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時間外勤務が日常 6
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「同じこと、と言うのは、資料をそろえる、などでしょうか」
桐生さんが問いかける。
「それももちろんだけど……目標達成のために、人脈をうまく使うところかな。しかも、相手に不快に思われないようにさりげなくやるところなんて、とても上手」
「それ褒めてくれてるんですか、先生」
「褒めてる褒めてる。あと、懐かしい」
「懐かしい……」
「この北階段はね。私にとって思い出の場所なの。結城さんとね」
「確か、ここで亡くなられたのですよね」
桐生さんが言うと、絹井先生は頷いたが「それだけじゃなくてね」と、続けた。
「ここに入ったころ、救命医になりたいって言っていたら、先輩のドクターたちからすごくいじめられたのよね。わたし、自分を優秀だと思ってたから生意気だったんだろうけど。ここの階段で泣いてた時、たまたま通りかかった結城さんにいろいろぶちまけちゃったわけ。そうしたら『名医の条件に性別があるなんて知らかなった』なんて言ったりして」
それは痛烈な皮肉だ。
「それは……冗談、なのでしょうか」
どうやら桐生さんには理解しづらい感覚だったようだ。
「いや、ユニークって言うか。すっげえ怒ってたんじゃねえの。結城事務局長」
「怒っているときに出る言葉ですか?」
「だってこれ、お前が名医のツラしてられるのは、ただ単に男ってだけだろって言ってるも同然だろ」
桐生さんは驚いたようだったが、絹井先生は頷いた。
「やっぱり、友利君は分かるのねえ」
クロネコの長いしっぽが、私の足を叩いた。
「ちょうどそんな時にね、ここに猫が迷い込んできたのよ」
「ねこ?」
思わず、クロネコを見た。
「ここの地下の出入り口。霊安室が近いから霊柩車用の外へのドアが近くにあるでしょう? そこから入り込んだんでしょうね。結城さん、すごく可愛がっててね」
猫って……こいつのことだよなあ。
クロネコは我関せずといった顔で毛づくろいを始めた。
「まあ、まだ時代も今みたいに厳しくなかったから。患者さんに見えないところだったらって見逃してて。ほら、ここまでだったら衛生もそんなに気を配らなくていいしね」
「今では考えられないことですね」
桐生さんが驚いて呟くと、絹井先生は声を上げて笑った。
「そうよねえ。私もそう思うわ。でもその頃は、病院内に喫煙所もあったし、事務方の部屋なんて煙でもうもうとしていたのよ。外科医の間には、ヘビースモーカーのドクターの禁断症状が長時間オペで出てしまう問題をどうするかなんて話が真剣になされてもいたし」
噂には聞いていたが、実にとんでもない。
現代からすると全く受け入れがたい話だ。
「今は敷地内が全面禁煙になっているから道に出て行って吸っている患者をどうするかっていう話なのに」
「そうね、でもそれも10年後には信じられないと言われてしまうのかもね。時の流れって早いわ」
なるほど。そういうものかもしれない。
「ねえ、あなた達は黒猫ってどう思う?」
唐突な質問だ。
「ただ、毛の色が黒いと思うだけですが」
さすが桐生さん、スーパードライな返答だ。
私は毛づくろいをしているクロネコを見た。
お前のことだよなあ。
ちらりとこちらを見る金色の瞳と目が合う。
ははは、やっぱり自分がどう言われているのか気になるんだろ。
不審に思われない程度の動きでクロネコの頭を撫でてやった。
まあ、触れはしないんだが。
「俺も桐生さんと一緒で、たんに毛の色が黒ってだけだろって思いますけど。人によっては不吉だとかなんだとかいう人いますよね。病院だし、霊柩車用のドアから出入りしてたなら、余計に嫌がられそうですけど」
「そう……その通りよ。結城さんが生きていた頃は見逃してもらえていたけれど……結城さんが亡くなった翌日。誰かにいじめられたのね。ひどい怪我をしていて。手当てをしたけれど、助からなかった……」
「え……」
「わたしは女ってだけでレッテルを貼られて先輩たちからいじめられたし、差別されたけれど。猫は毛の色が黒っていうだけでひどい扱いをされる。助けてあげたくて頑張ったけど……ダメだった」
クロネコの耳が、心なしか元気がないように見える。
たぶん、こいつ絹井先生に可愛がってもらってたんだ。
「動物はわたしの専門外だから……色々ね、難しくて。専門外には手を出すものじゃないわね。あのときはよく分からずに必死でやったけど。多分、人間と同じようにやったらいけない事がいくつもあったんだと思うわ。本物の獣医さんに診てもらっていたら助かっていたのかも。猫ちゃんに家族がいたら、専門外の医師が手を出したせいで死んだって訴えられちゃうわね」
「猫ですからそれはないかと」
「いや、桐生さん。今度のは病院ブラックジョークだからな」
どこか懐かしいものを見るように、私達を見ていた絹井先生は、脚立から腰をあげると尻をポンポンと叩いて埃を払った。
「さて、すっかり長居しちゃったわ。あなたたちはもう帰りなさい。怪我人二人がこんな時間まで残ってたら駄目よ」
「先生は……」
「わたしはこれからあちこちに連絡しなくちゃ」
遅出だった私たちと比べて、絹井先生は朝から勤務していたはずだ。
時計はすでに11時に近い。
「こっちは時間外勤務はいつものことだから気にしないで。怪我人は回復に努めるのが仕事だから、早く帰って休みなさい」
桐生さんが問いかける。
「それももちろんだけど……目標達成のために、人脈をうまく使うところかな。しかも、相手に不快に思われないようにさりげなくやるところなんて、とても上手」
「それ褒めてくれてるんですか、先生」
「褒めてる褒めてる。あと、懐かしい」
「懐かしい……」
「この北階段はね。私にとって思い出の場所なの。結城さんとね」
「確か、ここで亡くなられたのですよね」
桐生さんが言うと、絹井先生は頷いたが「それだけじゃなくてね」と、続けた。
「ここに入ったころ、救命医になりたいって言っていたら、先輩のドクターたちからすごくいじめられたのよね。わたし、自分を優秀だと思ってたから生意気だったんだろうけど。ここの階段で泣いてた時、たまたま通りかかった結城さんにいろいろぶちまけちゃったわけ。そうしたら『名医の条件に性別があるなんて知らかなった』なんて言ったりして」
それは痛烈な皮肉だ。
「それは……冗談、なのでしょうか」
どうやら桐生さんには理解しづらい感覚だったようだ。
「いや、ユニークって言うか。すっげえ怒ってたんじゃねえの。結城事務局長」
「怒っているときに出る言葉ですか?」
「だってこれ、お前が名医のツラしてられるのは、ただ単に男ってだけだろって言ってるも同然だろ」
桐生さんは驚いたようだったが、絹井先生は頷いた。
「やっぱり、友利君は分かるのねえ」
クロネコの長いしっぽが、私の足を叩いた。
「ちょうどそんな時にね、ここに猫が迷い込んできたのよ」
「ねこ?」
思わず、クロネコを見た。
「ここの地下の出入り口。霊安室が近いから霊柩車用の外へのドアが近くにあるでしょう? そこから入り込んだんでしょうね。結城さん、すごく可愛がっててね」
猫って……こいつのことだよなあ。
クロネコは我関せずといった顔で毛づくろいを始めた。
「まあ、まだ時代も今みたいに厳しくなかったから。患者さんに見えないところだったらって見逃してて。ほら、ここまでだったら衛生もそんなに気を配らなくていいしね」
「今では考えられないことですね」
桐生さんが驚いて呟くと、絹井先生は声を上げて笑った。
「そうよねえ。私もそう思うわ。でもその頃は、病院内に喫煙所もあったし、事務方の部屋なんて煙でもうもうとしていたのよ。外科医の間には、ヘビースモーカーのドクターの禁断症状が長時間オペで出てしまう問題をどうするかなんて話が真剣になされてもいたし」
噂には聞いていたが、実にとんでもない。
現代からすると全く受け入れがたい話だ。
「今は敷地内が全面禁煙になっているから道に出て行って吸っている患者をどうするかっていう話なのに」
「そうね、でもそれも10年後には信じられないと言われてしまうのかもね。時の流れって早いわ」
なるほど。そういうものかもしれない。
「ねえ、あなた達は黒猫ってどう思う?」
唐突な質問だ。
「ただ、毛の色が黒いと思うだけですが」
さすが桐生さん、スーパードライな返答だ。
私は毛づくろいをしているクロネコを見た。
お前のことだよなあ。
ちらりとこちらを見る金色の瞳と目が合う。
ははは、やっぱり自分がどう言われているのか気になるんだろ。
不審に思われない程度の動きでクロネコの頭を撫でてやった。
まあ、触れはしないんだが。
「俺も桐生さんと一緒で、たんに毛の色が黒ってだけだろって思いますけど。人によっては不吉だとかなんだとかいう人いますよね。病院だし、霊柩車用のドアから出入りしてたなら、余計に嫌がられそうですけど」
「そう……その通りよ。結城さんが生きていた頃は見逃してもらえていたけれど……結城さんが亡くなった翌日。誰かにいじめられたのね。ひどい怪我をしていて。手当てをしたけれど、助からなかった……」
「え……」
「わたしは女ってだけでレッテルを貼られて先輩たちからいじめられたし、差別されたけれど。猫は毛の色が黒っていうだけでひどい扱いをされる。助けてあげたくて頑張ったけど……ダメだった」
クロネコの耳が、心なしか元気がないように見える。
たぶん、こいつ絹井先生に可愛がってもらってたんだ。
「動物はわたしの専門外だから……色々ね、難しくて。専門外には手を出すものじゃないわね。あのときはよく分からずに必死でやったけど。多分、人間と同じようにやったらいけない事がいくつもあったんだと思うわ。本物の獣医さんに診てもらっていたら助かっていたのかも。猫ちゃんに家族がいたら、専門外の医師が手を出したせいで死んだって訴えられちゃうわね」
「猫ですからそれはないかと」
「いや、桐生さん。今度のは病院ブラックジョークだからな」
どこか懐かしいものを見るように、私達を見ていた絹井先生は、脚立から腰をあげると尻をポンポンと叩いて埃を払った。
「さて、すっかり長居しちゃったわ。あなたたちはもう帰りなさい。怪我人二人がこんな時間まで残ってたら駄目よ」
「先生は……」
「わたしはこれからあちこちに連絡しなくちゃ」
遅出だった私たちと比べて、絹井先生は朝から勤務していたはずだ。
時計はすでに11時に近い。
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