奇跡と言う名のフォトグラファー

青木 森

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続章_85

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 ヒカリが美しい夕景を優雅に堪能している一方で、必死の形相で廊下を爆走するハヤテとサクラ、そしてツバサ。
 手を伸ばす先、高笑いの尾を引きながら逃走する新津屋、千穂、ツバメの背が。
「待ちやがれぇーーー! イカサマ書類を返せぇーーーーーー!」
「先輩待ってぇーーーーーー!」
「会長殿ぉ、待って下さぁーーーーーーい!」
 新津屋は「ハッハッハッ」と高笑いを上げ、
「イカサマとは異な事を! 署名は確かに東海林ヒカリ君がした物なのだよ!」
「騙して書かせたクセに何言ってやがるぅ! だいたい『お悩み相談部』って何言ってんだぁ!」
 追い掛けながらの詰問に、新津屋は逃げながら、
「生徒諸氏の悩み相談は教師ではなく、同年代の、信頼のおける者との方が話しやすいのではないかと、今回の一件で痛感したのだよぉ!」
「だからってぇ! 何でコミュニケーション能力の低い俺らなんだぁーーー!」
 自虐的に困惑笑いを浮かべると、新津屋達がいきなり急ブレーキ。
「「「!」」」
 全力で追いかけていたハヤテは慌てて止まろうとしたが止まり切れず、減速したところに勢い余ったサクラとツバサが背後から、
「わぁ!」
「なっ!」
 追突!
「げぇーーー!」
 勢いそのままハヤテを下に三段重ねの状態で、新津屋の足元までヘッドスライディングした。
「イテテテ……二人とも大丈夫かぁ?」
「う、うん。ハヤテくん、ごめんねぇ」
「ハヤテ君、申し訳ないでありますぅ」
 三段重ねのうつ伏せ状態のまま、互いの無事を確認し合っていると、
「怪我はないかね?」
 頭上から降り注ぐ、温和な声。
「「「!」」」
 三人が顔だけ上げると、そこにはいつもの作り笑顔とは違う、穏やかな、凪の様な笑みを浮かべる新津屋の顔があった。
(なんて温良な笑顔なんだろ……)
 サクラが思わず見とれていると、
「写真部諸氏よ、私は南君の心を解放してくれた君達に感謝の念を禁じ得ないと共に、その根底にある「人の痛みを知る者」の持つ優しさを、高く評価しているだよ」
 いつもの、人を小馬鹿にした態度とは明らかに違う真摯な物言いに、
「「「…………」」」
 ハヤテ達は呆気にとられて言葉が出ず、笑みを浮かべる新津屋を、ただただビックリ顔で見上げていると、新津屋はそんなハヤテ達の傍らに屈み、
「立場的に教員と変わらない生徒会が相手では、生徒諸氏は心を開いてくれないであろう。どうか無力な私に代わり、悩みを抱えた生徒諸氏の、良き相談相手となってはくれまいか……」
 静々と頭を下げた。
(なんて……なんて優しい色をする人なんだろ……本当に、心から学校のみんなの事を心配している……)
 サクラは、今日まで新津屋との間にあった様々な疑念や不信の全てが、一瞬にして消し飛ぶ感覚を覚え、至誠を以って頭を下げる姿に只々感動した。
 と同時に他人から評価され、必要とされている事実を知り嬉しく思った。
(こんな私でも、人の役に立つ事が出来る……のかな……)
 自身の中の可能性に気付かされたサクラは、
「は、ハヤテくん、私、」
 言いかけた矢先、ツバサも同じ事を思ったようで、
「ハヤテ君、私はやってみたいであります!」
 後れを取ってしまったが、サクラも、
「わ、私も! どこまで出来るか分からないけど、やってみたい!」
 そのキラキラとした眼差しに、ハヤテは意外そうでりながらも、
「…………」
 そこはかとなく嬉しそうな表情で二人を見つめた。
 元よりハヤテが申請書類を必死に取り返そうとしたのも、コミュ障のサクラとツバサが、見知らぬ生徒と話をする事で心に負う負担を心配していただけの事であり、その二人からの「自身を変えたい」との意味を持った申し出ならばハヤテに断る理由がある筈も無く、フッと小さな笑みを浮かべ、
「わぁ~たよ。ただ、新津屋先輩の掌で踊らされている感が否めないのが、少し腹立たしいけどなぁ」
 皮肉った笑みで新津屋を見上げると、新津屋は「ハッハッハッ」と高笑いを上げながら立ち上がり、
「ナイトボーイ! 陰口は陰でするモノだよぉ!」
「陰口じゃなくて嫌味だからいいんスよ」
「ハァーハッハッハッ!」
 ハヤテの笑顔に、新津屋は愉快そうな更なる高笑いを一つ上げると、騒ぎを聞きつけ集まった野次馬生徒達に向け、
「生徒諸氏よ、聞いて欲しいぃ! 今ここに『写真部兼お悩み相談部』が誕生した! 悩みを持つ者は一人で苦しみを抱え込まず、是非写真部の扉を叩いて欲しい! 彼等は決して君達を裏切らない! 『新津屋一族』正当後継順位一位であるこの『新津屋岳』が、その名を以って保証するぅーーーッ!」
 その演説は、茶化す事を許さないほどの威厳に満ち満ちていた。
 足元にハヤテ、サクラ、ツバサの三人が、未だ折り重なり合い、床に這いつくばったままではあるが。

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