた。
「お、落ち着いて……」
「うわっうわああああ! 今! 今! ま、ままま魔法を……!!」
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