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「取り敢えず朝食にしましょう。話はその後で」
今にも泣きそうな感情を何とか押し殺してオリビアがマリウスに告げると、彼は了承して執務室を出て行った。
その背を見送るオリビアは、慣れ親しんだマリウスの後ろ姿が別人のように思えて、とうとう我慢できずに涙が頬を伝っていくのだった。
オリビアと2歳年上のマリウスが婚約したのは、彼女が学園の2学年の時だった。
リーテンベルク侯爵家の一人娘のオリビアには彼女が幼い頃から、数多の縁談が齎されていた。
だが父のリーテンベルク侯爵は、幼い頃から婚約を結ぶ事を躊躇していた。それは彼自身の経験からの杞憂が原因だった。
学園2年になり17歳でデビュタントを迎えたオリビアは、社交界でも注目の的だった。それは主に貴族の次男、三男の子息達で、入婿を希望する彼らにとってオリビアは格好の良縁物件だった。
沢山の令息たちからのダンスの誘いは、デビューを迎えたばかりのオリビアには少し刺激が強すぎた上に体力が限界でもあった。
休憩がてらバルコニーで熱を冷ましていたオリビアに、優しくハンカチを差し出してくれたのがマリウスだった。
その時点でオリビアは彼の事を知らなかった。
差し出されたハンカチを無下にすることが出来ずに受け取って、流れるこめかみの汗を軽く押さえた。
それを見たマリウスは満足したようでハンカチを受け取ろうとするから、反射的にオリビアは手を引っ込めた。
自分の汗のついたハンカチをそのまま返すわけにはいかない。
「洗って、いえ新しいのをお返しいたします。お気遣いありがとうございます。私オリビア・リーテンベルクと申します」
「マリウス・カセアです。今年から王城に勤めております」
マリウスはカセア伯爵家の子息だった。
彼の細い体格を見て騎士でない事は直ぐに分かる。文官勤めなのだろう、オリビアは推測した。
互いに自己紹介をしただけでその場は別れた。
数日後、オリビアは新品のハンカチにMの一文字を刺繍して、お礼の手紙とともにカセア伯爵家に届けさせた。
父には一応報告した。
すぐに身上調査が入り成績優秀で真面目な人物だという事を父から聞かされたオリビアは少し好感を持った。
はじめはそれだけだったが、その数日後ハンカチのお礼と称して正式に伯爵家から食事の誘いがあった。
迷ったオリビアはその誘いを断った。
オリビアは結婚に対して少し夢を見ていた。
貴族の令嬢でしかも侯爵家の嫡女であるオリビアには、政略的な結婚も視野に入れておかなければならない。
そしてそれがうまくいく結婚とうまくいかない結婚がある事を両親を見て学んだ。
オリビアの両親はどちらともいえなかった。
オリビアの主観で見るならば後者と言えるけれど、周りからは前者と見られている。
巧妙な仮面夫婦だった。
何故それを感じたのかは、オリビアが娘だったからかもしれない。
父と母はそれほどに隠すのが上手かった。
幼心にオリビアは両親のような結婚は嫌だと感じていた。
だから曇り一つもない愛のある政略結婚に憧れていた。
貴族令嬢としては褒められるようなことではないかもしれないが、それがオリビアの嘘偽りない気持ちだった。
だからこそ相手は慎重に選ぶつもりだった。
軽々しく誘いに乗らずに当たり障りなく過ごす事を心がけた。
釣書の数人は学園でも見かけたことがある子息達だから、彼らの噂にも敏感になっていた。
マリウスは2つ年上でもそれなりに噂は聞くことができる。
彼の評価は殆ど変わり映えがなかった。
一律で聞くのは真面目で誠実な人柄だった。
そんな時、彼からハンカチのお礼が届く。
小さな箱に入っていたそれはクリップだった。
書類などを留めるクリップをプレゼントされたオリビアは驚いた。
何の変哲もないクリップを箱詰めで贈る彼に興味を持った。
それで添えられた手紙に書かれていた食事の誘いを承諾したのだ。
「僕はあまり女性にプレゼントを贈ったことがなくて、母達に相談してしまうと大袈裟に取られるだろう?それは君の家に迷惑をかけるのではないかと考えたんだ。自分で選んでみたけれど実用性のあるものがいいかなと思って、僕が使いやすい物を選んだけれど、駄目だったかな?」
オリビアはマリウスのこの言葉に心を打たれた。不器用なマリウスに好感を持った。
変に女慣れしていなさそうな所も良かった。
それからも度々二人で休みの時に食事や公園に行くようになり二人はやがて婚約した。
婚約に伴ってカセア伯爵家とリーテンベルク侯爵家の間に、新たに事業計画が進んだが、それは後付けだった。
少なくともオリビアはマリウスとのことは恋愛結婚だと思っていた。
それなのにたった3年で誠実なはずのマリウスは不貞をしていた。
バレた事に対して謝罪よりも先に愛する人がいると告げられた。
では私は?
オリビアの愛する人は紛れもなくマリウスだ。マリウスもオリビアを愛していると言っていた。それなのにいつの間に彼の愛する人は変わったのだろうか?
執務室で流れる涙を拭いて、少し時間を置いてからオリビアは食堂に向かった。
そこにマリウスの姿はなかった。
先に部屋を出たマリウスが当然先にいるものだとばかり思っていた。
悪い予感がしたオリビアはニコルに命じようとしたが、それよりも先に彼は食堂を出て行った。
息せき切って白髪交じりの髪を少し乱したニコルから、マリウスが荷物を持って領地を出た事を知らされた。
今にも泣きそうな感情を何とか押し殺してオリビアがマリウスに告げると、彼は了承して執務室を出て行った。
その背を見送るオリビアは、慣れ親しんだマリウスの後ろ姿が別人のように思えて、とうとう我慢できずに涙が頬を伝っていくのだった。
オリビアと2歳年上のマリウスが婚約したのは、彼女が学園の2学年の時だった。
リーテンベルク侯爵家の一人娘のオリビアには彼女が幼い頃から、数多の縁談が齎されていた。
だが父のリーテンベルク侯爵は、幼い頃から婚約を結ぶ事を躊躇していた。それは彼自身の経験からの杞憂が原因だった。
学園2年になり17歳でデビュタントを迎えたオリビアは、社交界でも注目の的だった。それは主に貴族の次男、三男の子息達で、入婿を希望する彼らにとってオリビアは格好の良縁物件だった。
沢山の令息たちからのダンスの誘いは、デビューを迎えたばかりのオリビアには少し刺激が強すぎた上に体力が限界でもあった。
休憩がてらバルコニーで熱を冷ましていたオリビアに、優しくハンカチを差し出してくれたのがマリウスだった。
その時点でオリビアは彼の事を知らなかった。
差し出されたハンカチを無下にすることが出来ずに受け取って、流れるこめかみの汗を軽く押さえた。
それを見たマリウスは満足したようでハンカチを受け取ろうとするから、反射的にオリビアは手を引っ込めた。
自分の汗のついたハンカチをそのまま返すわけにはいかない。
「洗って、いえ新しいのをお返しいたします。お気遣いありがとうございます。私オリビア・リーテンベルクと申します」
「マリウス・カセアです。今年から王城に勤めております」
マリウスはカセア伯爵家の子息だった。
彼の細い体格を見て騎士でない事は直ぐに分かる。文官勤めなのだろう、オリビアは推測した。
互いに自己紹介をしただけでその場は別れた。
数日後、オリビアは新品のハンカチにMの一文字を刺繍して、お礼の手紙とともにカセア伯爵家に届けさせた。
父には一応報告した。
すぐに身上調査が入り成績優秀で真面目な人物だという事を父から聞かされたオリビアは少し好感を持った。
はじめはそれだけだったが、その数日後ハンカチのお礼と称して正式に伯爵家から食事の誘いがあった。
迷ったオリビアはその誘いを断った。
オリビアは結婚に対して少し夢を見ていた。
貴族の令嬢でしかも侯爵家の嫡女であるオリビアには、政略的な結婚も視野に入れておかなければならない。
そしてそれがうまくいく結婚とうまくいかない結婚がある事を両親を見て学んだ。
オリビアの両親はどちらともいえなかった。
オリビアの主観で見るならば後者と言えるけれど、周りからは前者と見られている。
巧妙な仮面夫婦だった。
何故それを感じたのかは、オリビアが娘だったからかもしれない。
父と母はそれほどに隠すのが上手かった。
幼心にオリビアは両親のような結婚は嫌だと感じていた。
だから曇り一つもない愛のある政略結婚に憧れていた。
貴族令嬢としては褒められるようなことではないかもしれないが、それがオリビアの嘘偽りない気持ちだった。
だからこそ相手は慎重に選ぶつもりだった。
軽々しく誘いに乗らずに当たり障りなく過ごす事を心がけた。
釣書の数人は学園でも見かけたことがある子息達だから、彼らの噂にも敏感になっていた。
マリウスは2つ年上でもそれなりに噂は聞くことができる。
彼の評価は殆ど変わり映えがなかった。
一律で聞くのは真面目で誠実な人柄だった。
そんな時、彼からハンカチのお礼が届く。
小さな箱に入っていたそれはクリップだった。
書類などを留めるクリップをプレゼントされたオリビアは驚いた。
何の変哲もないクリップを箱詰めで贈る彼に興味を持った。
それで添えられた手紙に書かれていた食事の誘いを承諾したのだ。
「僕はあまり女性にプレゼントを贈ったことがなくて、母達に相談してしまうと大袈裟に取られるだろう?それは君の家に迷惑をかけるのではないかと考えたんだ。自分で選んでみたけれど実用性のあるものがいいかなと思って、僕が使いやすい物を選んだけれど、駄目だったかな?」
オリビアはマリウスのこの言葉に心を打たれた。不器用なマリウスに好感を持った。
変に女慣れしていなさそうな所も良かった。
それからも度々二人で休みの時に食事や公園に行くようになり二人はやがて婚約した。
婚約に伴ってカセア伯爵家とリーテンベルク侯爵家の間に、新たに事業計画が進んだが、それは後付けだった。
少なくともオリビアはマリウスとのことは恋愛結婚だと思っていた。
それなのにたった3年で誠実なはずのマリウスは不貞をしていた。
バレた事に対して謝罪よりも先に愛する人がいると告げられた。
では私は?
オリビアの愛する人は紛れもなくマリウスだ。マリウスもオリビアを愛していると言っていた。それなのにいつの間に彼の愛する人は変わったのだろうか?
執務室で流れる涙を拭いて、少し時間を置いてからオリビアは食堂に向かった。
そこにマリウスの姿はなかった。
先に部屋を出たマリウスが当然先にいるものだとばかり思っていた。
悪い予感がしたオリビアはニコルに命じようとしたが、それよりも先に彼は食堂を出て行った。
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