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第一章

②二人は同じ園芸委員に

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五月

 五月に入ると、一年生は部活と委員会に所属するルールになっている。転校生の圭吾けいごも、このタイミングでの加入だ。
 圭吾に俺と同じ美術部を勧めたのに、よりによって、あの天文部に入るという。
 部長の花睡かすい美智雄みちおが、入学式翌日に教室まで勧誘しに来たらしい。美智雄はとびきり美形で、キリッとした眼は威圧感がある。あの眼に誘われると拒否しにくいのだろう。しかも苗字が「花睡」。この学園の創設者の孫だ。
「断ったほうがいいよ」
「いやそれは無理です。僕は天文部に入る必要があるんです」
 雅史まさし先輩が所属していた部を悪くは言いたくない。けれど、天文部が天体観測の話をしているのを聞いたことがないし、俺と.和登かずとは「悪の組織」ではないかと、ふざけ半分に噂している。
「本当に怪しいぜ、あの部活。何やってるんだかさっぱり分からないし。人生何回目?って奴ばっかりだし」
光夜こうやって意外と鋭いですよね」
 意味の分からない言葉を返され、はぐらかされた。

 圭吾の委員会は、俺と同じ園芸委員に決まった。園芸委員は一クラスに一人か二人で、学年で五人。圭吾が加わって全員で十六人になった。
 基本的に三年間、同じ委員を続けなければいけない。
「俺は一年の時、じゃんけんで負けて、園芸委員になったんだ」
 温室を活動場所とする園芸委員は、稼働日が多いので人気がない。
「ダリア好き?」
「キク科の花ですよね。和名は天竺牡丹。規則正しい正円の花が美しいと思いますよ」
「確かに綺麗だけど、暗がりで並んでるの見ると怖いよ。ダリアってちょっと圧がある」
「あぁ。何となく、分かります……」
 広い温室はガラス張りで、日光を満遍なく取り入れることができる。更に温度も管理され、一年中、花を咲かせている。
 育てられているのは、ダリアのみ。品種が豊富だから「これもダリアなのか?」と思ったりするけれど、ここにはダリアしか植えられていない。
「この学園ではさ、この花がとても大事なんだって」
「立派な温室を見れば分かります。入学式にもこれでもかと飾られてましたし」
「一年中咲かせようとするなんて、狂気だよ。空調とかかなり金掛かってるはず」
 三十年前にこの学園を創立した理事長が始めたことらしい。その頃はもっとずっと小さな規模の温室だったと聞くが。
「意外と皆がこの花を気に入ったんだろうな」
「魅せられてしまったんですね、ダリアに」

 無駄話をしていると、担当教諭がやってきて「全員揃っていますか」と挨拶を始めた。新一年生と圭吾が簡単に自己紹介をし、在校生も一人一人挨拶をした。
 その後、委員長が全員を六グループに分け、月曜から土曜の当番表を作った。作業については、花の状態を見て都度、庭師が指示してくれる。主には水やり、支柱立て、脇芽を摘むこと。あくまで庭師のサポートなので、難しくはない。
 俺は二年生と二人で、水曜の担当になった。圭吾は、一年生と二年生と三人で、月曜の担当だ。

 俺と圭吾は「特別」になって、より親しくなった。趣味は合わなくても、二人でいるのは互いに気楽で楽しく、しっくりくる。まるで遠い昔にも、一緒にいたことがあるかのように。
 朝も、昼も、夜も一緒に食事をとっている。一年生と二年生の時は、一人で食事をするのが何より気軽で好きだったのに。
 朝と夜は寮の食堂で向かい合って。昼はランチボックスにセットされ配布されるから、平日は図書室で、日曜は寮の部屋で。
 たまに俺が四限目をサボってどこかに隠れていても「昼ですよ」と探しに来てくれる。まぁ大抵は美術室か、医務室か、温室にいるから、行動パターンを読まれているのだ。



 日曜の昼前。圭吾が宿題をしている間にふらふらと一人、クスノキまで散歩に来た。ジャージの上着を脱ぎ、丸めて枕にして板の上に寝転がった。ぼけっと風が揺らす木の葉の音を聴きながら、グレープ味のグミを口に放り込む。
 一年生の時、寮生活に馴染めず、かといって実家にも居場所が無かった俺は、不安で寂しくて、どんどん自分の殻に閉じこもっていった。
 雅史先輩が「話を聞くよ」と言ってくれても、口を閉じて俯くことしかできない。自分の気持ちを話すことに慣れていなかったし、そもそも自分自身のことが嫌いで嫌いで仕方なかった。
 こんな状態ではこの学園からも追い出されると勝手に怯え、よりどうしていいのか分からなくなっていった。
 そんな俺に先輩は「逃げたくなったらここで過ごせばいい」と森の中に避難場所を作ってくれた。その親切もすんなり受け入れることはできなくて、何か月かは放置してしまった。雅史先輩は辛抱強く何度も「行かないと道が分からなくなるよ」と俺を森へ連れ出してくれた。
 夏が終わる頃、ようやく一人でクスノキへ足を向けるようになった。逃げる場所があるということが、俺を助け、徐々に自分なりの生活ペースが掴めるようになっていった。
 雅史先輩は「いつかの自分を見てるようで放って置けない」と俺に嘯いたけれど、先輩にそんな頃があったとは思えない。それでもあの時、この人は俺の気持ちを理解してくれていると確かに感じられ救われた。
 取り留めなく記憶の中を漂っていたら、いつの間にかウトウトとし、抗うことなく眼を閉じた。

「光夜ーー。おーい」
 俺を呼ぶ声に意識が浮上する。クスノキの下から圭吾が呼んでいた。
 このクスノキまでの道なき森の中を、一度案内しただけなのに、迷わず迎えに来られるとか、相変わらずできる男だ。
「ここにいると、思いましたーー」
 木の上にいる俺に聴こえるよう、いつもよりボリュームをあげて話し掛けてくる。上に登ってくるつもりはないらしい。
「午後から雨が降りそうだから、急いで食べて戻りましょうーー」
 俺の分のランチボックスも持ってきてくれたようで、掲げて見せてくれた。

 俺も木から降りて、クスノキの根本に座り込み、二人で昼飯を食べる。今日のランチは、BLTサンドとフィッシュアンドチップスだ。
 口いっぱいに頬張りながら「天文部はどう?」と、圭吾に問う。
「正に知りたかったことばかりで、入部してよかったです。一年と一緒に顧問の黒部くろべ先生から基礎的な講義を受けているんです。天文部内は学年による先輩後輩という概念はなく、皆でディスカッションすることもありますよ」
「星についての?」
「何で星?」
「だって天文部だろ?屋上のプラネタリウム使って部活やってるんだから、いくら得体が知れなくても星のこと、少しは学ぶんじゃないの?」
「ああ、そうでした」
 そう言って、圭吾は可笑しそうに笑う。
「あっ。やっぱりもっと怪しい話をしてんのか?基本的に部活の変更ができないとはいえ、本当に嫌だったら辞められるぜ。田淵たぶちに口きいてもらってもいいし」
 田淵先生は二年生の時の担任で体育教諭。まだ若くて二十代半ば。話しやすくて、いつも何かと親身になってくれる。
「大丈夫。似たような立場の人が集まっているから、勉強になります」
「無理するなよ」
「ええ」
「まぁ確かに、頭が良くて要領が良さそうな奴ばっかり集まってるもんな、天文部。部長の美智雄はいけ好かないけどさ。でも、よかったよ。楽しいなら……」
 食べ終わったのと同時に、ポツポツと雨が降り始めた。二人で、競うように森の中を走って寮へ戻る。足は俺のほうが速いようで、子どもみたいに勝ち誇って喜んでしまった。

 圭吾は毎晩、寝る前の布団の中で、ポツポツと自分のことを話してくれるようになった。
 それによると、父方の祖父が政治家らしい。柚木ゆのき玄一郎げんいちろう。俺でも名前を聞いたことがある与党の大物。姿を見せただけで、その場がピリピリとするような、凄味のある老人だ。
 どうやら、その祖父のコネを使って、異例の転校をしてきたらしい。
「高三から転校なんて、いやじゃなかった?」と聞けば「天文部に入りたかったので」と言う。
「天文部、ますます怪しい……」
 俺が疑うと、ふふっと笑い「おやすみなさい」と眼を閉じてしまった。

 俺は自分のことを話したりするのは、今もあまり得意ではない。圭吾も、無理に訊いてきたりはしない。
 ある夜の布団の中で、俺から質問をした。
「元々なかなか眠れない人?」
「そうですね。中学の頃から、寝つきが悪くなって」
「実家ではどうしてたの?」
 一瞬の間があって、言いにくそうにしながらも、答えてくれた。
「恥ずかしい話ですけど、自慰をすると眠れるんです。そのままスーっと」
「あぁ、まぁ分かる。してもいいぜ?」
「嫌ですよ。二段ベッドで人の気配を感じながらは、無理でしょう」
「いや、意外とみんなするぜ、和登とか。あっ、やってんなってこと何度かあったもん」
「嫌です。実家でも家族の誰かがまだ起きている時には、したことないですから。そんな時はリビングで眠っている犬を部屋まで連れてきて、一緒に寝てもらっていました。という訳で、今夜も一緒に寝てくださいね、光夜」
「本当に犬の変わりかよ。まぁいいや、おやすみ」
「おやすみなさい」

 月末の朝。校舎に入ると、二階の廊下に中間テストの成績順位が貼り出されていた。俺はいつも通り。後ろから数えて五番目。それでも和登には勝った。
 トップは圭吾だった。万年トップの美智雄が、さぞ悔しがっているだろう。ざまあみろ。なぜか、自分のことのように鼻高々だった。
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