探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

文字の大きさ
9 / 89
本日のおやつは、さつま芋パイです。

ドリンクホルダーにマンデリン 1

しおりを挟む
 三枝が事務所の戸を開くとすぐに、顔に冷たいものが当たった。
 アスファルトに点々と黒い水玉模様がついていく。

「あー……降り出しちゃいましたね」

 雨が降りそうだからと、俊夫には先に駐車場に向かってもらっていた。この判断は正しかったらしい。ほんの数分の違いとは言え、客を雨にさらさずに済んだ。
 観光客が雨に濡れないよう、急ぎ足で前を通り過ぎる。

(俺たちもあとちょっと早かったら濡れずに済んだのになあ……)

 支度をするといって俊夫を先に送り出してから、紗川は電話を掛けた。
 時間にして五分もかからなかったはずだが、空の水がめをせき止めていた栓が緩むには充分すぎたらしい。

「大した距離ではない。走るぞ」
「え、待ってくださいよ」

 傘を抱えて紗川の後について車に向かう。余分な手荷物は紗川がタンブラーを一つに対して、三枝は傘が二本だ。短距離走では不利ではなかろうか。
 運転席に座るとすぐに、紗川は眼鏡についた雨粒を拭いた。
 車を発進させると、向かいの路肩におもちゃのような小型車が停車しているのがみえた。

「あ、岸さん」

 窓越しに手を振ってきている。
 三枝の声で分かったのだろう。紗川も軽く手を挙げて返事をした。

「岸さんの車、おしゃれですね」
「あれはミニクーパーだ。ミニクーパー40周年を記念した車で、世界で1000台しか販売されていない。販売は平成11年だが未だに人気が高い」
「へえ……そんな古い車なんですね。っていうか、先生、車のことは本当によく覚えてますよね」
「ミニは人気車だからな」

 知っているのが当たり前のように言われてしまうと返答に困ってしまう。
 そうこうしている間に、ミニクーパーは発進してしまった。

「あ、岸さん行っちゃいましたね」

 このまますぐに発車するかと思われたが、紗川はサイドブレーキを下げたにもかかわらず、次の動作に移る気配がない。

「どうかしましたか?」

 ハンドルを握る紗川を見やる。どうやら路面に注目しているようだ。つられて路面を見るが、雨に濡れた路面には何も落ちていない。路面の汚れが水たまりにヌラヌラと光っているだけだ。

「先生、岸さん、行っちゃいましたけど……」
「なんでもない」

 行こう、と短く答えた紗川は、ようやくギアをチェンジさせた。
 川越からさいたま市は国道16号を使うのが一般的だ。
 途中で見失う事もあったが、同じ道を走っているためにほどなく合流できた。
 しばらくは道なりという事で三枝も安心してしまったが、問題はその先にある。

「先生、国道は良いとして、その後、どうなるんですか。岸さんのうち、国道沿いとかじゃないですよね」
「そうだな。国道をそれることになる」
「え、それって大丈夫なんですか? 住宅地とか、ヤバくないです?」

 三枝の心配をよそに、紗川のシルビアとミニクーパーの間に、五台目の車が入ってきた。
 ミニクーパーはすっかり見えなくなっている。

「もう、先生がのんびりしてるから、はぐれちゃったじゃないですか」
「大丈夫だ、道は聞いてある」
「そうは言っても、この車にはカーナビないんですよ?」
「不安か?」
「心配にはならないんですか?」
「道を聞いてあるのに何が不安になる」
「それでもはじめて行くところだし、間違えるかもしれないじゃないですか」
「迷うことはないさ。よく走っている道だからな」
「……見失わないようにしてくださいね!」

 と言ったところで車が静かに止まった。
 三枝は嫌な予感に前方を見る。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

私の優しいお父さん

有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。 少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。 昔、私に何があったんだろう。 お母さんは、どうしちゃったんだろう。 お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。 いつか、思い出す日が来るのかな。 思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...