探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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ホイップたっぷり、さくら待ちラテはいかがでしょうか。

12、改の前半

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 懸命に推理をしている様子も、悩んでいる様子も見せぬまま、探偵はくつろいでいる。

「え……!」

 爾志は相当驚いたのだろう。唖然とした顔をしている。
 三枝もこれだけで犯人が分かったと言ったのには驚いていた。だがそれ以上に、得意な気持ちが勝った。
 うちの先生は、立派な探偵なんだと少しばかり誇らしく思える。
 日頃、生活能力の低さが目立ってばかりいるが、その実、仕事はできるのだ。
 文句を言いつつも、自分の勤務先に誇れることがあると嬉しくなってしまうのは仕方のないことだろう。

「犯人を告げる前に、まず、毒について話しましょう」

 爾志は首を縦に振った。

「コアラの主食であるユーカリの葉は毒を含んでる、という事は聞いたことがあるかと思います。では、その毒はいったい何か、爾志君はご存知でしょうか」
「青酸ですよね」
「その通りです。そして青酸は有名な猛毒です。コアラはこれを分解するために莫大なエネルギーを消費するそうですね」
「コアラの睡眠時間は1日20時間と言われるのはそれが原因だそうです。青酸が含まれていないものを与えると、もっと活発に動く、とも言われていますが、日本の動物園ではそういうことはしていません」

 三枝は親友がそんな知識を持っていることに驚いた。
 ユーカリの葉に青酸が含まれており、それを扱いやすい人物が容疑者の中にいるならば、犯人は自ずと知れる。

「先生、それって……浅見さん――コアラの人が犯人ってことですか?」

 三枝に視線を向けた紗川はニヤリと笑うと、コーヒーを飲んだ。
 それは、肯定ということだろうか。三枝はメモを取る手を止め、紗川と親友を見比べながら続ける。

「コアラの人はユーカリをたくさん取り扱っていますから、その毒性についても知っているでしょうし、入手もしやすいはず」

 いつも取り扱っているものだから、青酸がどの程度含まれているのかも知っているはずだ。

(俺、名推理!)

 ぐっと拳を握って紗川を見上げた。

「そうだな。そう考えるのが自然だ」

(あ……れ?)

 三枝は気づいた。
 高校生の自分ですら、条件を提示されたら犯人の目星がついた。プロならより確信を持つのではないだろうか。
 容疑をかけられた彼女は、今どこにいるのだろう。
 これだけ状況証拠があれば、身柄を確保して自供を促すか、或いは言い逃れのできない証拠を探すことに労力を割く。
 紗川は爾志を見ている。
 爾志はしばらく黙って紗川を見返していたが、数秒のうちにため息をついた。

「コアラの人――浅見さんは今、留置所にいます。でもまだ完全に犯人と決まったわけではないんです。浅見さんのババロアの中に毒があったことが証明できていないから」

 やはり、と紗川が呟いた。
 やはり、とはどういう意味なのか。
 その場にいた誰もがそう思ったに違いない――三枝は顔をしかめた。
 いつでも紗川は肝心なところで意地悪をする。

「爾志君、警察は『青酸系毒によるショック死と考えられている』のであって、断定はしていませんでしたね。胃の内容物の成分分析が済んでいるか、知っていますか?」
「何故ですか?」
「検死を行える医師は限られています。かかりつけ医が病死した患者の家に赴いて死亡を確認する、たった数分の診察でさえ1万点ーー10万円かかります。これがより詳しく調べる必要があるとなればその比ではありません。開腹し、胃の内容物まで調べるとなれば時間もかかる。これができる医師は限られるから、順番も待たなければならない」

 紗川は小さく吐息をつくと、コーヒーを飲んだ。

「毒で死んだと考えられる遺体があり、猛毒を入手しやすい人間が容疑者の中にいるのですから、金と時間を使う必要はありません。日本の監察医不足は有名ですからね」
「そうなんですか?」

 爾志が驚くのも無理はない。
 三枝もその実態を知った時には愕然としたものだ。ドラマでも漫画でも、医師による司法解剖は速やかに行われ、死因が明確にされる。なかには、それを担当する医師が謎を解き明かすものもある。

「変死体が発見されると、検死のために本来は人を生かすための救命の医師が駆り出されることもあります」
「そんなことしたら、その間急病の人が出たらどうするんですか」

 思わず口を挟んだ三枝に、紗川は肩をすくめて見せた。

「そんなのは決まっているじゃないか。『医師は不在です、別の医療機関を探してください』とお断りされる」
「そんな……」
「そのようにしてたらい回しにされ、受け入れ先を見つけられないまま、亡くなる方は少なくない」
「そんなに、いないんですか」

ーー迷惑だ

 初めて出会った時、身を投げようとした三枝に紗川はそう言った。
 その言葉の中にはこんな意味も含まれていたのだろうか。

「脱線してしまいましたが、話を戻しましょう。警察は、司法解剖を行い、いの内臓物を詳細に分析したでしょうか」

 爾志は首を振った。

「ユーカリの葉には青酸が含まれていることを警察は知っていました。でも司法解剖はしていません。聞きました」
「何故聞いたのですか?」
「動物園に山積みされてるユーカリの葉で本当に死ぬとは思えなくて……。ユーカリは確かに毒を含んでいますが、種類によってその濃度は様々です。それに、お土産コーナーではユーカリの葉の香りがするお土産もたくさん売ってます。それがそんなに危険な毒なんて思えないんですよ」
「爾志君」
「はい」
「君は、警察が出した結論に納得がいかなかった。コアラの人は確かに問題のあるお人柄の方だったのかもしれない。しかし、だからと言って殺されて良いとは考えていない――違いますか?」

 爾志は頷いた。

「そうです。浅見さんは陰口や噂話が多かったり、気に入らない人には意地悪するような人でした。でも、俺にはやさしくしてくれました。問題もあったかもしれませんが、殺されていいなんて……そんなはずはないんです」
「……爾志君、背理法、という証明方法を知っていますか?」
「背理法、ですか?」
「逆説から解を求めていく手法です」
「はい。わかります。数学でやりますよね」

 紗川は深くうなずいた後で「では、仮にコアラの人が犯人と考えてみましょう」と言った。

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