探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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本日のおやつは、さつま芋パイです。

お芋のドーナツ召し上がれ 1

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 すっかり色あせたカーテンに、人影が浮かんでいる。

「来たようだな」

 紗川は自ら歩み寄り、カーテンの隙間から相手を確認し、戸をあけた。

「やあ、どうも、紗川さん」

 陽気な声を上げて小柄な男が入ってきた。

「ちょっと勇気が要りましたよ、戸を叩くのに。最初から廃屋まがいの建物ですって聞いていなかったら絶対に通り過ぎてましたね」

 身長は三枝と同じくらいだが、体重はずっと少なそうだ。がりがりに痩せているが、神経質そうなところは少しも感じられず、笑った顔はとてもひょうきんだ。
 三枝は痩せ型の人は神経質そうだと思ってしまう自分の思い込みを反省する。

「車、すぐ前に停めたんだけど近くにコインパーキングとかありますか」
「わたしの駐車スペースに、一台分の余裕があります。すぐ裏ですが、一方通行があるので……回り方を書いてお渡しますよ」
「それは助かります」

 紗川が駐車場への回り道を書いていると、「ああそうだ、車といえば――」と、客が眉を寄せた。

「さっき、ガソリンスタンドでずいぶん不愉快な思いをしましてね」
「どこのスタンドですか?」
「ほら、バイパスのところのフルサービスのガソリンスタンド」
「フルサービスの店は減っているから、小さいのにいつも混んでいますよ」
「そうなんですか? フルサービスの割には安いからいいなと思ったんですが、がめつい店ですね」
「何かあったのですか?」
「エンジンオイルが少ないから足したほうがいいっていうんですよ。つい先月車検を通ったばっかりなのに」

 客が愚痴をこぼしている間に、紗川はペンを走らせている。
 いつ見ても紗川が書く地図は分かりやすい。あれなら初めてでも迷うことはないだろう。

「点検と一緒に交換してるんだから、そんなことないんだけど。全く、人の不安を煽って売りつけてこようなんてね。騙されないよと言って出てきました」
「しかし、トラブルがあるかもしれません、ディーラーでもう一度見てもらうことをお勧めしますよ」
「中古で買ったから、ディーラーを使ったことがなくてねえ。あ、車検は専門店がいいですよ。安い割に――」
「それより、早く車を移動した方がいいのではありませんか?」

 紗川は苦笑して仕上がった地図を客に渡す。客がガソリンスタンドへの文句に夢中になっている間に書き上げてしまったらしい。

「ここは取り締まりが厳しいですから」
「え、そりゃまずい」

 客は、慌てた様子で事務所を出て行った。耳を澄ませると車のエンジン音がする。

「今の人が依頼人ですか?」

 コーヒーをセットして尋ねると、紗川は肩をすくめた。

「いや、彼は違う」
「え、でも……」
「昨日のセミナーで知り合って、車の話で気が合った」
「じゃあ、お使い物のお菓子は何なんですか? お茶請けはともかくとして」
「それは、依頼主向け……というよりも、念のためだな」

 何かに備えておきたかったという事だろうか。

(まあ、いいか。それよりこっちはやることやらないとな)

 客が戻ってきたときに備えて準備を整える。
 準備と言っても、これ以上、三枝にできることは殆どない。

(さっきの人は依頼人じゃないみたいだし。俺、帰った方がいいかな)

 探偵が必要としていないのに、助手が付きまとっていては迷惑だろう。
 或いは、必要とされるような何かがあるのだろうかと内心首をかしげていると、再び戸が叩かれた。先ほどの客だ。

「いやいや、駐車場があって助かりますよ。ところで、そちらは?」

 戻って来た客は笑顔のまま三枝を見た。

「彼の名前は三枝紬です。大正浪漫通りの和菓子屋、三枝製菓の跡取り息子で、本日の茶請けは彼のおすすめの品です。三枝君、こちらは岸俊夫さん」
「和菓子屋の跡取り息子がおすすめする本日のおやつですか。そりゃあ楽しみだ」

 ハードルを上げられてしまった。

(先生っ! やめてくださいよ、マジで!! ドーナツは美味しいけど、人それぞれに好みってもんがあるんですよ!)

 痩せすぎではないかと思うほど細身の俊夫にはドーナツはあわないように感じる。それよりも、まめ屋のきな粉豆の方が喜ばれそうだ。

「それにしても大正浪漫通りの和菓子屋ですか。商工会の建物も文化財で風情がある通りですよね。もし、お店の建て替えや修理が必要なときはわたしの名前を出していただければ、すぐにお伺いしますよ」

 名刺を差し出され、三枝はどう受け取ればいいのか戸惑ってしまった。高校生が名刺を受け取る機会などそうありはしない。
 ギクシャクしながら両手で名刺を受け取る。
 そこには大手銀行の名前と、営業部主任という役職が書かれていた。
 声もなく悲鳴を上げていると、紗川が笑っているのが聞こえる。

「岸さんはやり手だぞ。顧客は社長職も多い」

 成る程、と思いながら名刺を見る。先程、中古車といっていたが、それも顧客がいるからなのだろう。

「何をおっしゃるんです。その若さでこれだけの事務所を維持するのは並大抵のことではありませんよ。しかもアルバイトまで雇ってる。なかなかできる事じゃありません」
「恐縮です」

 実際を知らないとはいいことだ。
 俊夫は夢にも思わないだろう。ビシリと高級スーツを着こなした男が、つい一時間前までソファで眠っていたなど。
 それとも、背後に回って髪を結んでいる紐について細かに説明をした方がいいのだろうか。

(一応、上司だし? 残念さをアピールなんてしないけどさ)

 帰るタイミングを逃してしまった三枝は、ひっそりとキッチンに下がった。もてなしの準備のためというよりも、逃げ場がそこしかないからだ。
 静かにため息をつき、先ほど紗川から教えられた焙煎したての豆をコーヒーメーカーのミル機にセットする。
 スイッチを入れゴオッという音とともに心地いい香りが広がった。
 使用しているコーヒーメーカーのミル機は、表面を清掃できでも細かいところまではできないので、細部に豆のカスが残ってしまう。それが雑味に繋がる。
 とはいえ、紗川もそれを承知の上で任せているのだから多少の雑味は許してもらえるはずだ。
 コーヒーとドーナツを持ってキッチンから出てくると、「殺される……」と言う客の声が聞こえてきた。
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