軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第51話 悪党の横顔

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 説得に成功したレンホルムはメネラウスを連れて、車で州境を超えて現地豪族たちの説得に向かった。
 二人を見送った後、ラファティは何か思うところがあるのか、私の傍から離れて自分の小隊を連れて村の周囲の哨戒に向かった。
 そして私は最低限の護衛だけを連れて村の視察へ繰り出した。村の各所で警邏に出ていた州軍の兵士たちは私とすれ違うたびに敬礼をしてくれた。
 私が通り過ぎると任務に戻る。兵士たちには村の各地を回る時に村人と組むように指示しておいた。
 現地人との交流はスムーズな行軍に必須なのだ。
 私の狙いは上手くいっているようで、兵士たちの警邏に懸ける士気は高いように見受けられた。
 そんな時だ、村と兵士たちが行きかう風景を撮影しているヒンダルフィアルと道端で遭遇した。

「よう、お嬢さんじゃないか」

 ヒンダルフィアルは人懐っこい笑みを浮かべてこちらへ近づいてきた。

「さっきの演説すごかったな。最高の悪党の誕生に立ち会えた。そんな気がする。これはその記念だ。ぜひとも受け取ってくれ」

 ヒンダルフィアルは一枚の写真を渡してきた。
 その写真にはさっきまでの演説していた私の姿が映されていた。
 撮った奴の腕がいいのだろう、モノクロながらに鮮明に写るその姿は美しかった。
 写真に写る私の笑みには悪魔のような笑みがはっきりと刻まれていた。

「あら、お綺麗な写真だこと。本当に腕はいいんですね。でもわたくしが求めた可愛さが足りません。もっとこう見る人すべてがわたくしにキュンキュンするような出来に仕上げてほしいものですね」

「あんたにキュンキュンは向かないと思うぞ。こんなに悪い顔が似合うんなら、そこらのキャピキャピした女の子にはとてもじゃないけどなれないだろうな。だけどあの時のあんたはきっとディアちゃんさえ目じゃない美人だった。俺はそう思うよ。マジで」

 …なんだろう私史上もっとも嬉しい褒め言葉だよ。
 本来なら他の女の子と比較して褒めるとかマジ萎えるんですけどー、ていうか美人って言われるより自分で選んだアクセとかー、頑張ってセットした髪型とか褒めてほしいんですけどー、ほんと男って気がきかないよねー、とか言ってるところだけど。
 あのギムレーより美人!あのギムレーよりもだよ!
 やべぇ私輝きすきなんじゃ…。

「あらいやだわ。あのギムレーさんより美人だなんて。オホホホ。…ボーナスは期待していいですよ」

「よっしゃ!これであとは乗り込むだけだな」

「いいえ。実はもう一つ不安要素があります」

「不安要素?なんだそれ?」

 実はまだ州境を超えることに不安がある。それは。

「兵士の士気と遵法精神です」

「…ああ。確かにそうだ…。州境を軍隊で超えるのは反逆罪に問われかねない違法行為。兵士たちがビビるかもしれないって事か」

「そうです。確かに州軍はアイガイオン家の軍隊ですが、同時に法律に縛られる官僚機構です。法律に反する行為はやりたがらないものです。ですが対策はちゃんとあります」

 軍隊は独立性と自己完結性が高いからよく勘違いされがちだが、官僚機構の一種だ。
 官僚機構というものはちゃんと法律に従うものだ。
 なぜならば自由に動いて何かあったときに責任を取りたくないから。
 だから必ず法律に従って行動を起こす。
 前世の私みたいなバグキャラでもいない限り、州境を超えることに間違いなく兵士たちは抵抗を覚える。
 だけどそれについては仕込みはもう終わってる。

「へぇ。さすがだな。またあのチェスの時みたいなミラクルなイカサマを見せてくれるわけだ」

「ええ、期待しておいてください。マスコミ受けはばっちり対策済みですからね」

「…ああ期待してるよ。この悲劇を終わらせてくれることをね」

「えっ…ええ!まかせてくださいまし!」

 いきなり真顔でそんなこというもんだから、声が上ずってしまったし、言葉遣いが怪しくなってしまった。

「ああ、楽しみにしてるよ。じゃあ俺はあのマクリーシュさんとこに取材にいくアポがあるから失礼するわ」

 そう言ってヒンダルフィアルは私に背を向けるが、ちょっと気になる発言があった。

「ちょっと待ってください。取材のアポ?どういうことですか?」

「ん?州軍のお偉いさんと広報部から俺に仕事の依頼があってな。マクリーシュ兵長のことを記事にしてくれって。州軍のアイドルにしたいみたいだな。実際すごくかわいいし本人も乗り気だし。撮りがいがありそうだ。色々衣装も渡されたし、楽しい取材になりそうだぜ…」

 ヒンダルフィアルの頬がだらしなく緩んでいる。
 取材?グラドルの撮影会かなんかの間違いだろ…。
 つーか将軍共まじでラファティのこと好きすぎだろ。
 多分この間の私への啖呵がオジサマたちのハートを鷲掴みにしちゃったんだね。
 私まじ踏み台じゃん!ラファティ許すまじ!

「ねぇヒンダルフィアルさん?わたくしとラファティ、どっちが美人?」

「今のところはカリスマ性であんたがリードしてるな」

 正直な男は好きだ。その正直さが続くのならばな。

「ねぇヒンダルフィアルさん?わたくしとラファティ、どっちがかわいい?」

「ラファティちゃん。圧倒的にラファティちゃん。ディアちゃん以来の逸材じゃないかな。それくらいかわいい。彼女ならディアちゃんとも正面から戦えるくらいに可愛いと思うぜ。ぶりっ子してるのもいいけど。ふと見せる真剣で真面目な顔とのギャップにクラクラしちゃうね。本当まじかわいい」

 あらやだわ。うふふ、ヒンダルフィアルさんたらもう正直なんだから(泣)。

「そ…そうですか…はは…は…は。彼女も待ってると思うので早いところ行ってあげてください」

「ん?そうかい?じゃあまたな。さてと。楽しみだなぁ。どんな写真を撮ってやろうかなぁ。げへへ」

 ヒンダルフィアルは鈍感系主人公の親友らしく私の繊細な乙女心が傷ついたことなどスルーしてルンルン気分で去っていた。
 この作戦が終わったら…。
 いいや今すぐに誰か私に女子力をくれよ!
 転生神とかいないのかよ!
 今すぐに出てきてチート級の『可愛い』を私にくれ!
 まじで!
 駐留一日目はこうしていつものように締まらないまま終わったのだった。
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