小河内ムーンライト

夢酔藤山

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「ジョーじゃねえか、どうだ、元気にしてっか」
 元のバンドメンバーと再会したのは、小河内村へ行く鉄道の切符を買った、すぐのことだった。
「解散したこと、隣のバーのマスターに聞いた」
「陸軍がピリピリでなあ。もう、銀座でジャズは出来ないよ」
「寂しいなあ」
「俺、帝国ホテルのラウンジで演奏してるんだ。一人きりだけどよ、よかったら一緒にやらねえか。たぶん、これきりになるだろうけど、俺はお前のサックス好きだったぜ。それに、あのバンドリーダーの事も好きじゃなかった。お前を干したとき、つい殴ろうと思ったよ。しなかったけど」
「ありがとう」
「な、サックス聴かせてくれよ」
「サックスは売っちゃったよ。今は手風琴やっている。どこでもピアノ弾いているみたいだろ?」
「そうか、残念だ。でも、それでもいいよ。お前、都落ちするんなら、最後に高級ホテルで演奏していけ、な?」
 嬉しい言葉だった。
 上寺智はその好意に甘えた。
 帝国ホテルのラウンジでの演奏は、それは幸運なことであった。
「この楽譜さ」
「ムーンライト・セレナーデだろ。ああ、俺もやりたかったんだ。試しに、弾こう。俺のギターと、お前の手風琴でも、十分らしいものになるよ」
 本当のスケール感は、もっと奥深いのだろう。
 この日、初めて演奏したムーンライト・セレナーデは、上寺智の心に強く響いた。この曲をあのクラブでやってみたかった。未練だが、それでも帝国ホテルで演奏できただけでも、十分に満喫した。
 いい曲だ。
 もう二度と、これを演奏することはないのだろう。
「君に幸あれ、ジョー」
 旧い仲間はそう云って見送った。
 日比谷から歩けば、東京駅はすぐだった。
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