幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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かつて そこにあった日常1

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 私には、妻と息子がいた。
 大学の時、付き合っていた彼女が妊娠して卒業前に結婚した。彼女の親からは怒られたが、ちゃんと筋を通したから最後には認めてもらえたし、自分の親に頭を下げて専門学校に通って資格を取って公務員になった。
 まあ、おかげで留年もしたし、大変だったけど。
 とにかく、カミさんと息子のために金を稼ぎたくて、若手でも当直勤務と残業が多いと聞いていた医療センター勤務を希望した。
 私はデスクワークが苦手で、エクセルの使い方もパワーポイントの使い方も、桐生さんに教えてもらった。
 年下で愛想のない桐生さんは、何を考えているのかさっぱりわからない。表情は動かないし、テレビを見ないというから雑談も振りにくい。昼食はプロテインドリンクか家から持ってきたおにぎり。外食はしない、飲まない、吸わない、打たない。
 娯楽に通じるものが好きな様子が全くない。
 仕事では、言われたことは完璧にこなし、期待された以上の結果を出す。
 感覚では話さない。
 おとなしい性格なのかと思いきや、正しいと思うことは全部口に出すし容赦がないから反感を食らう。
 融通がきかない。
 ロボットのような桐生さんが私は苦手だった。
 ところが、同期で医療センターの庶務課配属になったのはわたしと桐生さんだけだったから、何かと組まされることが多かった。
 毎日毎日、研修と雑用ばかり。
 医者は思っていた以上に傲慢で偉そうだし、看護師はぶっきらぼうでおっかない。
 毎日何十通と届くクレームを、正当なものと不当なものに分け、担当に届ける。新人が持ってくるクレーム報告にいい顔をする職員はいない。
 休憩時間に院内を歩いていると患者から声をかけられる。休憩もろくに取れない日々が続く。
 仕事内容も環境もハイストレスなのに、相方の桐生さんは面倒臭いしつまらない。これでやる気を出せという方が無茶な話だと――やる気のなさを桐生さんのせいにしていた。
 帰宅後は、仕事の不満をカミさんに愚痴って、息子の顔もほとんど見ないまま、疲れたと言ってゴロゴロしていた。
 カミさんは本当にできた女で、こんなダメな私を叱ることもなく「お疲れ様」と言ってくれた。疲れているのは、カミさんも同じなのに。毎日子供と遊んで過ごすだけなんだから、幸せだろうと勝手に思って、妬ましく思う日もあった。
 だからバチが当たったんだろう。
 あの日も私は、桐生さんに教えてもらいながら、だらだらと資料を作っていた。
 たしか、職員名簿だったと思う。
 フリガナがあっているかどうか、漢字が正しいかどうかを一つ一つ確認する、地味で退屈な作業だ。
 私はちょっと面倒なことにぶつかるとすぐ、考えもせずに「桐生さーん。これ、分かんないんだけどー」と教えてもらうふりをしながら――押し付けていた。
 そんな風に仕事をしていたら、救命センターの看護師が庶務課に駆け込んできた。

――友利の奥さんと息子さんが、事故でICUに

 その時の私は、今から思い返しても大馬鹿野郎だった。
 大したことはないだろうと思ってしまった。
 本当に、どうしようもない、おお馬鹿野郎だ。救命センターから連絡を受けた上司が顔色を変えてすぐ行くようにと言うまで、行こうとしなかったのだから。
 ICUに駆けつけた時、息子は死んでいた。ほぼ即死の状態だったらしい。
 息子を抱っこしていたカミさんは即死を免れた。息子がクッションになったと聞いて、私はどう思えばいいのかわからなかった。
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