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しゅらば!ただし今カレは蚊帳の外とする…。
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カノジョに元カレがいたことと、カノジョの元カレが女の子になっちゃったこと。果たしたどちらが驚くべきことなのだろうか?
「つまりその新薬のせいで、リリオくんは女の子になってしまったと」
「うん。そういうこと。元々は再生医療のためのものだったんだ。だからこそ被った君は事故で死にかけてたのに後遺症もなくぴんぴんしてるわけ」
病院着を着た俺とリリオを取り囲むようにお医者さんたちが立っていた。その中にただ一人背広の男がいた。なんでも厚生省の役人さんだとか。その役人のおっさんが俺たちに今の状況を説明してくれている。
「で、逆にリリオは大したケガがなかった結果、なんか副作用で女の子になっちゃったと」
「うん。ここからが問題でさ。その新薬、開発者が逃げちゃってさ。さらに言えば研究ノートやデータも全部消去していってね。そして現物もないんだよ。バイク便で運ばれていた君たちの浴びたあれが最後の一本。まああのバイク便は泥棒だったんだけどね」
それを聞いてリリオは顔を真っ青にした。
「じゃあオレは元に戻れないってことか?!嘘だろぅ。そんなぁ…」
両手で顔を覆って俯いている。流石に憐れだ。助けたのにこんな姿になるなんて。なのに役人さんはちっとも憐れむ様子さえ見えない。
「国としては今回の事件を大変重く受け止めている。生活上に生じる問題等にもきちんとサポートを行う。まあ個人的に言わせれば女の子として生きる方がおとこよりもずーっと楽だと思うよ。いっそポジティブに考えればいいんじゃない?せっかくかわいいお顔に大きなおっぱいあるんだしちやほやしてくれるって!あはは!おっと?」
俺は役人の首元を掴み上げる。
「ふざけるな!リリオにはリリオの人生がちゃんとあった!それがいきなりひっくり返ったんだぞ!お前の態度はリリオへの侮辱だ!」
「おやおや。君今どき珍しく気骨があるねぇ。かっこいいじゃないか?なあリリオちゃんキュンてしない?」
俺が締め上げても役人の男はヘラヘラしている。挑発的にリリオをちゃんづけで呼ぶのが気に入らない。だから当然リリオは俺のように怒って…いなかった。口を半開きにして、だけど瞳を輝かせ頬をうっすらと染めて俺を見詰めていた。なんだこの顔?
「…っは!ふざけんな!オレは男だ!誰がキュンとするかよ!ふん!」
リリオはプイっと俺たちから顔を背けた。なんだろう?こういうのって男の仕草かな?いやきっとまだ調子が悪いだけだろう。とりあえず役人から手を放して椅子に戻る。
「まあ君たちはしばらく国の監視下に置かれる。定期的に健康診断を受けてもらう。それ以外は自由だ。リリオちゃん。とりあえず君の戸籍は女にしておいたから、生活に不自由はないと思うよ。くくく」
「ちっ!こいつムカつく」
俺も同意見だ。この男は俺たちの担当らしいけど、まったく気に食わない。
「まあとりあえず二三日ほど検査入院してもらって、そのあとは日常に戻ってもらっていいよ。まあ君たちはお互いに縁があるようだし、仲良くやってくれ。くくく」
そして説明会は終わった。仲良くやれ?そんなの無理に決まってる。だってこいつはカノジョの元カレなんだから。
馴れ合いなんて御免だ。そう思っていたのに。
「マジで暇なんだけど入院生活!そのくせ規則に厳しいし!ホントふざけんなって思わね?」
「ああ、そうだな。メッチャふざけんなって思ってるよ。お前が俺の部屋にいることがな!」
だいたいの検査が終わった午後三時ごろ。リリオが俺の病室にやってきた。
「んだよ。かてぇこというなよ。同じ入院仲間じゃないか。なんかして遊ぼうぜ!」
「お前と遊びたいとかかけらも思えなんだけど?」
「え?なんで?」
きょとんと首を傾げていてすごくかわいい。ホント顔はすごくかわいいのリリオくんちゃん。
「お前って。信じたくないけど…マジでナギナの元カレなんだろ?だったらわかるだろ。元カレと仲良くしたい今カレなんていると思うか?」
「え?そう?オレ元カレがいる女と付き合ったことないからわかんねーな。つーか他所の男ならともかくオレならよくね?オレはお前と仲良くしたいって思ってるし!」
なんかいろんな意味ですごくムカつくぞこいつ。
「俺も彼女に元カレがいないと思って付き合ってたよ」
「そこはお気の毒だな。ナギナはナチュラルに嘘つくからね。デートに遅刻してきたときとか、電車が遅れたとかシレっというからね!ホントクズ!」
「そんなことない!ナギナは小さいころからいつもまっすぐでみんなから慕われてて俺に向かってうそをついたことなんて一度もなかった!」
「え?でも嘘ついてたじゃん。オレのこと隠してたじゃん?」
そのとおりなんだよなぁ。結果的には嘘つかれてたわけで…。
「…ホントなんなんだよ…初めて男の付き合うことになるからじっくり考えたいって言って俺の告白半年も待たせたのに…」
「まじで?うわぁ…。なあそれってちなみにいつ頃?」
「告白は去年の九月。付き合い始めたのは、一か月前の三月から」
「…俺とあいつが別れたのが、八月の終わりなんだよね。まあその後半年間もストーカーされてたけど。告白待期期間とストーカー期間が被ってんじゃん。イブキ、お前あいつにメッチャキープされてない?かわいそー」
すごく俺を憐れむような瞳で見ている。でもこいつの憐れみはどう考えても上から目線だ。腹が立つ。一発怒鳴りつけてやろうか。そう思った時だ。部屋のドアをこんこんと叩く音が聞こえた。
『イブキ…私です。ナズナです。入ってもいいかしら?』
その声を聴いてリリオはびくっと震えた。
「やべ!ちょっと布団!布団貸せ!」
「あってめぇ!ざけんな!」
俺が横になっていたベットにリリオも乗っかり俺の布団の中に潜り込んできた。そしてそれからしてナズナはすぐに部屋に入ってきた。
「よかった…元気そうで本当によかった…」
ナズナはうっすらと瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。その笑みはとても綺麗だと思う。そしてナズナはベットの傍のパイプ椅子に座って真剣な表情を浮かべる。
「今回の件は本当に災難だったわね…それもこれもあのクズ男が悪いんだけどね。勝手に道路に飛び出したくせにイブキまで巻き込むなんて本当に最低な男!!」
「え?あれ?え?そうだったっけ?あれぇ?」
お前がリリオを突き飛ばしたんだろ?バイクのドライバーは泥棒とは言えどもあのときはちゃんとまっとうに道交法は守ってたぞ。リリオ何も悪くなくない?
「あいつは本当にクズなのよ!もう知ってると思うけど、確かに私とあいつは…遺憾ながら付き合ってしまったわ…」
「遺憾?うーん?遺憾ねぇ…」
「でも本当は付き合いたくなんてなかったの!気がついたら付き合わないといけないみたいな空気にさせられてて!だから付き合うことしか私にはできなかったの…だってイブキも中学の時は外国に行ってたでしょ…イブキがいたら付き合わなきゃいけないことになんてならなかったわ!」
「そ、そうなんだ。あはは…ええ?」
「そうなのよ!!私には付き合うつもりはなかったのに!だけど仕方がなかったの…。なのにあいつはすぐに増長していったわ。ごめんなさいイブキ」
「え?何がかな?」
うわぁ。この先聞きたくねぇ…。ナギナは両手で顔を覆って俯いてしまった。
「ごめんなさいィイブキぃ。私もうヴァージンじゃないのぉ…。あいつが!本当は嫌だったのにぃ!したくなんてなかったのに!はじめてに戻りたいようぅ…」
なんだろうこの痛々しさ。それ言う必要あるのかなぁ?もうカノジョがはじめてじゃないなんてわかってることをなんでわざわざ口にするんだろう?後悔してますみたいに言われても正直困る。なら付き合わなきゃよかったんじゃね?
「あなたに大切な処女を捧げたかったのぉ。でもあいつはその願いを踏みにじったのよ!本当に許せない!!!」
左様にござるか。そんな空疎な言葉しか浮かばない。だからもう一度心の中で繰り返す。だからそもそもそう思っていたんなら付き合わなきゃいいだけじゃね?
「こんなの慰めにもならないけど、私の体はちっとも感じてなんかいなかった。それに回数も数えるほどしかしてないの。ごめんなさい。それくらいの抵抗しかできなかった…」
そうですか。強制性交なら警察の案件じゃね?まあそういうのがデリケートな話題なのはわかるけど、やりたくないことをやらされたなら警察案件じゃないかな?俺にどうしろと?
「そ、そうなんだ。大変だったんだね」
「うん!そうなの!あなたがいなかったから大変だった!でも私あなたが帰ってくるのをずっと待ってたの!ほら覚えてるでしょ?小さいころにした結婚の約束…わたしちゃんと覚えてるよ…それを叶えたいから耐えられたの!」
小さい頃の約束を覚えていてくれたのは嬉しい。だけど俺が告白したとき、半年も待たせたよね?それはどういうことなのかな?ん?どういうことのかな?
「私頑張ったよ。だからね…退院したらね。本当の初めてを、心のヴァージンをイブキが奪って…」
「さっきから聞いてりゃいい気になりやがって!このくそビッチ!!!」
布団が突然跳ね上がり、リリオがベットの上に立ち上がった。憤怒の表情でナギナを見下ろしている。
「は?え?あなた誰?…うそ?!え?まさかその顔?!リリオなの?!」
「おうよくそビッチ!オレはリリオ様だよ!」
「なんで女の子に?!薬品被って重傷で死にそうだって聞いてたのに!」
「てめぇ俺の死を願ってやがったなこの野郎!つーかこの姿だっててめーのせいだからな!まあそれはあとでしばくが今はさっきの話が許せん!」
「一体何が許せないっていうの!?」
「全部じゃボケぇ!!!オレはお前に交際を強要なんてしてねぇんだよ!!それに体は感じてなかった?嘘つけこの野郎!セックスにすぐにドはまりしてたくせに!回数も数えるほど?オレはてめぇとセックスしたのを100回まではちゃんと数えてたぞ!」
セックス100回しました。というかそれ以上の回数をやってたんだ。それを聞いて俺は湧き出てくる嫌悪感を止められなかった。
「なにぃが心のヴァージンだよ!このビッチが!ラブホテル代は俺持ちのくせにポイントはお前がいつも持って行ったよな!!ゴム代もそうだ!ポイント分返せよ!お前は心まで薄汚いどケチビッチなんだよ!!」
ラブホのポイントってなんだよ?ゴムのポイントがどれくらい貯まったのか…すごく知りたくないです…。頭くらくらしてきた。
「ポイントは…!ポイントはもったいないから貯めてただけ!!ゴムだってあなたの子なんて産みたくなかったから使ってただけ!!私はビッチなんかじゃないわ!!」
「はぁ?なに?ビッチさんが言い訳しても聞こえなーい。てかさっき聞いたけどさ?お前オレをストーカーしてた期間イブキの告白を保留してたんだろ?」
「だって…それは恥ずかしかったから心の準備が必要で…イブキが大好きだから…」
「あの時はオレもわるかったけどさ。ストーカー期間の時もオレらたまにセックスしてたよな?お前さあ流石当事者のオレでさえひくわ!告白保留中に他所の男とセックスするとかまぎれもないビッチじゃねえか!」
「それはあなたがセックスしなきゃいけない空気を作ったからでしょ!私のせいじゃない!」
「セックスは男女の共同責任じゃぼけぇ!!オレだけのせいにすな!何が空気だ!全部空気のせいかよ!てめぇの尻が空気よりも軽いだけだろうがようぅ!!」
これ以上聞きたくなかった。リリオとナギナはあの時の如くギャーすかぎゃーすか言い合いを始める。二人は互いに嫌い合ってはいるのだろう。だけどこの諍いさえも、かつては愛があったからできる贅沢品でしかないのだ。
「煩いよ二人とも」
俺は心底冷たい声を出していたと思う。目の前の二人は俺のことを恐怖に歪めた顔で見ている。
「俺はさぁ。今入院中なわけじゃん?二人の重たくってゲスい過去なんて聞かされても鬱陶しいだけなんだよね。俺に対する労わりとかの気持ちってないの?お前たちって自分のことばっかしか話すことないの?」
二人は俺から目を反らした。自覚があるんだろう。なかったんならもう救いようがない。
「もう二人とも出てってくれない?俺は疲れたよ。だから君たちの過去の清算は後にしてくれ」
リリオもナギナも俺にきつく当たられて涙目で震えていた。だけどすぐに二人とも部屋から出ていった。やっと静かになった。
「だけど俺ってあんなに言い合えるほどの思い出をカノジョと作れてないんだよな…。はは…過去が重い…」
涙さえも出ないほどに衝撃を受けた。俺はリリオとの思い出に勝るような未来を創れるのだろうか?そんな気が全くしなかった。
「つまりその新薬のせいで、リリオくんは女の子になってしまったと」
「うん。そういうこと。元々は再生医療のためのものだったんだ。だからこそ被った君は事故で死にかけてたのに後遺症もなくぴんぴんしてるわけ」
病院着を着た俺とリリオを取り囲むようにお医者さんたちが立っていた。その中にただ一人背広の男がいた。なんでも厚生省の役人さんだとか。その役人のおっさんが俺たちに今の状況を説明してくれている。
「で、逆にリリオは大したケガがなかった結果、なんか副作用で女の子になっちゃったと」
「うん。ここからが問題でさ。その新薬、開発者が逃げちゃってさ。さらに言えば研究ノートやデータも全部消去していってね。そして現物もないんだよ。バイク便で運ばれていた君たちの浴びたあれが最後の一本。まああのバイク便は泥棒だったんだけどね」
それを聞いてリリオは顔を真っ青にした。
「じゃあオレは元に戻れないってことか?!嘘だろぅ。そんなぁ…」
両手で顔を覆って俯いている。流石に憐れだ。助けたのにこんな姿になるなんて。なのに役人さんはちっとも憐れむ様子さえ見えない。
「国としては今回の事件を大変重く受け止めている。生活上に生じる問題等にもきちんとサポートを行う。まあ個人的に言わせれば女の子として生きる方がおとこよりもずーっと楽だと思うよ。いっそポジティブに考えればいいんじゃない?せっかくかわいいお顔に大きなおっぱいあるんだしちやほやしてくれるって!あはは!おっと?」
俺は役人の首元を掴み上げる。
「ふざけるな!リリオにはリリオの人生がちゃんとあった!それがいきなりひっくり返ったんだぞ!お前の態度はリリオへの侮辱だ!」
「おやおや。君今どき珍しく気骨があるねぇ。かっこいいじゃないか?なあリリオちゃんキュンてしない?」
俺が締め上げても役人の男はヘラヘラしている。挑発的にリリオをちゃんづけで呼ぶのが気に入らない。だから当然リリオは俺のように怒って…いなかった。口を半開きにして、だけど瞳を輝かせ頬をうっすらと染めて俺を見詰めていた。なんだこの顔?
「…っは!ふざけんな!オレは男だ!誰がキュンとするかよ!ふん!」
リリオはプイっと俺たちから顔を背けた。なんだろう?こういうのって男の仕草かな?いやきっとまだ調子が悪いだけだろう。とりあえず役人から手を放して椅子に戻る。
「まあ君たちはしばらく国の監視下に置かれる。定期的に健康診断を受けてもらう。それ以外は自由だ。リリオちゃん。とりあえず君の戸籍は女にしておいたから、生活に不自由はないと思うよ。くくく」
「ちっ!こいつムカつく」
俺も同意見だ。この男は俺たちの担当らしいけど、まったく気に食わない。
「まあとりあえず二三日ほど検査入院してもらって、そのあとは日常に戻ってもらっていいよ。まあ君たちはお互いに縁があるようだし、仲良くやってくれ。くくく」
そして説明会は終わった。仲良くやれ?そんなの無理に決まってる。だってこいつはカノジョの元カレなんだから。
馴れ合いなんて御免だ。そう思っていたのに。
「マジで暇なんだけど入院生活!そのくせ規則に厳しいし!ホントふざけんなって思わね?」
「ああ、そうだな。メッチャふざけんなって思ってるよ。お前が俺の部屋にいることがな!」
だいたいの検査が終わった午後三時ごろ。リリオが俺の病室にやってきた。
「んだよ。かてぇこというなよ。同じ入院仲間じゃないか。なんかして遊ぼうぜ!」
「お前と遊びたいとかかけらも思えなんだけど?」
「え?なんで?」
きょとんと首を傾げていてすごくかわいい。ホント顔はすごくかわいいのリリオくんちゃん。
「お前って。信じたくないけど…マジでナギナの元カレなんだろ?だったらわかるだろ。元カレと仲良くしたい今カレなんていると思うか?」
「え?そう?オレ元カレがいる女と付き合ったことないからわかんねーな。つーか他所の男ならともかくオレならよくね?オレはお前と仲良くしたいって思ってるし!」
なんかいろんな意味ですごくムカつくぞこいつ。
「俺も彼女に元カレがいないと思って付き合ってたよ」
「そこはお気の毒だな。ナギナはナチュラルに嘘つくからね。デートに遅刻してきたときとか、電車が遅れたとかシレっというからね!ホントクズ!」
「そんなことない!ナギナは小さいころからいつもまっすぐでみんなから慕われてて俺に向かってうそをついたことなんて一度もなかった!」
「え?でも嘘ついてたじゃん。オレのこと隠してたじゃん?」
そのとおりなんだよなぁ。結果的には嘘つかれてたわけで…。
「…ホントなんなんだよ…初めて男の付き合うことになるからじっくり考えたいって言って俺の告白半年も待たせたのに…」
「まじで?うわぁ…。なあそれってちなみにいつ頃?」
「告白は去年の九月。付き合い始めたのは、一か月前の三月から」
「…俺とあいつが別れたのが、八月の終わりなんだよね。まあその後半年間もストーカーされてたけど。告白待期期間とストーカー期間が被ってんじゃん。イブキ、お前あいつにメッチャキープされてない?かわいそー」
すごく俺を憐れむような瞳で見ている。でもこいつの憐れみはどう考えても上から目線だ。腹が立つ。一発怒鳴りつけてやろうか。そう思った時だ。部屋のドアをこんこんと叩く音が聞こえた。
『イブキ…私です。ナズナです。入ってもいいかしら?』
その声を聴いてリリオはびくっと震えた。
「やべ!ちょっと布団!布団貸せ!」
「あってめぇ!ざけんな!」
俺が横になっていたベットにリリオも乗っかり俺の布団の中に潜り込んできた。そしてそれからしてナズナはすぐに部屋に入ってきた。
「よかった…元気そうで本当によかった…」
ナズナはうっすらと瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。その笑みはとても綺麗だと思う。そしてナズナはベットの傍のパイプ椅子に座って真剣な表情を浮かべる。
「今回の件は本当に災難だったわね…それもこれもあのクズ男が悪いんだけどね。勝手に道路に飛び出したくせにイブキまで巻き込むなんて本当に最低な男!!」
「え?あれ?え?そうだったっけ?あれぇ?」
お前がリリオを突き飛ばしたんだろ?バイクのドライバーは泥棒とは言えどもあのときはちゃんとまっとうに道交法は守ってたぞ。リリオ何も悪くなくない?
「あいつは本当にクズなのよ!もう知ってると思うけど、確かに私とあいつは…遺憾ながら付き合ってしまったわ…」
「遺憾?うーん?遺憾ねぇ…」
「でも本当は付き合いたくなんてなかったの!気がついたら付き合わないといけないみたいな空気にさせられてて!だから付き合うことしか私にはできなかったの…だってイブキも中学の時は外国に行ってたでしょ…イブキがいたら付き合わなきゃいけないことになんてならなかったわ!」
「そ、そうなんだ。あはは…ええ?」
「そうなのよ!!私には付き合うつもりはなかったのに!だけど仕方がなかったの…。なのにあいつはすぐに増長していったわ。ごめんなさいイブキ」
「え?何がかな?」
うわぁ。この先聞きたくねぇ…。ナギナは両手で顔を覆って俯いてしまった。
「ごめんなさいィイブキぃ。私もうヴァージンじゃないのぉ…。あいつが!本当は嫌だったのにぃ!したくなんてなかったのに!はじめてに戻りたいようぅ…」
なんだろうこの痛々しさ。それ言う必要あるのかなぁ?もうカノジョがはじめてじゃないなんてわかってることをなんでわざわざ口にするんだろう?後悔してますみたいに言われても正直困る。なら付き合わなきゃよかったんじゃね?
「あなたに大切な処女を捧げたかったのぉ。でもあいつはその願いを踏みにじったのよ!本当に許せない!!!」
左様にござるか。そんな空疎な言葉しか浮かばない。だからもう一度心の中で繰り返す。だからそもそもそう思っていたんなら付き合わなきゃいいだけじゃね?
「こんなの慰めにもならないけど、私の体はちっとも感じてなんかいなかった。それに回数も数えるほどしかしてないの。ごめんなさい。それくらいの抵抗しかできなかった…」
そうですか。強制性交なら警察の案件じゃね?まあそういうのがデリケートな話題なのはわかるけど、やりたくないことをやらされたなら警察案件じゃないかな?俺にどうしろと?
「そ、そうなんだ。大変だったんだね」
「うん!そうなの!あなたがいなかったから大変だった!でも私あなたが帰ってくるのをずっと待ってたの!ほら覚えてるでしょ?小さいころにした結婚の約束…わたしちゃんと覚えてるよ…それを叶えたいから耐えられたの!」
小さい頃の約束を覚えていてくれたのは嬉しい。だけど俺が告白したとき、半年も待たせたよね?それはどういうことなのかな?ん?どういうことのかな?
「私頑張ったよ。だからね…退院したらね。本当の初めてを、心のヴァージンをイブキが奪って…」
「さっきから聞いてりゃいい気になりやがって!このくそビッチ!!!」
布団が突然跳ね上がり、リリオがベットの上に立ち上がった。憤怒の表情でナギナを見下ろしている。
「は?え?あなた誰?…うそ?!え?まさかその顔?!リリオなの?!」
「おうよくそビッチ!オレはリリオ様だよ!」
「なんで女の子に?!薬品被って重傷で死にそうだって聞いてたのに!」
「てめぇ俺の死を願ってやがったなこの野郎!つーかこの姿だっててめーのせいだからな!まあそれはあとでしばくが今はさっきの話が許せん!」
「一体何が許せないっていうの!?」
「全部じゃボケぇ!!!オレはお前に交際を強要なんてしてねぇんだよ!!それに体は感じてなかった?嘘つけこの野郎!セックスにすぐにドはまりしてたくせに!回数も数えるほど?オレはてめぇとセックスしたのを100回まではちゃんと数えてたぞ!」
セックス100回しました。というかそれ以上の回数をやってたんだ。それを聞いて俺は湧き出てくる嫌悪感を止められなかった。
「なにぃが心のヴァージンだよ!このビッチが!ラブホテル代は俺持ちのくせにポイントはお前がいつも持って行ったよな!!ゴム代もそうだ!ポイント分返せよ!お前は心まで薄汚いどケチビッチなんだよ!!」
ラブホのポイントってなんだよ?ゴムのポイントがどれくらい貯まったのか…すごく知りたくないです…。頭くらくらしてきた。
「ポイントは…!ポイントはもったいないから貯めてただけ!!ゴムだってあなたの子なんて産みたくなかったから使ってただけ!!私はビッチなんかじゃないわ!!」
「はぁ?なに?ビッチさんが言い訳しても聞こえなーい。てかさっき聞いたけどさ?お前オレをストーカーしてた期間イブキの告白を保留してたんだろ?」
「だって…それは恥ずかしかったから心の準備が必要で…イブキが大好きだから…」
「あの時はオレもわるかったけどさ。ストーカー期間の時もオレらたまにセックスしてたよな?お前さあ流石当事者のオレでさえひくわ!告白保留中に他所の男とセックスするとかまぎれもないビッチじゃねえか!」
「それはあなたがセックスしなきゃいけない空気を作ったからでしょ!私のせいじゃない!」
「セックスは男女の共同責任じゃぼけぇ!!オレだけのせいにすな!何が空気だ!全部空気のせいかよ!てめぇの尻が空気よりも軽いだけだろうがようぅ!!」
これ以上聞きたくなかった。リリオとナギナはあの時の如くギャーすかぎゃーすか言い合いを始める。二人は互いに嫌い合ってはいるのだろう。だけどこの諍いさえも、かつては愛があったからできる贅沢品でしかないのだ。
「煩いよ二人とも」
俺は心底冷たい声を出していたと思う。目の前の二人は俺のことを恐怖に歪めた顔で見ている。
「俺はさぁ。今入院中なわけじゃん?二人の重たくってゲスい過去なんて聞かされても鬱陶しいだけなんだよね。俺に対する労わりとかの気持ちってないの?お前たちって自分のことばっかしか話すことないの?」
二人は俺から目を反らした。自覚があるんだろう。なかったんならもう救いようがない。
「もう二人とも出てってくれない?俺は疲れたよ。だから君たちの過去の清算は後にしてくれ」
リリオもナギナも俺にきつく当たられて涙目で震えていた。だけどすぐに二人とも部屋から出ていった。やっと静かになった。
「だけど俺ってあんなに言い合えるほどの思い出をカノジョと作れてないんだよな…。はは…過去が重い…」
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