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第一章

①これは運命の出会い

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三月

 ソファに寝そべり、ぐるっと部屋の中を見渡す。
 壁には、幼子が描いた両親と女の子と思われる拙い絵がピンで留められ、テレビ台の下には、人形の着せ替え道具がぎゅうぎゅうに押し込まれている。
 背の高い観葉植物の横にはゴルフバッグが置かれ、カーテンの隙間から見える小さな庭には、練習用のパターパットが置いてあった。部屋のそこかしこには、ドライフラワーも飾ってある。
 いかにも幸せそうな3LDKの平屋には、本来の住人たちの姿はない。

 ダイニングテーブルの上には、日持ちのするパンや菓子、空になって洗われた密封容器が数個、乱雑に置かれている。
 ソファの上の俺は、朝起きたままの服装で、一人テレビを見て一日を無為に過ごす。
「桜が満開です」という中継映像に、この家から徒歩二分の川沿い遊歩道もさぞ見頃だろう、と思う。思うだけで、身体は動かずソファからは離れないままだ。
 つまらないワイドショー番組は、次から次へと話題を変えていく。
「今年に入ってこの三ヶ月の間に、高校生の少年少女が殺されるという事件が、九件も起きてしまいました。犯人は現在も捕まっておらず、次の事件が起きるのではと、どの高校も春休み中の警戒を強めています」
 ナレーションによると、どの事案も背中から刃物で一突き。北は岩手県、南は大分県と全国各地で起きていて、犯人が同一なのか多数いるのかも、判明していないらしい。
「何か宗教的な儀式なのではないでしょうか」とコメンテーターが無責任に喋っている。
 俺はこの春から高校三年生。正にその刺殺事件のターゲット層だ。母さんからのメモ紙に「光夜こうや、殺人鬼に気をつけなさい」とあって、どんな悪い冗談かと思ったがこのことだったようだ。
 でも、この短い春休みが終われば、また森の中での寮生活に戻るのだから、安心安全。テレビの中の出来事としか思えない。いや、寮の部屋にはテレビすらない。

四月

 霧のように音もなく降る雨は、やはり午後になっても止まなかった。この花睡かすい高等学校の校舎と寮のある小高い丘は、雨がよく降る。
 短い春休みが終わり、新二年生と新三年生は、昨日寮に戻って来た。ここは関東近郊から生徒が集まる全寮制の男子高校。周りは深い森に囲まれている。
 最寄りのJR駅からバスで五十分の辺鄙な立地。今まさにスクールバスに揺られ、最寄り駅からこの学園に向かっている新一年生は、どんどん心細くなっている頃だろう。

 バスが到着する十五時に合わせ、制服姿の三年生がビニール傘を差し、ぞろぞろと学校の正門横駐車場へ集まってくる。
 いつもは時間にルーズな俺も、遅れずに出迎えの列に並んだ。
「光夜が時間通りに来るなんて、めずらし」
 三月まで同室だった園崎そのざき和登かずとに揶揄われる。
「うるせー。俺、後輩には親切にしてやるんだ。雅史まさし先輩がしてくれたみたいにさ」
「あぁ、なるほどね。光夜は一年の時、かなり先輩の世話になったもんな。でも「そんなんじゃ一年とは同室にさせないぞ」って田淵たぶちに、この間も怒られてたろ?光夜のペア、本当にいないかもよ」
 笑っている和登だって、オシャレに着崩した制服を何度も注意され、同じように怒られていたくせに。
 寮は二人部屋だ。一年生は三年生と、二年生は二年生と同室になる。
 三年生は皆、一年生が心細くて仕方ないことを知っている。学園に来たくて来た訳じゃない者が大半なことも、知っている。でも、慣れれば楽しいことも、そんなに悪い学園じゃないことも知っている。だから、一年生には親切にしてやろうとする。同士として。
 俺が一年生の時は、吉井よしい雅史先輩と同室だった。二年前ここで雅史先輩に出迎えてもらった時も、霧のような雨が降っていた。鬱蒼とした森を見て、心細く泣きたくなったことを思い出す。

 三台のバスが連なって、正門から入ってくる。バスの中から、不安そうな顔をした一年生が、出迎えの三年生を見下ろしていた。バスのドアが開き、どの号車からもまずは担当教諭が降りてくる。
 一年生の名前を読み上げ、続けて同室となる三年生の名を呼ぶ。一年生は皆、自宅に送られてきただろう着慣れない制服を、初々しく身に付けている。まだ身長が伸びることを考慮し購入されたのだろう、少し大きめのブレザー姿が可愛い。
 皆、小ぶりのスクールカバンを一つだけ持って降りてくる。このカバンに入る分だけ、私物の持ち込みが許可されているのだ。中身をチェックされることは無い。

 三号車の担当教諭から、ようやく名を呼ばれた。俺が最後の一人だった。どんな子かと胸を高鳴らせ待っていると、眼鏡をかけた背の高い男が、ステップを降りてくる。なぜかネクタイの色が、一年生の臙脂色ではなく、三年生の深緑色だった。
「彼は三年生。転校生だ。よろしく頼むぞ、光夜」
 この学園では過去に例を見ない、異例の転校生。後輩を可愛がってやるつもりだった俺にしてみれば、あまりに予想外だった。
柚木ゆのき圭吾けいごです。よろしくお願いします」
 はっきりとした声で、礼儀正しく名乗ってくる。制服の茶色いチェックのズボンと、ジャストサイズの濃鼠色のブレザーがよく似合っていた。
「あー、和田わだ光夜です。よろしく」
 全く可愛くない、賢そうな男。この学園には、なぜかこういうタイプが多い。人生何回目?と言いたくなるようなできる男が。
 できる男は苦手だ。雅史先輩くらいだよ、このタイプで親しくなれたのは。
 圭吾は、真っ黒いコシのある髪をヘアワックスでアップにセットしている。形の良いオデコと、角張った眼鏡。姿勢もよく全体的にカチっと真面目な印象だ。
 茶色くて柔らかい髪をモフモフと伸ばし、猫背気味の俺とは正反対。身長は百八十センチを超えている俺や和登よりは、少し低い。体格は俺と似たり寄ったりで標準よりは細身。
 思わず上から下までチェックするように見てしまったけれど、嫌な顔はされなかった。

「まずは寮の部屋へ案内し、その後、校舎、寮棟の説明をするように」と事前に指示されていたから「行こう」と声を掛け、ビニール傘に二人で入って歩き始める。
 部屋までの道すがら、思いつくままに説明をしていく。
「寮はA棟、B棟、C棟があって、全部三階建て。どの棟も風呂は一階、トイレと洗面所は各階にある。俺たちの部屋はA棟の三階。窓からは森が見える。俺はその眺めが好きだから、階段の登り降りは面倒くさいけど、悪くない部屋だと思ってる」
 正門から校舎裏手に回り込み、渡り廊下に置かれた傘立てに無造作にビニール傘を突っ込む。
「色んな建物が建ってるけど、基本的に渡り廊下で繋がってるから、傘はほとんど使わない。全ての建物は土足禁止で、ほぼ一日中上履きを履いて過ごしてる」
「その傘は和田くんのではなく、共有物なのですね」
「そう。それからこの学園、生徒はみんな下の名前で呼び合う。ほら、こんな学園に通う奴は、多かれ少なかれ変わった家族環境だから。家に縛られないようにって配慮らしい。俺のことは光夜でいい、俺も圭吾って呼ぶから。呼んでみて?」
「……光夜」
「うん。光る夜と書いてコウヤな。寮の飯は美味いよ。金曜の夕飯はカレーって決まってる。チキン、ビーフ、ドライカレーの時もある。俺はカレーより酢豚が好き」
「酢豚は僕も好物です」
「パイナップル入りだぜ」
 圭吾は渋い顔をする。パイナップルは要らない派みたい。

「学園、寮で使う物は、寮の部屋に既に用意されてる。購買はないから、必要なものがあったら寮父に申請すること。やり方はその時に教えるよ」
 圭吾が持ち込んだスクールカバンは、あまり中身が入っていないようだった。
「何持って来たの?」
「私物が持ち込めると説明は受けたのですが、何を持ってきていいのか分からなくて。とりあえず、夏休みまでに使うヘアワックスを数個と、日記帳を」
「それだけ?俺のスクールカバンは、菓子でパンパンだぜ。主にグミ」
「グミ?」
「そう。コンビニで売ってるグレープ味のグミ。俺の精神安定剤」
 案内をしながら圭吾に対し、どこかで会ったことがあるような、ないような、不思議な感覚を抱く。顔に見覚えがある訳じゃないんだよ。何だろう。はっきりとしない記憶が、気持ち悪い。

「部屋に鍵はないから」
 説明をしながら、ドアノブを押し開ける。二段ベッドと、勉強机が二台。俺は昨日既にこの部屋で寝ているから、二段ベッドの上と、奥側に置かれた机を、もう自分の物として使い始めている。
 圭吾の机の上には、教科書、辞書、ノート、筆記用具などが段ボールに入って置かれていた。ベッドの上には、替えの制服、普段着でありパジャマでもある指定のジャージ上下、半パン、Tシャツ、下着が用意されている。洗面用品なども、一まとめに袋に入っている。
 制服を脱いでジャージに着替えた後も、それなりに張り切って学園と寮の中を案内してやった。そこかしこで、一年生を案内中の三年生とすれ違い、皆が異例の転校生に話しかけてくる。
「転校生だって?よろしくな。光夜は可笑しな奴だから、気をつけて」「光夜の説明、分かる?こいつ変わってるから。分からなかったら、寮父にちゃんと聞いたほうがいいぜ」
 揃いも揃って似たようなことを圭吾に吹き込んでいく。圭吾は律儀に「ありがとう。大丈夫です」と返事をしている。

「ここは生活棟。一階が医務室と図書室。二階が食堂。三階は談話室とランドリー。洗濯は各自がランドリーでする。乾燥機があるから干す必要はない」
「制服は?」
「定期的にクリーニングの回収があるから自分では洗うのはシャツだけ」
「なるほど」
「校舎は一階に職員室と一年の教室。二階が二年と三年。三階は特別教室。体育館とグラウンドは、運動部が盛んじゃないから、土地が広いわりに大きくない。正門側にある棟には、事務局と警備室、園長室、理事長室が入っている。先生たちが暮らしているのは奥の宿泊棟で生徒の出入りは禁止」
「天文部の活動場所はどこですか?」
「天文部?入るつもりなの?あそこは怪しいからやめたほうがいいぜ。場所は校舎屋上に建てられたプラネタリウム。でも本当にやめたほうがいい」
 圭吾は「はい」でも「いいえ」でもなく、キョロキョロと辺りを見渡し、指をさす。
「あのガラス張りの建物は?」
「あれ温室。すげぇ広いの。今度ゆっくり案内してやるよ。温室の向こうには森に出られる裏門があるんだ。鍵は掛かってないから、好きに出られる。でも森へ行っても何も面白いものは無いから、俺くらいしか出ないけどな。もし圭吾が森を散歩してみたくなったら、奥までは行かないほうがいい。俺でも迷子になるから」

 圭吾は飲み込みも早く、質問も的確。不安でも寂しそうでもないから、世話を焼いてやるタイミングもなさそうだ。一言ったら十分かるって感じ。できる奴は、つまらない。
 環境に馴染めず泣きそうなのに、それを必死に隠そうとして雅史先輩に迷惑をかけまくった一年生の時の俺とは、大違いだ。
 食堂で一緒に夕食を食べ、風呂に入り、談話室で皆が圭吾を質問攻めにするのを眺めていたら、あっという間に消灯時間の二十三時となる。
 トイレに寄ってから部屋に戻ると、一足早く戻った圭吾が、ドアのところで立ちすくんでいた。
「何?どうした?」
「く、蜘蛛が。僕の枕の上に……」
 この寮でも年に数回しか見ないような巨大蜘蛛が、張り付いている。
「どっから入って来ちゃったんだよ。ダメだぞ。ほら」
 両手で掬うように捕まえて、窓からそっと出してやる。
「雨に濡れないように、庇のところで雨宿りしてから、森へ帰れよ」
「あぁ、助かりました。虫とか蛾とか蜘蛛とか苦手で……。ありがとう光夜。貴方と同室でよかった」
 そう微笑んだ圭吾は、風呂に入った後だから、前髪が下がっていて少し幼く見える。
「大げさな奴」と返しながらも、にやけそうになって、慌てて梯子を登り二段ベッド上に行く。手を伸ばし、垂れ下がった紐を引いて電気を消した。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 部屋が暗くなってしばらくしても、圭吾は眠れないようで、何度も寝返りを打っているのが分かった。俺は、音を立てて降り始めた雨に誘われるように、いつの間にか微睡み眠った。

 翌日、全校生徒が体育館に集まって、入学式と始業式がまとめて行われた。入学式とはいえ、生徒の親が来る訳でもないから淡々としている。それがこの学園の楽なところ。
 授業は月曜から土曜まで。土曜も半日で終わったりせず、六限まである。祝日も授業。日曜だけが休みで、皆、寮で思い思いに過ごす。基本的に外出は許されない。
 圭吾とは違うクラスだった。和登とはまた同じクラスで、互いに自分がビリにならずに済むと喜んだ。一学年は三組ずつあって、俺は一組、圭吾は三組になった。



 入学式から一週間もすると、ホームシックになる一年生が多発する。こんな花冷えの寒い夜は特に。だからと言って、家に帰れる訳でも、電話ができる訳でもなく、ただ慣れるのを待つのみ。
 圭吾はホームシックではないけれど、今夜も眠れないようだ。相変わらず何度も寝返りを打つから、二段ベッドの上にも振動が伝わってくる。
 寝つきのいい俺も、一度気になり出すと気になるもので、眠気が遠くにいってしまった。日付が変わってからも、モゾモゾとしてるから、低い天井を見上げたまま声をかける。
「なぁ、眠れないの?」
 ぼそぼそと返事がくる。
「もともと寝つきが悪くて、枕が変わったから余計に……。迷惑でしたよね。できるだけじっとしてますから」
 どおりで毎朝、眠そうな顔をしている訳だ。
「よし。俺が一緒に寝てやるよ」
 返事を聞かないうちに、自分の枕を持って二段ベッドの梯子を下り、圭吾の布団にもぐり込んだ。
 本当は新一年生にしてやりたかったこと。本当の本当は小さな弟にしてやりたかったこと。こんな大きな男では代用にならないけれど、自己満足の為に行動に移す。
 クラスの奴らにも「光夜は突拍子もない困った奴だ」って散々聞かされているらしく、大きな拒絶はされなかった。それでも眼鏡を外している眉間に、シワがよった。

 布団は圭吾の体温で温まっていて生々しく、一瞬ドキリとしてしまった。圭吾に背を向け「はい、おやすみ」と眼を閉じる。
 圭吾は、あきらめたような溜息を一つついて「狭いですね」と言った後「おやすみなさい」と呟く。
 温かさにウトウトしてきた頃、圭吾が話し掛けてきた。
「そのモフモフした髪、実家の犬みたいです」
「犬って。失礼な奴。この学園に毎週日曜に来る美容師、苦手なんだよ。だから伸びちゃって。あの美容師も人生何回目?ってタイプでさ」
「ふふっ」と、小さな笑い声が返ってきた。
 しばらく無言だった後、また圭吾が口を開く。
「二人で寝ると温かいですね」
「あぁ俺、体温高いから」
「うちの犬と一緒だ。シェットランド・シープドッグの雌なんです。可愛いですよ」
 だんだんと、圭吾の声が眠たそうになってくる。
「いつも犬と寝ていたんです。もうおばあちゃん犬なんですけどね。今頃、どうしてるかなクロワ」
 男二人で入る狭い布団の中は、収まりがよくて意外と心地良い。しばらくすると、スースーと穏やかな寝息が聴こえてきた。上体を起こしその寝顔を真上から見下ろす。無防備な顔は意外と可愛くて、俺も少しは役に立てたと満足し、眼を閉じた。

「鳥の声が煩いのに、光夜はよくギリギリまで寝ていられますね」
 朝になれば可愛くない男に戻っている。既に髪をアップにセットした眼鏡の顔。よく眠れたのだろう。すっきりとした表情だった。
「鳥の声?そんなのすぐに慣れるよ……。ギリギリまで寝かせて。八時までは食堂開いてるから、七時四十五分に行けば、間に合うから……」

 その日の夜の消灯後も、枕持参で何食わぬ顔をして、二段ベッド下の布団にもぐり込む。圭吾は一瞬顔をしかめたけれど、何も言わずに自分の枕を少しずらし、スペースを空けてくれた。



「なぁ俺たち、前にどこかで会ったことない?」
 そう聞いたのは、世間ではゴールデンウィークが始まる頃。
 俺たちは、同じ布団で眠るのが、すっかり習慣化していた。毎晩眠くなるまで、布団の中でどうでもいい話を少しだけする。
「出身どこだっけ?」
「東京の杉並区です」
「俺は静岡。三島市、行ったことない?親戚がいるとか」
「行ったことないですね。親戚もみんな都内在住です」
「俺も、東京行ったことない。うーん、接点は無さそうだなぁ。でもなんか知ってる気がするんだよな、圭吾のこと。何でだろ」
「えっ?なぜそう思うのです?」
「分からない、何となく」
 それで終わる、眠る前の取るに足らない会話のつもりだった。しかし思いもよらず、圭吾がその話に食いつく。
「いやその感覚、大事ですよ」
 そう言って上半身を起こし、俺の顔を覗き込んでくる。

 沈黙が訪れ、圭吾も頭を枕に戻し、話は終わったかと思った頃。
「ねぇ、光夜……。僕の特別になってくれませんか?」
「ん?」
「僕と特別な関係になってください」
「は?何それ?突然何言ってるの?イヤらしい意味?同じベッドで寝てるから変な気持ちになっちゃった?え?」
 真意が読めず、アワアワしながら、おちゃらけて答える。
「この学園多いんだよ、意外とそういうの。男ばっかりだとさ、ね」
「まさか、そうじゃなくて。この学園に転校してきたことで、縁の深い光夜とようやく出会えたんだ……と思いたい……」
「思いたい?何それ」
「探してるんです、そういう縁を。自分と深い縁の人を探す為の能力を高めたくて来たんです、この学園に」
「縁……」
「そう、縁。お祖父様から、自分と縁の深い人を見つけることが何より大切だと、小さな頃から何度も言われて育ってきました。でも、僕はそういう能力が芽生えなくて。そんな中でも光夜には何かを感じているんです。光夜もそう思ってくれてるならと、勇気を出してみました……」
 自分の言っていることが無茶苦茶だと気づいたのか、圭吾の声がだんだんと小さくなる。
「恋人って意味じゃないんだろ?」
「もちろん」
「親友みたいなこと?」
「いやもう少し、出会うべくして出会った運命の人って感じの」
「変なの。でもいいよ。すげぇ面白そう」

「実は僕、親友もいたことがないんです。「この人はこうしたいんだろうな」と先の先までついつい考えちゃうから。何事においても遠慮が生じてしまって。「一緒に帰りましょう」すら、同級生に言えなかったんです。幼稚園の頃から」
「空気を読み過ぎちゃうわけか」
「でも、光夜のことは全く読めないんです」
「何だよ、それ」
 寝返りを打って圭吾のほうを向く。
「褒めてるんですよ。そういう人、好きなんです」
 圭吾は、そう口にしてから「好き」という語彙を使用したことに照れたのか、赤くなる。そこで照れられたら、俺まで恥ずかしくなるだろ。
「分かったから、もう寝る。明日から特別な。おやすみ」
「ありがとう。おやすみなさい」

 翌日。俺は「特別」っていう響きがくすぐったくて、授業中もニヤニヤして過ごし、和登に気味悪がられた。
「特別な関係になったんだから、連れてってやる」
 そう言って放課後に、和登も知らない森の中の秘密の場所へ、圭吾を案内してやった。夕暮れ間近の森には、斜めから当たる陽の光が反射して燦く。
「ほら、このクスノキ。上を見て。大きく三股に分かれるところに、板が張ってあるだろ?あそこに座ると、気分がいいんだ」
 一年生の時に雅史先輩が作ってくれた俺の避難場所。上に伸びる枝が雨除けになって、多少の雨なら濡れないで過ごせる。自慢げに説明をしながら、上から垂らしてある縄梯子を先に登る。
「ほらこいよ」
「高いところは苦手で」
「は?何言ってんだよ、ほら」
 手を差し出して促すと、おっかなびっくり登ってきた。
「眺めがいいだろ?向こうに温室も見えるんだ。風もよく通るから、森の匂いに包まれた気になれる」
「あー、まぁ。そうですけど……小さな虫がいっぱい飛んでますね……」
 圭吾は、少しも気持ち良さそうではない。
「食べる?」
 いつも一人でこっそり食べているグレープ味のグミを分けてやれば、少しは喜ぶかと思った。
「グミは食感がちょっと……」
 顔をしかめている。全然趣味が合わないって顔をして。これでも縁がある運命の人って言えるのか?俺たち。
 でも、それもまた面白くて笑えた。早く降りたそうにしている圭吾を見て、高校生最後の一年間、楽しくなりそうだ、と期待できた。
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