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第一章

リビングのソファで。

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 大学の入学式後は、すぐに忙しい日々が始まった。父に与えられたこのマンションにはリビングの他に部屋が二つあり、僕と吉野で一部屋ずつ使っている。吉野は基本的に自室にいて干渉はしてこないから、僕はとりあえずこの状況を受け入れていた。朝起きてリビングにいけば、吉野はもうタキシードを着て、トーストやスクランブルエッグを並べている。そして僕と一緒に食事を取る。帰宅をすれば、掃除も洗濯も済んでいて、吉野は自室に籠り何かをしている。夕飯の時間になると「支度ができていますが、ご一緒してよろしいですか?」と声を掛けてくる。食事中、吉野からは会話を始めないが、黙って食事をするのも不自然で僕は大学で起こった出来事を少しずつ話した。幼い頃から聞き役が多かった僕は、こんな風に誰かに自分のことを話した経験はなく新鮮だった。吉野は相槌を打ちながら僕の話を聞いてくれたが、自分のことは少しも話そうとしなかった。
 大学のオリエンテーション最終日。少しずつ言葉を交わす友達もできてきた。帰りがけに河津という名の眼鏡男子から、大学最寄駅にある大手コーヒーチェーン店に誘われた。
「突然誘ってしもうて堪忍な。でも俺、初めての一人暮らしが始まったばっかりで友達もおらんし、誰かとこうして話しをすることに飢えとるんよ」
「分かるよ。俺も上京組だから」
「ほんまに?よかったわ!一人暮らしってこない孤独やと思わんかったよ。まだ始まって一週間やのにな」
 僕には執事がいるから厳密には一人暮らしではないが、それを上手く説明するのは無理だろう。
「八木くん、話しかけやすかったんよ。俺の話しを聞いてくれそうというか」
 もちろん僕も新しい友達が欲しかった。
「僕は人の話を聞くのが得意だから、なんでも話してよ」
 後々どうなるか予想がついたくせにいい顔をしてしまった。河津くんの話は、当たり障りないことから始まったが最後には遠距離で付き合うつもりだった彼女が、卒業式直後にあっさり他の男に乗り換えた、という話になった。僕は「うんうん、そうなんだ」と相槌を打ちながらその話を聞き、河津くんは「八木くんと話せてめっちゃスッキリしたわ!なんや、新しい恋を探せそうやな」と、元気になった。
 河津くんと駅で別れ、一人で乗った電車では立っているのがやっとだった。地元の街だったら、万が一どこかで倒れても誰かが家まで運んでくれただろう。けれどここは東京。とにかく必死にマンションまでの道を歩く。マンションのエントランスからエレベーターに乗った時には、安堵とともに、身体の力が抜けてしまいそうだった。鍵を開けリビングまで行き、ソファにバタンと倒れこむ。少し寝ればよくなるはずだ。そう思っている間に深い眠りに落ちた。

 とてもとても気持ちの良い夢の中で、最初に聴こえたのはクチュクチュという水音だった。そして「はぁはぁ」という荒くなった自分の呼吸。下腹部の一部だけがとても熱く、思わず腰を捩ってしまう。何かが太腿を優しい手つきで撫でてくるから、込み上げる快楽に全てを委ねた。
「あぁ、きもち、いい……」
 少しずつ意識が浮上し、ゆっくりと目を開ければ、すぐ側で吉野の綺麗な顔が僕を見ていた。タキシードのジャケットだけを脱ぎ、ベストに腕まくりをしたシャツ姿で、ソファの上で僕に覆い被さっている。そして目が合えば「お目覚めですか?郁三さま」と、口の端を上げた。きちんと履いていたはずのジーンズと下着が膝まで下ろされ、僕の陰茎は吉野の大きな手に握られている。
「あっ、え?」
「また人の悲恋を易々と引き取ってこられたのですか?貴方はバカなのですか?自分の体調不良も鑑みずに。とにかく出して差し上げますから」
 吉野は、僕の硬く勃ち上がり先走りを溢し始めた先端を舐める。舌先でチロチロと見せつけるようにイヤらしく。この前の風呂場では、パニックになり何をされているのか上手く把握できないままことが進んだ。けれど今回は状況が理解できただけに、恥ずかしさと、イヤらしさと、気持ち良さが混ぜ合わさって僕を襲う。裏筋を舌が這いずり、長い指が根元を包む。そして、パクリと大きな口で咥えられた。浅く深く口の中で擦られれば、興奮が増し更に気持ちが昂っていった。
「あっ、あっ」
 口に咥えられたまま、吉野の手が僕のTシャツを捲った。腹をサワサワと触られ、その指は胸の突起にも触れた。おかしな痺れが身体をピクンと跳ねさせる。吉野はわざわざ僕のモノを口から出し「乳首、お好きですか?」と訊いてきた。どんな意図で訊かれたのかすら分からず、イヤイヤとするように首を横に振る。
「いいのですよ。まだ始めたばかりですから。これから身体が覚えていくでしょう」
 再び先端を舐められ、咥えられ、根元を長い指でしごかれれば、身体が熱く震えた。
「あっ、で、でる、離して、口、離して、よしの。あっ、だめっ」
 結局また、吉野の口の中に放ってしまった。ティッシュを手繰り寄せ、そこにペッと僕の白濁を吐き出した吉野の顔にも興奮が見てとれた。僕に覆い被さっていた身体を離し立ち上がり、ティッシュをゴミ箱に捨てる彼の股間が膨らんでいるのに気付いてしまう。
「失礼」
 吉野はそう言って、トイレに向かった。自分で触って出すのだろうか?膝まで下がったジーンズと下着を慌てて上げ、僕も身体を起こす。さっきまでの身体の不調は、完全に治っていた。

 翌日から、河津くんとは頻繁に話をするようになった。彼は社交的で、色んな人に積極的に声をかける。そのお陰で僕にも男女問わず多数の知り合いができた。以前の僕なら構えてしまっただろう。けれど今は、体調不良になっても、マンションにさえ辿り着けば吉野がなんとかしてくれる。だから、僕は強くなれた。
 あんな風に自慰を手伝ってもらう行為には、もちろん抵抗がある。でも吉野はあれを自分の「仕事」だと言っている。吉野とは先週、この状況についてようやく話をした。
「郁三さま、まず、この部屋の家賃は貴方のお父さまが出しています」
「はい」と頷く。僕は親に甘えている。
「貴方は仕送りをもらっている」
 再び「はい」頷く。とても甘えている。
「その仕送りから毎月一定額を私にお預けください。そのお金から私が執事として、食事の準備、足りない日用品の補充を行います」
「今は?この十日間の生活費は、誰が出していたの?」
「私です。試用期間でしたから」
「試用期間?誰の?」
「私のであり、郁三さまのです」
 十日前まで実家で恵まれた生活をしていた僕は、今朝食べたトーストが誰のお金で購入されたものかと考えもしなかった。
「ここの家具は誰が?」
「それはまた追々。とにかく試用期間は問題なく終わりました。ですから、私はここに住まわせていただきます。郁三さまのお金、正確には貴方のお父さまのお金で食品や日用品を購入します。私もそれを使用し食します」
 吉野は淀みなく話し続ける。
「そのかわり、家事を私が担当し、郁三さまの体調を管理します。どちらも執事として。どうです?ウィンウィンでしょ?」
「体調を管理……」
「そう、手や口を使って。仕事として。まずは一年契約でお願いします」
 僕が知りたかったのは「吉野は何者なのか」ということで随分とズレた話だった。それでも「分かりました」と僕はその話を受け入れた。吉野が現れなかったら、僕は体調コントロールが出来ないままだったから。
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