探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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ホイップたっぷり、さくら待ちラテはいかがでしょうか。

12 改、後半

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「コアラの人が犯人、この考えが最も少ない労力でたどり着ける結論です。では、彼女が犯人と仮定します」

 背理法は、命題Aが誤りであると仮定すると矛盾が生じてしまうから、命題Aは正しいという解法だ。
 三枝はひそかに懐かしさを感じていた。初めて紗川に教えてもらった数学の問題が、まさに背理法だった。

(明けない夜はない、これを証明しろって言ったんだよな、確か)

 永久に夜であると仮定すると、地球が自転していることと矛盾する。故に、明けない夜はない。
 いきなりそんなことを言われた時は、本気で勉強を教える気があるのかと思ったものだ。

(おかげで苦手な数学でもある程度は点数が取れるようになったもんな)

 三枝はシャープペンシルの芯をひと押し出して、爾志の横顔を見た。爾志はコアラ担当の浅見が犯人だとは思っていない。背理法で彼女が犯人であると仮定するなら、彼女が犯人ではないと証明しようとしているという事だ。
 何が矛盾するのかを聞き逃すまいとしているのが分かった。

「まず、毒の入手法について考えてみます。青酸系の毒物は、一般の人が証拠を残さずに手に入れることは困難です。取り扱う工場などでは毎日その使用量を記載し、持ち出されていないかを確認することが義務付けられています。しかしコアラの人なら仕事上、青酸を含むユーカリの葉を入手することが極めて容易です。日ごろから大量に扱っていますからね」
「先生、質問なんですが、青酸を抽出するって、そんなに簡単なものなんですか?」

 三枝はそれまで感じていた質問を投げかけてみた。

「たやすくはない。三枝君、コアラの人が作ったお菓子はババロアだったね」
「はい」

 三枝が頷くと、紗川は爾志に向き直った。

「ババロアは焼かない洋菓子です。火を通すことで化学変化がおきることを恐れたのでしょう。実験をしてみなければ、どの程度毒性が残るかわかりませんからね」

 確かに、とうなずきながら聞いていた三枝は、次の紗川の言葉に開いた口がふさがらなくなった。

「カビの生えたパンでも焼けば食えるって言う感覚で、焼くといけないと思ったのか……」
「待て。その感覚はお前だけだ」

 河西が鋭いツッコミを入れてきた。思わず、ナイスです河西さん、と三枝がいってしまったのは仕方がない。

「日々、発酵食品で大量の菌類を摂取しているクセに何を言っているのか分からないな」
「分かろうぜ」
「というか先生、そんなの食べたことがあるんですか?」
「大学時代、独り暮らしをしていた頃だな。数日ぶりに家に帰るとカビが生えているパンしかなかったんだが、買いに行く時間もなかったから食べたが、問題なかった」
「ちょっと聞いたか、つむぎ君。こいつヤバいよな」
「ですね。もっと言ってやってください、河西さん」
「聞こえているぞ。多少カビが生えてるパンを食ったところで焼けば死にはしない。緑なら大丈夫だ。黒や赤は避けろ」
「問題は色だけじゃないと思う……」

 その三枝の突っ込みは無視して紗川は事件の話を続ける。

「ババロアは非常に形が崩れやすいお菓子です。カップに入れたとしても、冷やしておく必要があります。また、生菓子ですから、当日に消費する必要もある。それらを考えてもクリスマスの贈り物にふさわしいとはいえません」
「言われてみればそうですね」
「であるにもかかわらずババロアを選んだ理由、それは加熱していないユーカリから抽出した毒を被害者に摂取させ、殺害する目的以外ほかならない――と、考える事は可能です」

 短絡的と言えばそれまでだ。
 しかし、ユーカリなどという、猛毒を含んだ植物を目の前にしていたら、警察はこれを使ったに違いないと決めつけてしまっても不思議ではない。三枝は唇を噛んだ。
 決めつけ――これは推理をするうえで最も厄介な存在だ。

「落ち着いてもう一度、ババロアを選ぶメリットを考えてみます。最大のメリットはオーブンを使わないことです。使わないで済むなら使いたくないでしょうからね」
「キヨアキ。それどころか、容疑者は料理をしないなら、オーブンを持っていないかもしれない可能性だってあるぞ」

 河西の言葉には三枝も頷くほかない。

「ニシのいう事も一理あります。そしてコアラの人は料理が苦手だった。恐らくお菓子作りも苦手だったのではないかと考えます。料理は苦手でもお菓子作りは得意、と考えるよりは自然です」
「でも、コアラの人は青酸を含んでいるユーカリを使いやすい立場にいますよ」

 紗川は肩をすくめた。

「ユーカリの葉をババロアに入れるために、滑らかなペースト状にするにはどのような工程が必要でしょうか。少なくとも、すり潰し、裏ごしする工程は確実に含まれます。また、これがどのお菓子もように味に変化を与えるのか分量はどうするのか……試行錯誤を繰り返すことになります。相当量のユーカリの葉を持ち帰らなければなりません。コアラの人がユーカリの葉を大量に持ち帰っていたという事はあるでしょうか」
「ありません。動物がどのくらい食べるか……すごく大切なことですから、勝手に持って帰るなんて、できるはずないです。何キロのえさが入荷されて、どのくらい消費されたか、毎日記録をつけてるんです。それこそ、工場の青酸カリと同じです」
「では彼女の自宅から、ユーカリの葉が大量に見つかったと言うことは?」
「そういう話は聞いていません」
「彼女は樹木を育てることが可能な広さの庭がある家に住んでいるでしょうか」
「駅前のワンルームと聞いています」
「ユーカリの香りは強い。駅前の集合住宅ではユーカリの葉を大量に加工することは困難でしょうね」
「臭いの話なんて聞いたことないです」
「それは違いますよ、爾志君」

 違和感があった。
 三枝は爾志と紗川の顔を見比べた。
 紗川は心地よさそうに微笑んだ。

「香りの話なら、出てきたではありませんか。犯人は事務の--藤木さんです」

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