31 / 72
相談室の慌ただしい日常7
しおりを挟む
それにしても、さっき動きが鈍かったのはなんでだ――と考えて、そう言えば、搬送さんの事故を防ぐときに肩を打ってたんだと思い出した。
平気な顔をしていたが、かなり痛めているに違いない。
こりゃあ、あとでちゃんと診察してもらわねえとだな。
「救命センターと警備に連絡してください。早く!」
桐生さんが声を張っている。
珍しい。すげえ慌てた声じゃないか。
いや、顔が見えないから余計にそう思うのかもしれない。
カウンターの向こう側で、桐生さんがどんな風に桐生さんが老人を抑えているのか分からない。だが、老人のうめき声も一緒に聞こえてきた。
「話せっ、無礼だろ! 訴えるぞ」
「どうぞ。こちらは正当防衛を主張します」
「なに生意気なことを言ってやがる。おれは患者だ!」
「職員に暴行を働いた犯罪者です」
「ふざけるな! 腰がいてえって、言ってんだろ。さっさと診察しねえか!」
「紹介状をご用意の上、相談室でご予約をとってください」
「生意気を言うな。さっきのやつもそうだが、そんなもんはない!」
「ならば選定療養費として初診料診察料とは別に7560円かかります」
「ぼったくってんじゃねえぞ!」
いやあ、元気な爺さんだ。
それにしても、こんな状況でも淡々と解説を続ける桐生さん、人外すぎるだろう。苦笑いしたいが、私の感覚は嵐の中の小舟のように揺れていて、杖で頭を叩かれたせいで起きていることなのか、地震のせいなのか、あるいは両方のせいなのか全く分からない。
「友利さん、大丈夫?」
カウンター下に押し込められるようにして体が横たえられる。
不安そうな声がすぐそばから聞こえた。若王子さんだ。
残念だな。
若王子さんの膝枕じゃないらしい。幅の狭いカウンターの下に、薄いしきりに押し付けられるように寝かされているという事は、地震はまだ収まっていないってことなんだろうか?
桐生さん以外に爺さんをおさえる人員が集まってこないのは、地震のせいかもしれない。私のことは良いから、警備員を早く呼んでくれ。桐生さん、肩を痛めてるから、爺さんが暴れたら、押さえられなくなる。
「ぼったくりではありません。大病院とそれ以外との医療機関はそれぞれ役割が異なります。個人院をかかりつけとして日頃から受診することで自分の体調を一括管理してもらい、特別な検査や治療が必要な時に大病院を利用する――そうすることで、より多くの方の痛みや苦しみを取り除くことが実現されるのです」
すっげえ怒ってる声なのに、きっちり説明しているところは桐生さんらしい。
「今あなたが殴った人は頭から血を流して倒れています。即座に治療が必要です。死ぬかもしれません。こんなに動き回れる人よりも、優先されるのはお分かりになりますよね」
ええー……桐生さん、勝手に私を重傷患者にしないでくれ。
と、言いたいところだが、さっきから意識が朦朧として声が出せない。
なんだか、口の中に鉄の味がする。
頭から流れた血が、口の中に流れ込んできてるってことか?
ヤバイな。
「ここでなければできない治療を必要としている人のためにあるんです、大きい病院も、その設備も。紹介状はうちのドクター達の先輩にあたる地域の先生方が、この後の検査や治療方針を示していることもあります。何を勘違いしているのかわかりませんが、あなた方、患者にとってもメリットが大きなシステムなんですよ」
「うるせえっ! 若造が偉そうにっ! おれは、痛いからすぐに見てくれって言ってんのに、よそに行けなんて、馬鹿にしてるのかっ」
「勘違いも甚だしい!」
桐生さんも怒鳴るんだなあ。
いつもおんなじ顔をしているけど、いまは怒った顔してるのか?
見てみたいけど、残念だ。見えないなあ。
「痛いのはわかります。だから受付はかかりつけ医を紹介したんですよ。みたところ、急患ではなさそうですし、紹介状もお持ちではない」
「自分で歩けるから気を遣って救急車を呼ばなかったんじゃないか。感謝しろ」
すげえな、じいさん。
救急車はタクシーじゃねえぞ。
歩けるし杖振り回せるのに救急車使おうとしてたのか。いやあ、気を遣うとかそういうレベルじゃないって。
あー……なんか、若王子さんが誰かと喋ってる。この声……絹井先生か? まさかこの爺さんの治療のためにきたのか、脳神経外科が専門なのに……いや、いたな、ここに。
私の頭から血が出ている。
うわ、マジか。救命医長自ら?
いやいやいや、私のことはいいから、救急車でくる人に備えて待機しててくださいよ。
救命の先生がこんなところきちゃダメですって。
参ったなあと思っていると、薄い板の向こうから桐生さんの声がする。
「あなたのような考えの方が一刻を争う人の治療を遅らせ、スタッフを疲労させる。友利さんに何かあったら……亡くなった奥さんと息子さんに顔向けができないっ!!」
桐生さんの声が、ひどく辛そうで、申し訳なくなった。
ああ、低い声がいくつも響いてきた。
そうか、警備の人がきたんだな。
警備には警察OBもいるし、安心だ。
よかった。
平気な顔をしていたが、かなり痛めているに違いない。
こりゃあ、あとでちゃんと診察してもらわねえとだな。
「救命センターと警備に連絡してください。早く!」
桐生さんが声を張っている。
珍しい。すげえ慌てた声じゃないか。
いや、顔が見えないから余計にそう思うのかもしれない。
カウンターの向こう側で、桐生さんがどんな風に桐生さんが老人を抑えているのか分からない。だが、老人のうめき声も一緒に聞こえてきた。
「話せっ、無礼だろ! 訴えるぞ」
「どうぞ。こちらは正当防衛を主張します」
「なに生意気なことを言ってやがる。おれは患者だ!」
「職員に暴行を働いた犯罪者です」
「ふざけるな! 腰がいてえって、言ってんだろ。さっさと診察しねえか!」
「紹介状をご用意の上、相談室でご予約をとってください」
「生意気を言うな。さっきのやつもそうだが、そんなもんはない!」
「ならば選定療養費として初診料診察料とは別に7560円かかります」
「ぼったくってんじゃねえぞ!」
いやあ、元気な爺さんだ。
それにしても、こんな状況でも淡々と解説を続ける桐生さん、人外すぎるだろう。苦笑いしたいが、私の感覚は嵐の中の小舟のように揺れていて、杖で頭を叩かれたせいで起きていることなのか、地震のせいなのか、あるいは両方のせいなのか全く分からない。
「友利さん、大丈夫?」
カウンター下に押し込められるようにして体が横たえられる。
不安そうな声がすぐそばから聞こえた。若王子さんだ。
残念だな。
若王子さんの膝枕じゃないらしい。幅の狭いカウンターの下に、薄いしきりに押し付けられるように寝かされているという事は、地震はまだ収まっていないってことなんだろうか?
桐生さん以外に爺さんをおさえる人員が集まってこないのは、地震のせいかもしれない。私のことは良いから、警備員を早く呼んでくれ。桐生さん、肩を痛めてるから、爺さんが暴れたら、押さえられなくなる。
「ぼったくりではありません。大病院とそれ以外との医療機関はそれぞれ役割が異なります。個人院をかかりつけとして日頃から受診することで自分の体調を一括管理してもらい、特別な検査や治療が必要な時に大病院を利用する――そうすることで、より多くの方の痛みや苦しみを取り除くことが実現されるのです」
すっげえ怒ってる声なのに、きっちり説明しているところは桐生さんらしい。
「今あなたが殴った人は頭から血を流して倒れています。即座に治療が必要です。死ぬかもしれません。こんなに動き回れる人よりも、優先されるのはお分かりになりますよね」
ええー……桐生さん、勝手に私を重傷患者にしないでくれ。
と、言いたいところだが、さっきから意識が朦朧として声が出せない。
なんだか、口の中に鉄の味がする。
頭から流れた血が、口の中に流れ込んできてるってことか?
ヤバイな。
「ここでなければできない治療を必要としている人のためにあるんです、大きい病院も、その設備も。紹介状はうちのドクター達の先輩にあたる地域の先生方が、この後の検査や治療方針を示していることもあります。何を勘違いしているのかわかりませんが、あなた方、患者にとってもメリットが大きなシステムなんですよ」
「うるせえっ! 若造が偉そうにっ! おれは、痛いからすぐに見てくれって言ってんのに、よそに行けなんて、馬鹿にしてるのかっ」
「勘違いも甚だしい!」
桐生さんも怒鳴るんだなあ。
いつもおんなじ顔をしているけど、いまは怒った顔してるのか?
見てみたいけど、残念だ。見えないなあ。
「痛いのはわかります。だから受付はかかりつけ医を紹介したんですよ。みたところ、急患ではなさそうですし、紹介状もお持ちではない」
「自分で歩けるから気を遣って救急車を呼ばなかったんじゃないか。感謝しろ」
すげえな、じいさん。
救急車はタクシーじゃねえぞ。
歩けるし杖振り回せるのに救急車使おうとしてたのか。いやあ、気を遣うとかそういうレベルじゃないって。
あー……なんか、若王子さんが誰かと喋ってる。この声……絹井先生か? まさかこの爺さんの治療のためにきたのか、脳神経外科が専門なのに……いや、いたな、ここに。
私の頭から血が出ている。
うわ、マジか。救命医長自ら?
いやいやいや、私のことはいいから、救急車でくる人に備えて待機しててくださいよ。
救命の先生がこんなところきちゃダメですって。
参ったなあと思っていると、薄い板の向こうから桐生さんの声がする。
「あなたのような考えの方が一刻を争う人の治療を遅らせ、スタッフを疲労させる。友利さんに何かあったら……亡くなった奥さんと息子さんに顔向けができないっ!!」
桐生さんの声が、ひどく辛そうで、申し訳なくなった。
ああ、低い声がいくつも響いてきた。
そうか、警備の人がきたんだな。
警備には警察OBもいるし、安心だ。
よかった。
0
あなたにおすすめの小説
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる