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ヒラ事務員たちの悲しい日常2
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どういうことだ。
クロネコは目を細めて長い尾を揺らしている。
「なに? 桐生さん。クロネコに結城事務局長の名前つけてんの?」
「見えて、いないのですか」
「だから、見えてるって。クロネコ」
私は桐生さんの席に座っているクロネコに手を伸ばした。
「あ、あれ?」
スカッとすり抜ける。
私は今、猫を抱き上げようとしたはずなのだか。
「友利さん、何をしているのですか」
「いや、何って……ここに、クロネコがいるんだよ」
「わたしには、そこに結城事務局長が座っているように見えています」
「だから、何言ってんだよ。猫だって」
お互いに話が噛み合わない。
どういうことだ。
私たちはお互いに相手の正気を疑いながら目を合わせた。
こうなったら、第三者の目を借りるほかない。
しかし業務開始まであと1時間以上ある。誰も来るはずがない。
参った、と思っている時だった。
――コンコン
ドアを叩く音に、私たちははじかれたようにそちらを見た。
「え……あの……」
そこに立っていたのは、清掃担当のパートさんだった。
ごみを集めに来たのだ。
「いつもありがとうございます。ゴミならそこにまとめてあります」
桐生さんが定型通りのことを口にしたが、私はそれどころではない。
ふくよかな中年女性が女神のように光り輝いている。
「いいところに来てくれました!」
私は思わず、清掃さんの手を引いて、桐生さんの席まで連れてきた。
「はい! 質問です。この椅子の上には何が乗っているでしょう!」
「え、あの……何もないです」
「え?」
「なにもないんですけど……」
清掃さんは戸惑いながらこちらを見上げてくる。
彼女が嘘をつくメリットが考えられない。
何事かを考えていた桐生さんが、意を決したようにうなずいた。
「失礼ですが、この椅子に座ってみていただけないでしょうか?」
「え……」
清掃さん、明らかに引いている。
普段ならここで二人の間を取り持つのだが、今回ばかりは私も完全桐生さん側だった。
「申し訳ない。ほんとにちょっとでいいんで。ほんの一秒でいいから!」
頼みますと両手を合わせると、清掃さんは困惑した顔で椅子に腰を下ろした。
本当にそこに猫がいるなら、人が座ろうとしたときに逃げるはずだ。
だが、猫は逃げなかった。清掃さんが座ったとたん、姿を消してしまったのだ。
「あのう……これがどうかしたんでしょうか」
清掃さんは本当に困っている様子でこちらを見上げている。
「すみません、ご協力ありがとうございます」
清掃さんの手を取って、立たせてからゴミがまとめておいてある給湯室までご案内する。
桐生さんは愕然とした顔で椅子を見ているだけだ。
私は清掃さんを見送り、席にもどって、桐生さんの言葉を待った。
「友利さん」
桐生さんは、相変わらず無表情だが、桐生さん通訳検定1級の私には分かる。これは困惑している顔だ。判別方法は眉間の皺の深さと眉の下がり方。無表情の時よりも1ミリほど下がる。――などと言う細かい芸当はできないので、なんとなく雰囲気で理解している。
「さてと。俺の目には、そこに猫はもう見えない。桐生さんは?」
クロネコは目を細めて長い尾を揺らしている。
「なに? 桐生さん。クロネコに結城事務局長の名前つけてんの?」
「見えて、いないのですか」
「だから、見えてるって。クロネコ」
私は桐生さんの席に座っているクロネコに手を伸ばした。
「あ、あれ?」
スカッとすり抜ける。
私は今、猫を抱き上げようとしたはずなのだか。
「友利さん、何をしているのですか」
「いや、何って……ここに、クロネコがいるんだよ」
「わたしには、そこに結城事務局長が座っているように見えています」
「だから、何言ってんだよ。猫だって」
お互いに話が噛み合わない。
どういうことだ。
私たちはお互いに相手の正気を疑いながら目を合わせた。
こうなったら、第三者の目を借りるほかない。
しかし業務開始まであと1時間以上ある。誰も来るはずがない。
参った、と思っている時だった。
――コンコン
ドアを叩く音に、私たちははじかれたようにそちらを見た。
「え……あの……」
そこに立っていたのは、清掃担当のパートさんだった。
ごみを集めに来たのだ。
「いつもありがとうございます。ゴミならそこにまとめてあります」
桐生さんが定型通りのことを口にしたが、私はそれどころではない。
ふくよかな中年女性が女神のように光り輝いている。
「いいところに来てくれました!」
私は思わず、清掃さんの手を引いて、桐生さんの席まで連れてきた。
「はい! 質問です。この椅子の上には何が乗っているでしょう!」
「え、あの……何もないです」
「え?」
「なにもないんですけど……」
清掃さんは戸惑いながらこちらを見上げてくる。
彼女が嘘をつくメリットが考えられない。
何事かを考えていた桐生さんが、意を決したようにうなずいた。
「失礼ですが、この椅子に座ってみていただけないでしょうか?」
「え……」
清掃さん、明らかに引いている。
普段ならここで二人の間を取り持つのだが、今回ばかりは私も完全桐生さん側だった。
「申し訳ない。ほんとにちょっとでいいんで。ほんの一秒でいいから!」
頼みますと両手を合わせると、清掃さんは困惑した顔で椅子に腰を下ろした。
本当にそこに猫がいるなら、人が座ろうとしたときに逃げるはずだ。
だが、猫は逃げなかった。清掃さんが座ったとたん、姿を消してしまったのだ。
「あのう……これがどうかしたんでしょうか」
清掃さんは本当に困っている様子でこちらを見上げている。
「すみません、ご協力ありがとうございます」
清掃さんの手を取って、立たせてからゴミがまとめておいてある給湯室までご案内する。
桐生さんは愕然とした顔で椅子を見ているだけだ。
私は清掃さんを見送り、席にもどって、桐生さんの言葉を待った。
「友利さん」
桐生さんは、相変わらず無表情だが、桐生さん通訳検定1級の私には分かる。これは困惑している顔だ。判別方法は眉間の皺の深さと眉の下がり方。無表情の時よりも1ミリほど下がる。――などと言う細かい芸当はできないので、なんとなく雰囲気で理解している。
「さてと。俺の目には、そこに猫はもう見えない。桐生さんは?」
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