軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第52話 枯れた世界に、火をつける乙女

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 駐留二日目。兵士たちは何処かどんよりとしたそして気まずげな空気に覆われていた。
 ラファティもその空気に充てられたのか、やたらと鋭い目つきのまま愛用の剣の手入れをしていた。

「お嬢様。いつになったらデメテル郡に殴り込みに行くんですか?」

 剣の刃に写る彼女の顔は厳しいものだった。 

「ずいぶんやる気ですね?あんなにどうでもよさげだったのに」

「…わたしは別にやる気なわけじゃないです。ただ周りの兵士たちがやる気っぽいからその空気に中てられただけです。それだけですよ」

 ラファティはそう言って頬を少し染めて、プイッと私から顔を逸らす。
 めっちゃやる気だよね?別に隠さなくても良いんだよ。
 まああんなに素っ気ないふりしてたのにいきなりやる気になっちゃったら恥ずかしいのかもしれない。
 こういうところが男にとって可愛いく見えるのかな?

「そうですか。ところで兵士たちもやる気なんですか?まだ殴り込むことは伏せてるんですが」

「ええ、昨日住民が疎開するところを見ちゃったし、この村の惨状に触れて、その上健気に残って田畑と家を守っている住民と触れ合えば情くらい移りますよ。この状況をなんとかしてやりたいって皆思ってます。もっとも州軍は州境を超えられないこともよくわかってるから悶々としてるんですけどね」

 昨日村人たちと交流を持たせたのが功を奏した。
 今が好機だ。

「よろしい。状況は整ったようですね。ラファティ。兵士たちを州境の広場に集合させなさい」

「殴り込みに行くんですか?!」

 ラファティがめっちゃ笑顔で立ち上がり私にぐいぐいッと迫ってくる。

「ええ、号令をかけます。ですからとりあえず集合させてください。あと村人たちも集めて。私から殴り込みの号令をかけるので、一応詳細は伏せておいてください」

「了解しました!すぐに総員を集めます!」

 ラファティは装備を纏めて駆け足で去っていった。さて、いよいよ始まる。




 村はずれに州境の標識がある。
 ここがエレイン州とカドメイア州の境界線。
 ここを我々が超えることは許されていない。
 この境が悲劇の源泉なのだ。

「お嬢様。全軍集結したしました」

「よろしい」

 州軍の全兵士が私の前に集合し整列している。
 私は州境を背に彼らに向き合う。

「州軍の皆さま。そしてカドメイア州民の皆さま。知らない人もいるでしょう。改めて紹介させてください。わたくしはカドメイア州辺境伯名代、ジョゼーファ・ネモレンシスです」

 あえて父の名を口にはしない。
 この場にいるものが知る指導者の名前はこの私だけでいい。

「わたくしと州軍がここに来たのは皆さんも知っての通り州境を超えてやってくる盗賊への対処のためです。大規模な軍事演習を行い、我らの力を見せつけることで、抑止力とする。血を流さずに乱を征する知恵です」

 演習という言葉を聞いて村人たちの視線は冷める。
 そしてその目を向けられた兵士たちの顔色は曇る。
 きっと恥じている。
 力を持っているのに、何も出来ない自分たちを恥じている。

「そうです。これは賢いやり方。平和的解決方法。いいことでしょう?誰も傷つかないのです。そう、わたくしもそう思っていました。ここに来るまでは!」

 私はこの地の惨状を最初から理解していた。
 ここに来て初めて知ったなんて大嘘だ。
 ここに来て惨状を知ったのはラファティたち兵士たちのことだ。
 私は兵士たちと同じ気持ちなんだとこれから嘘をつく。

「州軍の皆さまも見たでしょう!この地を襲う悲劇を!畑は毒され実らず、女たちはかどわかされ辱められ、人々はこの地を追われてしまったのです!知らなかったこのわたくしをお許しください…。アイガイオンの姫などと、未来の王妃などと、呼び讃えられていい気になっていたこの小娘の罪をお許しください。わたくしは足元の悲劇にさえ気づかぬ愚かな女でした」

 そしてその罪は兵士たちも抱えたものだ。
 私は兵士たちの心の中に宿った罪悪感を刺激する。
 見て見ぬふりをするなと告発する。私は罪を告白した。
 次はお前たちの番だ。罪を自覚しろ。

「わたくしたちは同胞が苦しんでいるのにも関わらず日々を呑気に生きていました。わたくしたちは守る力があったのに…。そうはしなかった。わたくしたちは恥ずべき罪人」

 兵士の中には気まずそうに村人の方を伺うものもいた。
 あるいは俯いて逃避しようとする者もいた。
 みんな疚しさから逃れたがっている。
 だから言ってやろう。

「ですがまだ間に合います。わたくしたちには罪を雪ぐ機会があるのです。今この目の前に!」

 私の言葉に兵士たちはこの不快な疚しさを掃う為の希望を見出しはじめ、私の方へ目を向ける。
 私は彼らの視線を一心に集めながら、州境の方へと歩いていく。
 兵士の中にはやきもきとした目を向けるものもいた。皆よく知っている。
 その境を超えることの意味を。だから私は彼らの前で州境を超える。
 私の足が州境を超えた時、兵士たちの方からどよめきの声が聞こえた。
 私の体が完全に州境を超えた時、どよめきは臨界点を超える。

「兵士諸君!わたくしに続け!恥を雪ぐ道はわたくしの後ろにのみある!続け!わたくしは恐れない!王が定めたる境も!皇帝が定めた法も!わたくしは恐れない!わたくしが恐れるのはただ名誉のみ!無辜の民を見捨てた罪を雪げない恥のみである!続け!わたくしに続け!罪を自覚したものはわたくしに続け!恥を雪ぐことを決心したものは続け!これは我らが正義を得るための花道!わたくしは境界線を破却し、この地を荒らす罪人を粛正し、山向こうにいる愚か者に罰を与えることを約束しよう!その苦楽を共にしたいものはわたくしに続け!この世界が変わる瞬間をわたくしが君たちに見せてやる!」

 兵士たちは戸惑っていた。足を動かしていいのかいけないのかわかっていなかった。
 だけど一人の兵士が私の言葉に感化されて州境の方へと歩いていく。
 一人動いたなら二人がつられて続く。
 さらに兵士たちがその後を続いていく。
 どんどんと兵士たちが州境を超えていく。
 そしてあっと言う間に兵士全員がが州境を超える。

「よろしい。諸君。我らは境を超えた。あとは進むのみ。我らの前には勝利のみがある!全軍!進撃を開始せよ!」

「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」」

 私と兵士たちはデメテル郡に向かって走り始める。
 私たちは今や運命共同体。
 もう恐れるもの等なに一つもないのだ。
 そう、私たちの戦争はここから始まる!

「みんな燃えてるとこ悪いんですけど。わたしたちが進撃するなら車を取りに村に戻らなきゃいけないんですよね…」

 ラファティの一言に私と兵士たちの足がピタリと止まった。
 …よくよく考えたらそうだ!
 砦までここから結構遠いの忘れてた!

「…演説はよかったんだけどなぁ…ちょっと間抜けじゃないですかね…」

 ラファティの目は合コンとかで渾身のギャグが滑った男子を見るような女子特有の冷たさを宿しているように見える。
 可愛い子に冷められるってこんなに心が傷つくんだなって…。

「なんだろうな、この詰めの甘さ…。初体験でゴムを持ってくるのを忘れた童貞みたいな間抜けさを感じる」

 いつの間にか傍にいたヒンダルフィアルは私のことをパシャパシャと写真に写しながら、すごく酷いコメントを口にした。
 女だぞ私!ゴムは男が用意しろ!ふざけんな!誰が童貞だ!私は処女だ!

「「女子力低っくいなぁ…」」

「やめて。そういうこと言うのはやめて…ちょっと恥ずかしいのでマジでやめてください…」

 勢いは大事だけど飲まれてはいけない。
 私は今回の件でそれをよく学んだのだった。
 どうしてこう私の行動は締まらないんだろう…。
 所詮サブヒロイン以下の私にはシリアスとか無理なのかなぁ…。
 これだからエロゲー世界は!
 私たちはすごすごと村に戻り、車に乗って再出発する。

「いくぞー!みんないくぞー!ラッパを鳴らせーひゃっはー!」
 
「「「「「「「「「お嬢様に続け!ひゃっはーーーーー!」」」」」」」」」

 私は半分やけになりながら車列に号令をかける。
 兵士たちも一応気まずいのをなんとかしたいのだろう。
 大きな叫び声を上げてくれた。
 軍隊の行進というよりも、どちらかと言えばならず者の群れっぽくみえるのは気のせいだろうか?
 なにはともあれ私たちは州境を超えて、進軍を開始したのだった。

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