上 下
18 / 19
馴染みを失った故郷

何とか評論家の娘

しおりを挟む
 もうじきカメラが来る。何とか評論家の娘さんと一緒に。私の何を評論するんだろう?

 曲に合わせて滑りながらも、夕魅はそのことが頭の片隅から離れずにいた。
 ボーッとしていると誰かにぶつかる、それは知っている。何度かやらかしては、コーチに叱られた。でもさ、曲が掛かっている間は周囲のこと考えずに、滑りたくない? それで事故起こしたら、大変なんだけどね。それに今は別なこと考えてたし。

 くだらないことを考えている間に『くるみ割り人形』のクララは金平糖の精になっていた。カメラと美桜さんが来ていた。
 最後のワルツを終え、息をハアハア整えていた。美桜さんがこちらに近づいてくる気配はない。スケート靴ないのかな?

 あたしの息が整うと、美桜さんが生まれたての子鹿のように近づいてきた。
「初めまして、美園 美桜です」
 タイミングを測っていたのか。
 足元が不安定ながらも、美桜さんは私に手を差し出して来た。
 だからあたしはその手を握った。
「こちらこそ。朝緑 夕魅です」

 *

 夕魅ちゃんは朝緑くんとあまり似ていない。
 そのことは写真で見た時から知っていたが、実際に会い美桜は更にそう思った。
 とは言え、それは仕事に関係のないこと。

「大晦日だからか行き交う人々が皆忙しそうだね」
「あの中にお年玉用意している人はどれくらいいるんですかね?」

 目的地に向かって進んでいく車の中、私と夕魅ちゃんは無難な話を繰り広げていた。

「帰省はするんですか?」
「しないよ~。夕魅ちゃんは?」
「弟の容態によるですけど、多分おじいちゃん家に行きます」

「好きな本は何?」
「鬼減の刃が好きです」
「流行ってるよね」

 教育評論家の娘らしく、時事話も。
「そう言えば武漢で流行っている、って言うウイルス。日本に来ないといいな~」
「あれ来たら終わると思います。多分練習中止になりますし」
「学級閉鎖になるかもしれない」
「それだけはラッキーです!」

 作った声でケラケラ笑うと、ピカっと閃光が見え、美桜の視界は白に染まった。



「どこ? ここ」
 知らない城の中にいた。着たこともないプリンセスドレスを身に纏っていた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...