ニセモノ執事は、僕になんでもしてくれる。

フィカス

文字の大きさ
2 / 12
第一章

【5月】リビングのソファで。

しおりを挟む
 大学の入学式が終われば、すぐに忙しい日々が始まった。
 父に与えられたこのマンションには、リビングの他に部屋が二つあり、僕と吉野で一部屋ずつ使っている。
 吉野は基本的に自室にいて干渉はしてこないから、僕はとりあえずこの状況を受け入れていた。
 朝起きてリビングにいけば、吉野はもうタキシードを着て、髪をセットし、トーストやスクランブルエッグを並べている。
 そして僕と一緒に朝食を取る。
 帰宅すれば、掃除も洗濯も済んでいて、吉野は自室に籠り何かをしている。
 夕飯の時刻になると彼は僕の部屋をノックし、声を掛けてくる。
「夕食の支度ができていますが、ご一緒してよろしいですか?」
 食事中、吉野からは会話を始めない。
 黙って食事をするのも不自然だから、僕は大学で起こった出来事を少しずつ彼に話した。
 幼い頃から聞き役が多かった僕は、こんな風に誰かに自分のことを話した経験はなく、とても新鮮なことだった。
 吉野は相づちを打ちながら僕の話を聞いてくれたが、自分のことは少しも話そうとしないまま、一カ月が経とうとしている。
 なんでタキシードを着ている?という疑問にすら、答えてもらえていない。

---

 大学のキャンパスは、マンションより都下にある。
「東京」として想像してい場所より、ずっと緑が多く、地元に似ている雰囲気もあって落ち着く。
 陽気も良くなって、木々が一斉に芽吹き、新緑が眩しくなる頃。
 少しずつ挨拶や言葉を交わす友達も、できてきた。
 僕を八木家の三男としてではなく、ただの同級生として接してくれる関係は、気楽でいい。
 寂しくもならなかったから、五月の大型連休は実家に帰らず、東京にいた。
 快適に整えられたマンションの部屋で、ゆっくりと過ごし、少しだけ近所を散歩して、地理を把握する。
 徐々に親元を離れて暮らすことにも、慣れてきた。
 僕の大学生活も、軌道に乗り始めたようだ。
 例えそれが、執事の献身のおかげだとしても。

 その日。
 帰りがけに、河津(かわづ)という名の同級生から、大学最寄駅にある大手コーヒーチェーン店に誘われる。
 河津くんは髪が短く、眼鏡をかけていて、服装もお洒落だ。
「突然誘ってしまってごめんな。でも俺、初めての一人暮らしが始まったばっかりで友達もいないし、誰かとこうして話をすることに、飢えててさ」
「分かるよ。俺も上京組だから」
「ほんと?あぁよかった!一人暮らしって、こんな孤独だと思わなかった。まだ始まって一カ月なのに」
 僕には執事がいるから厳密には一人暮らしではないが、それを他人に上手く説明するのは、無理だろう。
「八木くん、話しかけやすかったからさ。なんでも話せそうというか、俺の話を聞いてくれそうというか」
 もちろん僕も、新しい友達が欲しかった。
「僕は人の話を聞くのが得意だから、なんでも話してよ」
 後々どうなるか予想がついたくせに、つい、友達欲しさにいい顔をしてしまった。

 コーヒーショップで、外が見えるカウンター席に並んで座る。
 河津くんの話は、当たり障りないことから始まった。
 自炊のメニューがワンパターンになってしまうとか、部屋をもっとお洒落にしたいとか。
「それでさ、実は俺、遠距離で付き合うつもりだった彼女がいたんだけど」
 この辺りから雲行きが怪しくなる。
 彼女は、卒業式直後にあっさり他の同級生に乗り換えてしまい、上京までの数日は修羅場だったという。
 「うんうん、そうなんだ」
 僕は相槌を打ちながら、その話を聞く。
「もう、女は信じられないって思っちゃってさ」
 彼は、美味しそうにカフェオレを口に含む。

 カフェから外に出ると、空は薄っすらと夕焼けしていた。
「八木くんと話せてめっちゃスッキリした!これで、新しい恋を探せそうだぜ」
 河津くんは、すっかり元気になっている。
 元々明るい雰囲気の人だったけど、迷いが無くなったような感じだ。
「じゃあな。今日は本当にありがとう。また明日な」
 僕は手を振って、彼と駅で別れる。
 一人で乗った電車では、立っているのがやっとだった。
 地元の街だったら、万が一どこかで倒れても、誰かが家まで運んでくれただろう。
 小さな街では「八木さんとこの三男だ」と気がついてもらえるから。
 けれど、ここは東京。
 とにかく必死で、マンションまでの道のりを歩く。
 マンションのエントランスからエレベーターに乗った時には、安堵とともに、身体の力が抜けそうだった。
 鍵を開けリビングまで行き、ソファにバタンと倒れこむ。
 少し寝ればよくなるはずだ。
 そう信じて目を閉じると、すぐに深い眠りへと落ちていった。

 とてもとても気持ちの良い暖かな空間を、漂っていた。
 ここはどこだろう。
 南国の浅いプールにでも、浮かんでいるような気分だ。
 揺蕩う水に身を任せられるような、安心感がある。
 すぐ傍から、クチュクチュという水音が聴こえてきた。
 そして「はぁはぁ」という荒くなった自分の呼吸も、耳へと届く。
 下腹部の一部だけがすごく熱く、甘く、思わず腰を捩ってしまう。
 何かが太腿を優しい手つきで撫でてくるから、込み上げる快楽に全てを委ねた。
「あぁ、きもち、いい……」
 思わず、寝言のような声がもれてしまった。

 ……少しずつ意識が浮上し、ゆっくりと目を開ければ、すぐ側に吉野の綺麗な顔が、僕を見ていた。
「夢じゃ、ない?」
 タキシードのジャケットだけを脱ぎ、ベストに腕まくりをしたシャツ姿の吉野。
 彼はソファの上で僕に覆いかぶさっている。
「お目覚めですか?郁三さま」
 目が合えばと、口の端を上げて美しく微笑んだ。
 きちんと履いていたはずのジーンズと下着が膝まで下ろされ、僕の中心は吉野の大きな手に握られている。
「あっ、え?」
「また、人の悲恋を易々と引き取ってこられたのですか?貴方はバカなのですか?自分の体調不良も顧みずに。とにかく出して差し上げますから」
 吉野は、僕の硬く勃ち上がり先走りを溢し始めた先端を、ペロリと舐めた。
 そして、舌先で見せつけるようにイヤらしく突く。
 この前の風呂場ではパニックになり、何をされているのか上手く把握できないまま、ことが進んだ。
 けれど今回は状況が理解できるだけに、恥ずかしさと、イヤらしさと、気持ち良さが混ざり合わさって僕を襲う。

 裏の筋を舌が這いずり回り、長い指が根元を包む。
 そして、パクリと大きな口で咥えられた。
 熱く湿った口内は、僕の中心を溶かそうとする。
 浅く深く口の中で擦られれば、興奮が増幅し、更に気持ちが昂っていった。
「あっ、あっ」
 口に咥えられたまま、吉野の手が僕のTシャツをめくった。
 腹をサワサワと触られ、その指は胸の突起にも触れた。
 おかしな痺れが身体をピクンと跳ねさせる。
 吉野はわざわざ僕の勃ち上がったものを口から出し、問うてきた。
「胸、お好きですか?」
 どんな意図で聞かれたのかすら分からず、イヤイヤとするように首を横に振る。
「いいのですよ。まだ始めたばかりですから。これから身体が覚えていくでしょう」
 再び先走りで濡れた先端を舐められ、咥えられ、根元を長い指でしごかれれば、身体が熱く熱く震えた。
「あっ、で、でる、離して、口、離して、よしの。あっ、だめっ」
 彼の綺麗にセットされた髪を掴んでしまう。
 あぁ、もう我慢できない……。
「あっ、んぁーーー」
 結局また、吉野の口の中に放ってしまった。
 吐精の気持ち良さが、全身を駆け巡る。
「はぁはぁ」と僕の息は乱れ、心臓はバクバクとしたままだった。

 ティッシュを手繰り寄せ、そこに「ペッ」と僕の白濁を吐き出した吉野の顔にも、興奮が見てとれた。
 僕に覆いかぶさっていた身体をゆっくり離し、彼は立ち上がる。
 ティッシュをゴミ箱に捨てる彼の股間が、膨らんでいるのに気づいてしまった。
「失礼」
 吉野はそう言って、トイレへ向かった。
 自分で触って出すのだろうか?
 膝まで下がったジーンズと下着を慌てて上げ、僕もソファから身体を起こす。
 河津くんの話を聞いてからの身体の不調は、完全に治っていた。

---

 翌日から、河津くんとは頻繁に話をするようになった。
 彼は社交的で、色んな人に積極的に声をかける。
 そのおかげで僕にも男女問わず、多数の知り合いができた。
 以前の僕なら、この状況にかまえてしまっただろう。
 けれど今は、体調不良になっても、マンションにさえたどり着けば吉野がなんとかしてくれる。
 だから、僕は随分と強くなれた。
 あんな風に自慰を手伝ってもらう行為には、もちろん抵抗がある。
 でも吉野はあれを自分の「仕事」だと言ってくれている。

 吉野とは先週、この状況についてようやく話をした。
「郁三さま、まず、この部屋の家賃は貴方のお父さまが、出しています」
「はい」と頷く。
 僕は親に甘えている。
「貴方は仕送りをもらっている」
 再び「はい」と頷く。
 とても甘えている。
「その仕送りから、毎月一定額を私にお預けください。そのお金から私が執事として、食事の準備、足りない日用品の補充を行います」
「今は?この一か月の生活費は、誰が出していたの?」
「私です。試用期間でしたから」
「試用期間?誰の?」
「私のであり、郁三さまのです」
 一か月前まで実家で恵まれた生活をしていた僕は、何も考えていなかった。
 今朝食べたトーストが誰のお金で購入されたものかも、知ろうとしていなかった。

「ここにある家具は誰が?ソファとか、僕の部屋の大きなベッドとか」
「それはまた追々。とにかく試用期間は問題なく終わりました。ですから、私はここに住まわせていただきます。郁三さまのお金、正確には貴方のお父さまのお金で、食品や日用品を購入します。私もそれを使用し、食します」
 吉野は淀みなく話し続ける。
「そのかわり、家事を私が担当し、郁三さまの体調を管理します。どちらも貴方専属の執事として。どうです?ウィンウィンでしょ?」
「体調を管理……」
「そう、手や口を使って。仕事として。まずは一年契約でお願いします」
 恭しく頭を下げてきた。
 僕が知りたかったのは「吉野は何者なのか」だったから、随分とズレた話だった。
 それでも、僕はその話を受け入れた。
「分かりました。どうぞよろしくお願いします」
 吉野が現れなかったら、僕の体調はコントロールが出来ないままだったから……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...