幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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相談室の慌ただしい日常7

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 それにしても、さっき動きが鈍かったのはなんでだ――と考えて、そう言えば、搬送さんの事故を防ぐときに肩を打ってたんだと思い出した。
 平気な顔をしていたが、かなり痛めているに違いない。
 こりゃあ、あとでちゃんと診察してもらわねえとだな。

「救命センターと警備に連絡してください。早く!」

 桐生さんが声を張っている。
 珍しい。すげえ慌てた声じゃないか。
 いや、顔が見えないから余計にそう思うのかもしれない。
 カウンターの向こう側で、桐生さんがどんな風に桐生さんが老人を抑えているのか分からない。だが、老人のうめき声も一緒に聞こえてきた。

「話せっ、無礼だろ! 訴えるぞ」
「どうぞ。こちらは正当防衛を主張します」
「なに生意気なことを言ってやがる。おれは患者だ!」
「職員に暴行を働いた犯罪者です」
「ふざけるな! 腰がいてえって、言ってんだろ。さっさと診察しねえか!」
「紹介状をご用意の上、相談室でご予約をとってください」
「生意気を言うな。さっきのやつもそうだが、そんなもんはない!」
「ならば選定療養費として初診料診察料とは別に7560円かかります」
「ぼったくってんじゃねえぞ!」

 いやあ、元気な爺さんだ。
 それにしても、こんな状況でも淡々と解説を続ける桐生さん、人外すぎるだろう。苦笑いしたいが、私の感覚は嵐の中の小舟のように揺れていて、杖で頭を叩かれたせいで起きていることなのか、地震のせいなのか、あるいは両方のせいなのか全く分からない。

「友利さん、大丈夫?」

 カウンター下に押し込められるようにして体が横たえられる。
 不安そうな声がすぐそばから聞こえた。若王子さんだ。
 残念だな。
 若王子さんの膝枕じゃないらしい。幅の狭いカウンターの下に、薄いしきりに押し付けられるように寝かされているという事は、地震はまだ収まっていないってことなんだろうか?
 桐生さん以外に爺さんをおさえる人員が集まってこないのは、地震のせいかもしれない。私のことは良いから、警備員を早く呼んでくれ。桐生さん、肩を痛めてるから、爺さんが暴れたら、押さえられなくなる。

「ぼったくりではありません。大病院とそれ以外との医療機関はそれぞれ役割が異なります。個人院をかかりつけとして日頃から受診することで自分の体調を一括管理してもらい、特別な検査や治療が必要な時に大病院を利用する――そうすることで、より多くの方の痛みや苦しみを取り除くことが実現されるのです」

 すっげえ怒ってる声なのに、きっちり説明しているところは桐生さんらしい。

「今あなたが殴った人は頭から血を流して倒れています。即座に治療が必要です。死ぬかもしれません。こんなに動き回れる人よりも、優先されるのはお分かりになりますよね」

 ええー……桐生さん、勝手に私を重傷患者にしないでくれ。
 と、言いたいところだが、さっきから意識が朦朧として声が出せない。
 なんだか、口の中に鉄の味がする。
 頭から流れた血が、口の中に流れ込んできてるってことか?
 ヤバイな。

「ここでなければできない治療を必要としている人のためにあるんです、大きい病院も、その設備も。紹介状はうちのドクター達の先輩にあたる地域の先生方が、この後の検査や治療方針を示していることもあります。何を勘違いしているのかわかりませんが、あなた方、患者にとってもメリットが大きなシステムなんですよ」
「うるせえっ! 若造が偉そうにっ! おれは、痛いからすぐに見てくれって言ってんのに、よそに行けなんて、馬鹿にしてるのかっ」
「勘違いも甚だしい!」

 桐生さんも怒鳴るんだなあ。
 いつもおんなじ顔をしているけど、いまは怒った顔してるのか?
 見てみたいけど、残念だ。見えないなあ。
 
「痛いのはわかります。だから受付はかかりつけ医を紹介したんですよ。みたところ、急患ではなさそうですし、紹介状もお持ちではない」
「自分で歩けるから気を遣って救急車を呼ばなかったんじゃないか。感謝しろ」

 すげえな、じいさん。
 救急車はタクシーじゃねえぞ。
 歩けるし杖振り回せるのに救急車使おうとしてたのか。いやあ、気を遣うとかそういうレベルじゃないって。
 あー……なんか、若王子さんが誰かと喋ってる。この声……絹井先生か? まさかこの爺さんの治療のためにきたのか、脳神経外科が専門なのに……いや、いたな、ここに。
 私の頭から血が出ている。
 うわ、マジか。救命医長自ら?
 いやいやいや、私のことはいいから、救急車でくる人に備えて待機しててくださいよ。
 救命の先生がこんなところきちゃダメですって。
 参ったなあと思っていると、薄い板の向こうから桐生さんの声がする。

「あなたのような考えの方が一刻を争う人の治療を遅らせ、スタッフを疲労させる。友利さんに何かあったら……亡くなった奥さんと息子さんに顔向けができないっ!!」

 桐生さんの声が、ひどく辛そうで、申し訳なくなった。
 ああ、低い声がいくつも響いてきた。
 そうか、警備の人がきたんだな。
 警備には警察OBもいるし、安心だ。
 よかった。
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